第7話
「あ、ああ……ようやく、森の外に出られた……」
賢が四人と出会い、彼らについていく事しばらく。
太陽が丁度真上に差し掛かるころ、彼らはこれまで幾人もの命を飲み込んでいった、イェドの森から抜け出す事に成功した。
どれほど切望しただろうか。幾夜夢に見ただろうか。
ある日突然森の中に捕らわれ、何度抜け出そうにも獣達に阻まれ叶うことできず、しかし、今日、ようやくあの忌々しい森から解き放たれた――のに。
「な、なんにもない……」
何もなかった。
先に広がっていたのは平野だけだった。
点々と木が生えているのと、少し先に盛り上がった丘が見えるだけ。
すぐ近くに町か、でなくとも村位あるものだと思い込んでいたため、落胆した。
「ここから二日歩けば町に着きますから。そう落ち込まないでください」
「そうだぜ。森の中に三年居たんだろ? あと二日ぐらいどうって事ないって」
肩を下げる賢に、レリードが励まし、グランツが背を叩く。
叩かれた背をのばし、その通りだと気を持ち直し、前を向く。
グランツの言葉通り、森の中での極限生活の日々を思えば、今から三日などどうって事はないのだ。
「じゃあ、早速進みましょう! 少しでも早く町に着くように!」
「まあ、待てよ。お前町までの道わからねえだろ?」
打って変わって意気揚々と歩き出す賢に、四人は笑みを浮かべながら歩き出す。
「……そういえば、今思い至ったのですが、賢さんの服どうしましょう。あのままだと確実に町の前で止められます」
「「「あ」」」
もう待てぬ! とばかりにそわそわとし続けている、毛皮一丁の半裸の青年の姿を再認識し、四人はこれから起きるであろう問題に頭を抱えた。
「次の者、前へ!」
イェドの森から歩きで二日ほどの距離にある町イプシロンは、首都であるポステリオルを除けばポステリオル王国最大の規模を持つ都市である。
イェドの森から抜け出した獣などから、国を守るために構えられたものであるが、最近は方々からイェドの森に入らんとする人が集まり、門の守衛する役人達は誰何の仕事に追われていた。
守衛の任を任されて10年が経とうとするケインも、その一人である。
「戻って来たぜ。ケイン」
身分証と町に入る目的の確認を終え、王都から来たという隊商を通し、後ろに並んでいた五人に声をかけると、聞き覚えのある声が返ってきた。
「おおっ! グランツじゃないか!? 無事に戻ってこれたんだな!」
「なんとかな」
これまで多くの人間が入ったきり、戻らなかった森に向かった知人の帰還に喜びの声を上げるケイン。
不敵な笑みを浮かべるグランツのそばには、共に酒を酌み交わした友人たちの姿があった。
「ベッグ、アグー。それにレリードも、皆怪我もないようで良かった。……依頼の方はどうなんだ? 見つけられたのか?」
「おう! この籠の中に入っているぜ!」
「そうか! それは良かったな! さ、直ぐに町に入るといい……と、言いたいところなんだが」
小声になって尋ねるケインに、グランツがレリードの背負う籠に手を置いて答えると、自分の事の様に喜んだ。
そのまま笑顔で門を通そうとしたが、寸でのところでとどまった。
五人は一様に「やっぱり」と言う顔をした。
「あー、一応聞きたいんだが、そいつも一緒に入れるのか?」
そう言ってケインが指をさすのは、麻の布に全身をくるんだ賢である。
流石に半裸はまずいという事で、雨天時籠に被せる為用意してあった、それなりに大きい麻の布で、肌を隠してはいたが、普通に怪しい上に裸足である。
門の守衛を任される身としては、いくら親しい者達と共にいるからと言って、そんな変質者をハイどうぞと通すわけにはいかない。
「まあ、聞いてくださいケインさん。これには訳がありまして、かれはとある事情で服などを失くしてしまいまして、困っている所を私達が保護したのですよ。これから町で彼の服を調達しますので、ココは通してもらえませんか?」
「服を失くしたって……盗賊にでも襲われたのか? ここらに最近盗賊が出たという情報は耳にしていないのだが……」
「そこら辺も『訳』のなかに入ってまして……彼の事は私達が責任を持ちますから、どうかお願いします」
レリードがグランツを押し退け、事情ともいえない説明をすると、顔を渋いものにさせたケインはしばし悩んだようであったが、やがて諦めた様にため息を吐いた。レリードの言った責任を取るという言質を得たことと、そうせざるを得ない内情を汲んでくれたのだろう。
今度酒を奢れよ。という言葉と共に身を横に移し、「通れ!」と張りのある声で叫んだ。
「すいませんレリードさん」
「気になされないでくださいケンさん。貴方のおかげで、想定よりも早く帰還することが出来ましたし、色々と収穫も多くできたのですから」
申し訳なさそうな賢ににこやかに返すレリードは、賢の背中を優しく押し、歩みを促した。
「それよりも、先に背中の物をある場所に収めたいのですが、よろしいですか? ケンさんはしばらくその恰好でいて貰わなくてはならないので、恐縮なのですが……」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。皆さんの都合を優先してください。服はその後で十分です。むしろこの布を貸していただいてるだけで既に有難いくらいです」
表情を暗くさせるレリードに慌てた賢の言葉に、四人はそろって目頭を押さえこむ。
町が見えて来たところで、余分な服など持っていないという事で、苦渋の判断として麻の布を渡したところ、賢は非常に喜んだ。
まともな布に触ったのは久しぶりだ。マントみたいで恰好いいといいながら子供の様にはしゃぎだす姿に四人は目が熱くなってしまった。一刻も早くまともな服を与えなければと義務感が湧くほどに、その笑顔が不憫に思えて仕方がなかった。
門を通り抜けると、直ぐに町を行き交う人々の姿が目に入った。
久しぶりに触れる、人が集まることで生まれる活気と、初めて見る町並みに目を奪われる賢は、四人に連れられながらも忙しなくキョロキョロと頭を振りながら歩いていく。
しばらく歩き続けると、やがて大きな建物の前に着いた。
四人がその建物に入っていく後を追い、賢も入り口をくぐる。
四人は勝手知ったるとも言わんばかりにまっすぐと進み、受付らしき台に座る人物にグランツが代表して声をかけると、そこに座っていた男性が慌てて奥に引っ込んだ。
そう時間もかけずに先程の男性が戻ってきて、グランツ達を奥に案内したので賢もそれに続く。その際、男性に怪訝な顔をされたがグランツの一言で特に何もなく、そのまま扉の前までついていった。
「支部長。『極夜の夜明け』の皆さんを連れてまいりました」
「おう」
受付の男性が扉越しに声をかけると、奥から低い声が返ってきた。
男性が扉を開け、入室を促すと、その場で扉を押さえ続ける。この人は室内に入らないようだ。
賢が最後に扉をくぐると扉は締まり、扉越しの気配が離れていく。
「よく戻ってきてくれた。『極夜の夜明け』よ。ご苦労だったな」
部屋の中に入った賢たちを迎えたのは、グランツよりも更にイカツイ顔で、アグー以上に筋骨隆々の大男だった。
大男は賢たちを備え付けの椅子に促し、自分は机を挟んだ対面の椅子に腰を下ろした。
荷物を下ろし、幅の長い椅子に座った四人を、大男は順に見回し、ねぎらいの言葉をかけた後、賢を訝しげに見やる。ちなみに賢は椅子に座る前にまとっていた麻の布を脱ぎ、半裸の変質者に戻っている。
「軽く話を聞きはしたが、そいつは一体なんだ?」
「その前に依頼の品を引き渡したいのですが」
「おお、そうだな。それで、依頼したものは?」
不信な表情を浮かべる大男は、レリードの言葉を聞くと分かり易く上機嫌になった。
レリードは籠から黄色い実を一つ取り出し、対面の大男に向かって机の上に転がした。
「それが『神の実』と呼ばれるものです」
「……ああ。以前に目にしたものと酷似しているな。確かに確認した。これで馬鹿者共も少しは静かになるだろう。感謝する」
転がされてきた『神の実』を手に取り、しばらく記憶と比べる様に眺めていた大男は、瞑目してレリード達四人に頭を下げた後、再び賢の方に視線を向けた。
「そんで、そいつの事について、説明はあるのか?」
まるでにらんでいるかのような男の視線に、賢は背中が冷たくなった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます