第6話

 イェドの深き森と呼ばれるそこには、独自の生態を持つ獣や植物が多く生息している。

 そのため珍しい毛皮や、薬の原料など、道具の材料になるであろう素材の宝庫であるが、その森の深さ、獣たちのどう猛さにより、長らく手を付けられないでいた。


 しかし、ある日、一人の男が森の奥から戻ってきたのだ。その手に誰も見たこともない幾つかの実や草を携えて。

 それまで手をこまねいていた有権者達は狂喜した。

 男の手にしていた物は、どれも素晴らしい効能を秘めていたのだから。


 なかでも、鮮やかな黄色い実は、若返りと長寿を得られるほどに栄養豊富なものであり、実を持ち帰った男が驚くほどの高値で買い取られることとなった。

 それを見ていた腕に自信を持つ者達は、男に続けと勇んで森に駆け込み、ほとんどが返らぬ者となる。


 それを見て頭を抱えた荒くれ者を束ねる組織の頭たち。

 すぐさま真の実力者以外は、森に足を踏み入れないよう規制をかけた。


 それに黙っていないのが、貴族をはじめとした権力者達。我も我もと、実や他の素材を求めて荒くれどもをそそのかし、森へ向かわせようとする。

 貴族の甘言による被害を押しとどめようと、これまでに多くの実績を上げてきた国でも有数な実力者、『極夜の夜明け』の四人組に、白羽の矢が立った。


 実を含むイェドの森の素材を採集してくれと、頼み込まれた四人は巨額の報酬と引き換えにソレを請け負った。



 ――そして現在、依頼の品を手に入れた『極夜の夜明け』は途中で出会った青年と共に、森から抜けようと移動していた。


 金属鎧に身を包んだアグーが、手斧で先をさえぎる枝葉を落とし、軽装のベッグが行く道にそびえる木の表皮に刻んだ目印をたどり、一行を導いていく。

 神官服を着るレリードは、採集した物を積み込んだ籠を背負い、大剣を背に乗せたグランツは、抜身の片手剣を振るいながら襲い掛かる獣を撃退していく。


 己の役割分担をしっかりとこなし、危なげなく森を進む四人。


 さて、未だ出ていないもう一人はと言うと――――。


「ウホホホホホホッ!」


 四人の頭上で速度を合わせる様に、木の枝を飛び回り、駆け抜けていた。



「なんなのアイツ……また襲ってきたりしないよな?」


 身に纏うのは腰に巻いた毛皮だけという姿で、理性を失くしたように奇声を上げる青年。その名は森野 賢という。

 三年前まで、日本と言う優れた文明の中に身を置いていたはずの彼は、それを感じさせないほど野性味にあふれていた。


 グランツをはじめとした四人は正直、少し引いていた。


「どうでしょうか……ケンさーん! 近くに獣はいそうですかー?」

「ウホホ……いえ、大丈夫です! いても先ほど倒した獣に寄って行きますから、しばらくは問題ないでしょう!」


 レリードの言葉に直ぐに答える賢。そう、彼が木の上に登っていたのは、獣が近づいてこないか警戒するためであった。本人がそっちの方が移動しやすいと申告したのもあるが。


「だ、そうです。最初の頃の様に見境が無くなってはいないようですよ」

「じゃあなんで奇声を上げてんだ……?」

「気になるんならあとで聞いてみろよ。自分でな」

「聞けねえよ……。怖えよ……」


 ぼそぼそと会話する三人。

 アグーは黙々と道を作り、進んでいく。


「しかし、彼は中々腕がいいですね」

「ああ、さっきも助けられたぜ」

「目もいいし、耳も効く。それに投擲の精度が半端じゃねえ。オイラじゃ足元にも及ばねえな」


 ここまで進む途中、何度か獣に襲われることがあった。

 その際には賢がいち早く気付き、四人に警告、手に持った石で援護していたのだ。

 襲い掛かる獣の鼻先、眉間、時には眼球に石を当て、ひるませたところをグランツとアグーが切り伏せる。

 これを繰り返して進んでいた。


 因みに、今回の四人の目的は実や薬草などの素材の採集であるため、倒した獣には手を付けず、そのままにして素通りしてきた。

 かさばるうえに、血抜きや解体に時間がかかり、血の匂いに誘われた他の獣が近づいてくるからだ。


 しかし、そのまま放置しておけば、傷から流れ出した血の匂いに誘われて周囲の獣が集まり、骨も残さず片づけてくれるだろうし、寄っていった獣の分、賢たちは安全に森の中を移動できる。


「もうそろそろ休憩してもいいんじゃないか」

「そうですね。かなり距離を進められましたし、町まで大分近づけれたでしょう。ケンさんを呼びますので、ベッグ、例の物を出しておいてください」

「はいよ」



 賢が拠点としていた河原を離れ、すでに一週間がたとうとしていた。

 元来た道を戻る為、その足は行きよりも速く、中間点をすでに超えていた。

 しかし要因はそれだけでなく、賢の功績によるものが多い。


 先の警戒、援護による獣の撃退までの時短は元より、休憩する際に賢がもたらした獣除けの花が役に立っていた。

 狩りの際、獣たちが近づこうとしない場所があると気付いた賢は、その場所には決まってその花が咲いていることを見つけ、これが原因であると突き止めた。

 おそらく花から香る独特のにおいが獣を寄せ付けないのだと考察し、体を休める際に袋に詰めていたその花を外に出し、襲われないようにしていた。

 これにより、比較的しっかりと体を休められた一行は、移動の速度も上がっているのだ。


「ケンさん! 休憩にしましょう、降りてきてください!」


 レリードが上に向けて声を上げると、直ぐに賢が木を伝って降りてくる。


「もうそんな時間ですか」

「ええ、あまり急いで問題が起きてしまっては、かえって時間を取られてしまいますから」

「わかっていますよ。これまで何度も言われましたから」


 出発からしばらくは気が急いていた賢だったが、レリードやベッグに説得され、彼らの指示を聞くようにしていた。


「今日の所はもう少し進んで野営にします。その時はまた手伝ってください」

「了解です」


 最低限の警戒は敷きつつも、楽になる五人は軽い物を腹に入れるなどしてから、また移動を再開した。


 賢が三年間閉じ込められていた森から出られるまで、あと少し。

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