第5話
頭を下げた賢に、四人は口をそろえて任せろと言ってくれた。
腕は縛られたままで動かす事は叶わないが、足は自由になっているので立ち上がる。
「ケンさん。よろしければこの森を出る前に、私達のお願いを聞いてはくれませんか」
レリードの言葉に、賢は頷き、了承する。
森を出る為ならなんだってできる。今の賢はそんな状態になっていた。
「ケンさんが知る限りでいいので、この森の珍しい物を私達に教えてくれませんか」
「ええ。それくらいでしたらよろこんで」
何を言われるのかと少し身構えていたら、大したことのないお願いで拍子抜けする。
といっても、賢には森にあるもの全てが名前も知らない物ばかりなので、珍しいかどうかなど判断がつかない。
一応幾つかは思い浮かぶので、それを紹介しようと思う。
「俺の住処に行けばいくつかありますので、どうでしょうか」
「それは、それは。ぜひ同行させてください」
こっちです。と、四人を引き連れて見慣れた森を進む。
普段なら木に登り、密集した枝を伝って移動するのだが、腕を縛られている上、自分以外の人を案内するので、地面を歩いていく。
「ずいぶん迷いなく進んでいくんだな」
「ああ、ここら辺は俺の縄張りですから。どこを進めばいいかなんて、覚えていますよ」
「な、縄張り……ですか?」
グランツが感心したように言って来るので、嬉しくなった賢は少し胸を張りながら言うと、何故かレリードをはじめ、四人共微妙な表情になった。
「……ケン。お前は気が付いたら森に居たといってたな。どの位の間森で生活しているんだ?」
グランツが、真剣な表情で賢を見ながら尋ねる。
縄張りとは、言ってみれば支配域だ。既に他のモノが支配する場所を奪い取るか、何物も手を付けていない場所を見つけるかして、その後も己の陣地を維持しなければならない。
当然、一朝一夕でそれを行うことは出来ない。それに加え、一見同じ景色が続いているようにしか思えない森の中を、迷うことなく移動できるようになるまでには、相応の時間がかかるはずだ。
賢は歩みを進めたまま、しばらくしてから口を開いた。
「……分かりません。日数を覚えるなんて余裕は、ここに来た当初にはありませんでしたし、慣れてきてからも、一人でいる時間の長さを数えるなんて、恐ろしくてできませんでした」
「ケンさんがこの森に来てから、雨が長く続いた時期はありませんでしたか?」
レリードのその問いに、しばし沈黙し、思い当たることがあったようで、問いに答えた。
「ありました。大体二週間くらいでしたけど、雨が降り続けて大変だったことが何回か」
「この国には年に一回、短いですが雨季があります。その回数が分かれば何年森に居たか導き出せますよ」
その言葉に賢はこれまでの記憶を探る。
賢が森に来てから、長く雨が降り続けた時期は三度。
つまり三年近くは森で過ごしてきたことになる。
森に来る前は、中学卒業後三か月。つまり15歳の時だ。そこから三年なら今の賢は18歳と言う事になる。
……普通なら高校三年生か。いや、もう卒業した後かもしれないな。
たった三年とは思うことは出来ない。賢の人生の1/6をという期間を、孤独と不安に耐えながら過ごしてきたのだから。
「三年目で皆さんに会えてよかったです。これがもっと後の事だったらゾッとします」
苦くも笑みを浮かべる賢に、四人は何も言えない。
レリードの言葉の後に考え込む賢の表情が決して明るいものではなかったからだ。
場の雰囲気を変えようと、グランツとベッグが適当な話題を振ったりして、なんとかそれまでの空気を払しょくした。途中にはアグーも口をはさむという珍しい場面もあったが、そのおかげか、賢のまとう空気は元の状態に近くなっていた。
歩き出してからずっと代わり映えの内容に四人は見えていたが、賢には違ったようで、何かを見ながら口を開いた。
「ここをもう少し進めば川辺にでます。ああ、その前にあれも一応見せましょうか」
そう言ってしばらくすると、ベッグの耳に水の流れる音が聞こえてきた。
次いで、他の三人も音に気付く。
そこからしばらく歩くと、一本の朽ちた倒木が見えてくる。
賢はその倒木に近づき、ソレを指さした。
「あそこにキノコが生えているの、分かりますか? 俺は毒シイタケと呼んでいるんですが、皆さんは見たことがありますか?」
「いえ……初めて見ますね。ベッグはどうですか?」
「オイラも初めて見るよ。アレは毒キノコなのかい?」
賢の問いにレリードは首を振り、話を振られたベッグはジッと毒シイタケを真剣な顔で見つめている。
どうやら安全に食べられるシイタケはなさそうだ……。
賢は少し落胆しつつも、毒シイタケを睨む。
「ええ……あれを食べると三日間ずっと腹を下します。……生でも火を通してもソレは変わりませんでした」
「いや、生で食うなよ」
仕方がなかったのだ。あのキノコを見つけてからしばらくは火を熾す技術を確立していなかった。しかし、それでも見慣れた好物の誘惑を振り切れなかった。
命の危険を感じたのは数多くあれど、本気で死を覚悟したのは十度程。そのうちの二回があの毒シイタケによるものだ。脱水症状は恐ろしいとだけ明記しておく。
ベックが素早く毒シイタケを採集し、袋に入れたものをレリードが背負う籠に入れる。
一行はそれを見届けると、再び賢を先頭に歩きだした。
「ここが、俺の住処です」
森から抜けた先に広がっていたのは、穏やかに流れる幅の大きな川。その両端に沿うようにして続く、大小の石が転がる河原だった。
賢が示したのは大きさの似たような石が敷き詰められた比較的平らな一部、そこに張られた木の枝と大きな葉で作られた粗末なテントだった。
「こ、これは……なんとも、す、涼し気……ですね?」
コメントがし辛いことこの上ない。賢が自慢げなところが尚更である。
「少し待っていてください。この中に色々置いてあるので」
そう言って賢はテントの中に這いながら入っていく。
テントの高さは一メートルほどしかなく、幅も賢一人が収まる程度でしかない。
ただ雨風をしのいで横になるだけの用途でしか使えないのだ。
中からゴソゴソとかすかな音がした後に、後ずさる様にしてでてくると、その手には植物の束が見えていた。
「それは薬草か? どんな使い方をするんだ?」
四人の中でも薬物に詳しいベッグが訪ねる。斥候役を主とするベッグは攻撃が得意とは言えず、その為パーティーを支援するのに、薬草や毒草を調合した薬を使うことが多いからだ。
そんなベックだからこそ、賢の持つ未知の植物に興味が深まっていた。
「この葉っぱは、怪我した時に食べたり、潰して傷に塗ったりすると直りが少し早くなるんです。動物たちが使っているのを見て覚えました」
「ほお、それはどのくらいの傷に効くんだ?」
「浅い切り傷や、打撲位なら二日もあれば気にならなくなる程度です」
グランツは傷に効くと聞いて尋ねるも、それがすごいか判断がつかない。
町で買える薬にはもっと重い傷でもすぐに治せるものがあると知っているからだ。
「それ以外のは、どんな効果があるんですか?」
賢が持っていたのは一種類だけではなく、別の形の葉もあった。
「これは石鹸の草です」
「石鹸とは、体を洗うあの石鹸ですか?」
「ええ、これを濡らして揉むと、すごい泡立つんですよ。その泡を使って体を洗えば汚れがきれいに落ちますし、いい感じに体臭も消えるので、狩りに重宝しています」
「なるほど……わたしたちも使ってよろしいですか? ここしばらく、体を洗っていないもので」
「もちろん構いませんよ。生えている場所はいくつか覚えていますし、貴重と言うほどでもないですから」
それからレリード達は順番に川の水と賢の言う石鹸の草で全身を洗った。
二週間分の汚れが一度の洗体ですっかりきれいになり、心なしか肌も潤っている気がした。
そこからは賢の持っていた葉の生える場所に案内してもらい、取れるだけ採集して回るころには日が暮れていた。
四人は賢の住処の近くで野営することを決めた。
食事する際には、賢がそう時間もかけずに人数分の魚を予備の槍で突き、枝を削って作った串にさして焼き魚を拵えた。
その一連の手際は洗練されていて、四人も目を見張るほどの物だった。
翌日、日が昇ると同時に賢たちは動き出した。
賢は投げる用の石と手製の槍以外持っていくものは無いと言い、テントなどはそのままに、なんの未練も振り返ることもせずにそれまで過ごした拠点を後にする。
明るくなっていく空のように、賢の胸の内も希望に輝いていた。
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