第8話

 森から町へと帰還した『極夜の夜明け』の四人組についていき、町の中にある大きな建物に入った賢は、受付の男に奥の部屋へと案内された。

 そこには筋骨隆々の大男が四人を待ち構えており、一通りのやり取りを終えた後、賢は大男に睨まれていた。

 いや、本人に睨んでいるつもりは無いのだろうが、こちらを怪しんでいる空気と恐ろしい人相が相まって、視線で射殺されそうになっていた。


「まあまあ、支部長。そんな顔で彼を見ないで上げてください。怖がっているじゃないですか」

「そんな顔はしていないが」

「そんな盗賊の頭みたいな顔じゃ、普通にしていても怖いんだよ」

「お前に言われたくない」

「なんだとコラ!?」

「落ち着けってグランツ。どっちもイカツイ顔なんだから仲よくしろよ」

「「ぶっとばすぞ」」


 レリードがとりなすのを皮切りに、場が一転して騒がしいものとなる。

 アグーが小声で「仲が良いのう」とつぶやくのを聞きながら、賢は少し息を吐いた。


「彼の事については、私が説明します」


 レリードがこちらをチラリと見たのに小さく頷きを返すと、大男に視線を戻して話し始めた。


「彼の名前はケン モリノ。年は18、今から三年前にイェドの森の奥深くに何らかの方法で飛ばされたそうで、それからはずっと森の中で生活していたそうです。私達が森に入って二週間くらいに、正気を失った彼に襲い掛かられまして、やむなく気絶させたところ、正気を取り戻したか彼に森から出してくれと頼まれ、ここまで連れてきた次第です」

「……ふむ」


 レリードの説明に思案するように顎髭を撫でる大男。質問の有無を聞くレリードに、一つ頷いた後に口を開いた。


「モリノと言ったか、姓があるという事は貴族か?」

「いえ、本人がいうにはごく一般の平民だそうです」

「うーむ……」


 賢がレリード達と出会ったときにも聞かれたが、どうやら姓を持つのは貴族の様な限られた者のみのようだ。

 考え込む大男はやがて賢に顔を向ける。


「モリノとやら、今から俺がする質問に答えろ。嘘偽りは許さん」


 その言葉と同時に、威圧されたかのように、賢の全身に圧力がかかるのを覚える。

 支部長と呼ばれていたし、立場あるものが持つ威厳と言う物なのだろうかと、緊張で冷汗を浮かべながら思う。


「一つ目の質問だ。なぜイェドの森の、それも奥深くにお前はいた?」

「気が付いたらいました。何でかは自分でも分かりません」

「二つ目だ。森に行く前までは何をしていた?」

「……えーっと」

「どうした。言えんのか?」

「待ってください……なにせ三年ほど前なので、確か……そう、仕事終わりに帰ろうとして、途中立ち寄った公園で休んでいたら、いつのまにか森の中に」

「……三つ目だ。その時、お前は何かに触れたり、話したりしたか? 他になにか変わったことがあればそれも言え」


 大男の質問に瞑目し、記憶を探る。

 あの日は、いつも通り朝から仕事に行って、そう、もう顔も思い出せないけど先輩達にいじめられたんだ。

 それで家に帰る気が起きなくて、公園でどこか遠くに行きたいと願って……そうだ、強い風が吹いて、止んだ時にはもう森の中だったんだ。


 記憶を辿りながら思い出したことを、大男に伝えていく。

 その中で、重大な事を言うかどうするか迷っていた。


「まだなにか隠していることがあるだろう。それも言え」

「えっ」


 だから、その言葉に驚いた。まるで心を読まれたように言い当てられてしまったからだ。

 この人に隠し事は出来ない。そう直感的に理解させられた。言うしかないという気持ちが沸き上がり、それと同時に言っても仕方ないとも思っていた。


「条件を加える。包み隠さず、全て吐き出せ」


 また、圧力がかかる感覚がした。

 心のどこかでかかっているストッパーを外される錯覚がする。

 ――ああ。と、賢は諦めて、すべてをさらけ出した。


「……信じて貰えないかと思うんですが、俺、異世界からきたんだと思うんです」


 ――沈黙。


 当然だ。賢はそう思った。突然自分は違う世界から来ました。という奴が居たらまずそいつの頭の心配をする。その後は扱いで近づくことを避けるだろう。少なくとも賢はそうする。


 言ってしまった秘密に、少しの解放感と、大きな後悔を感じる。

 目の前に座る人物の反応が怖い。そしてそれ以上に、ここまで連れてきてくれた四人が離れてしまうのではないかと恐怖を覚え―———


「そうか」


 ――………………………は?


「どうした」

「いや……どうしたといわれても、ふざけるなと、殴られるのも覚悟していたのですが」

「こっちが包み隠さず言えと言っておきながら殴ることはせんよ。……そんなに俺の顔は怖いか?」

「いやいや、ははは……結構怖いです」


 苦笑いでその場を濁そうとしたが、つい口から本音が零れ落ちた。内心かなり慌てながらも、横に座る四人の様子を窺う。

 レリードは何時もと同じように、薄い笑みを張り付けたままで内心が伺えなかったが、他の三人は一様に納得の表情を浮かべていた。


「皆はどう思った? 俺の事……」


「いや、まあ驚いたぜ。でもまあ、ケンが『迷い人』って言うんなら、突然森の中に居たってのも納得できるぜ」

「『迷い人』?」

「『迷い人』って言うのはな、ある日突然、何もない所から人が発生する現象の事だ。かなり珍しいが過去に何人かいてな。『迷い人』の一人が作ったっていう国もあるくらいだからな、俺達はは疑わねえよ」

「ちなみにオイラはその国出身だぜ。『ヒノモトミンシュ国』ってー名前の小さな国なんだけど、少し変わっていてな。国王も貴族もいねーんだ。行ったら絶対驚くぜ」


 ヒノモト……日本民主国かな。俺以外の日本人が居たんだ。

 …………俺以外にも、この世界に来た異世界人は居るんだ。

 その事実に、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 その感情に名前を付けるなら、安堵、共感、そして郷愁か。既視感を覚える国名に目を背け、必死に抑え込んでいたが暴れ出しそうになるのを堪える。


「私はそうではないかと思っていましたが、それでも少し驚きました」

「……『迷い人』は、その多くが環境の変化に耐えられず、一年以内に体や心を壊すか、自ら命を絶つという。それに加えて森の中じゃ……よく耐えたな」


 ……瞼の裏が熱い。


 感情が急激に高ぶるのを、頭の片隅で冷静に認識している自分がいる。

 四人に初めて出会った時と同じくらいの喜びに、胸が詰まる。

 この世界にとって、自分と言う存在は異物ではないのか、そんな思いをどこかで感じていた。

 しかし、過去にも自分と同じものが存在したという事、そして自分の異世界人だと言う発言を認めて貰えたという事が、「この世界に居てもいいんだ」と言って貰えているような気がして堪らなかった。


「……うっ、く、うぅぅう~~っ」


 体の奥から溢れる激情が、止められない。

 体から自分の意が離れ、目からは熱い水が零れ出し、喉が勝手に震える。

 18歳にもなってみっともないと思いながらも、押さえつけた手からこぼれる涙は、止めることが出来なかった。



 しばらくして賢が落ち着きを取り戻したころ、それまで閉じていた口を開き、大男は質問を再開した。


「四つ目……いや、五つ目になるのか。お前は三年間、どうやってイェドの森深くで生き延びていた?」


 四つ目の質問に答えた記憶はなかったのだが、気にせずにそのまま流し、これまでの森での行動を思い出す。


「そうですね、最初の頃は木の実……その『神の実』を食いつないでいました。石を削った石器を作ってからは、少しづつ川に居た魚を捕ったりし始めて、でもその時は火種をうまく作れなかったので生で食べてましたね。森での生活に慣れ始めてからは、群れを作らない動物や、群れをはぐれた動物を狩って、肉や毛皮を利用し始めました。あ、これその毛皮です。この時から休むときは地面の上で寝るようになったんですけど、それまでは木の上で寝ていまして何回か落ちそうに――」

「いや、いい……もう、いい……すまなかった」


 質問に答えるために三年間を振り返っていると、気付けば自分以外の全員が俯きながら目頭を押さえこんでいた。

 賢は首を傾げ、何故謝られたのか不思議に思った。

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