第3話
――霊峰プリオール・イェドから流れる、豊富な栄養を含んだ川を囲むようにして広がるイェドの深き森。肥沃な大地から伸びる大樹をはじめとして独自の生態系をもつこの森は未知の薬草や資源に満ちていると人々に噂されていた。
その森の本格的な探索はいまだされておらず、その理由は森の深さと、そこに生息する獣たちである。
今までに人々が入れたのは森の入り口程度。一度深みに入れば二度と出られないと言われるほどに深く、たまに森の浅いところに迷い込む獣は追い払うのにも苦労するほどに強かった。
ゆえに、今まで誰も入ろうともせずに、ただそこにあるであろう自然の財宝に夢を見るばかりだった。
その夢を現実のものにしたのがつい最近のこと。
世に絶望し、命を絶つためにイェドの森に入った男がいた。
周囲の制止を振り払い森の奥へと進んでいった男は、ボロボロになりつつも戻ってきた。
驚く周囲に男は沈み込んでいた表情を嘘の様に明るくさせて「森の奥で神を見た。神は私にこれを授けて下さった」と言いながら誰も見たことのない木の実や草花を掲げた。
沸き立つ周囲もそのままに国有数の学者や薬師にそれらを調べて貰うと、万病にきき、寿命をのばす効果があると判明した。
男は持っていた全てを国に売り、代わりに巨万の富を手に入れた。
これをみて黙っていないのがそれを直に目にした者達である。
我先にと森に入り、ほとんどの者が返らず、残った者は途中で諦め引き返した者達だけであった。
上の者は直ぐに規制をかけ、特定の者達のみイェドの森に入ることを許可した。
そして今、その許可を与えられた者達がイェドの森を進んでいた。
「本当に帰れるのかね、俺達」
うへえ、と嫌そうな表情をしながら前に進む大剣を背負い、腰にも剣を下げた皮鎧の大柄の男。名前はグランツという。
「オイラがしっかり目印つけているし、道筋も覚えているよ」
短剣を手にし、定期的に木に傷をつけていく軽装の小柄な男。ベッグ。
「そう言って獣に襲われ、逃げているうちに迷うのが典型的な流れらしいぞ」
口に髭を蓄え、手斧で草木を刈りながら道を作る鎧を着た小男のアグー。
「そうなったら神に祈りなさい。運が良ければ助かりますよ」
微笑みを顔に張り付け、細い目を更に細めるのは神官服の上から皮鎧をまとった神官戦士のレリード。
アグーを先頭に進むこの四人がその許可を得た者達である。
「レリード、手前ぇそれ神に関係ないだろうが」
「信じる者は救われる、ですよグランツ。救われなければそのまま獣の餌か草木の養分です」
「そういえばこの森には神がいるんだったっけ?」
「あー、それな。そこんとこどうなんだよレリード」
「さあ、どうなんでしょうね。私神を信じているわけではありませんので」
「おい」
「破門されるぞ。お前」
嘯くレリードに突っ込みを入れるグランツとベッグ。
いつもと変わらず軽口をたたき合う三人に小さくため息を吐くアグー。
浮ついた雰囲気だが、全員が絶えず周囲を警戒し続けている。国でも指折りの実力者達なのだ。
「しかし、もうこれで深部に入ってから二週間目だぜ。いい加減引き返してもよくねえか?」
辟易とした表情を浮かべるグランツ。一週間を超えたあたりからしきりに戻ろうと言い続けている。大柄な体型をしながら小心の持ち主なのだ。幾人も戻ってこなかったこの森も、実は恐ろしくて仕方がないのだ。
「そういうわけにもいきません。例の実を手に入れるまで私達に戻ることは許されていないのですから」
「あー、『神の実』だったか」
グランツの提案をそれまでと同じように蹴るレリードが口にしたそれこそ、四人が目的としている物だった。
『神の実』。森から戻った男が持っていた物の一つで、その実は老いた人を若返らせ、一つ食べれば三日は何も口にせずとも問題ないほどの栄養を持つとされる実の事である。
多くの貴族がこの実を求め、目を見張るほどの額がつけられている。
この四人が森に入ったのは神の実を持ってきてくれと依頼されたからである。
それ以外にも道中見つけた珍しい植物はベッグが手早く採集し、レリードの背負う籠に放り込んでいる。
「一体どこにあるんだろうな」
「あのオッサンが言ってた場所はもう近いと思うんだけどな」
グランツの疑問にベッグが返す。
男が森から戻った時、偶然四人もそこに居て、周りの人間が男に聞き出しているのを聞いていたのだ。
その時は実の場所まで三週間近くかかったと言っていたが、素人の男と熟練した技術を持つ四人とでは速度が違う。よって男が実を手にしたという場所まで近づいているはずなのだが。
「……しかし、彼の男は幸運の持ち主じゃな」
「どうしたんだアグー。そんなもん言わずともわかりきったことだろ。なんせ誰にも成し得なかったイェドの森からの生還を果たしたんだからな」
「アグーはそのことを言っているんじゃありませんよ」
「全くだぜ」
「ンだとベッグ! じゃあお前は分かるってのかよ!」
「お前も少しは考えれば分かることだろ。あのオッサンは森の奥まで行って、帰ってこれたんだぜ。それもズブの素人がだ」
「……んん?」
「ハア……獣と出くわさなかった、という事ですよ」
「ああ! そういうことか! 俺達ここに来るまで何度も襲われてたもんな、すげえ運がよかったんだなあ、あの男!」
「獣に襲われるのはお主がうるさいからじゃ」
「何い!」
「そういうところだぜグランツ。……来るぞ、構えろ!」
ベッグの耳がかすかな音を拾い、仲間たちに警告する。
それを聞いた三人は瞬く間に武器を構え、体勢を整える。
やがて三人にも草木が揺れ、擦れる音を聞こえ、ソレは、姿を現した。
「ウホッ、ウッホォー―———ッ!!」
奇声を発しながら飛び出してきたソレは、石と木でできた粗末な槍を手にし、何かの獣の皮を腰に巻いた上半身裸の男だった。
あまりにもアレな人物の登場に四人の思考は止まった。
「ゥウッホォッ!」
謎の男は槍を持つ手とは反対の手に握りこんでいた石つぶてを四人に向かって投げる。
「くっ、何だっアイツは!?」
グランツは自分の眉間目掛けて正確に投げられた石を、腰から抜いた剣で切り払いつつ叫ぶ。
獣かと思って身構えていたら、現れたのは変態だった。動揺するのも無理はない。
「……新手の魔物かの?」
「いや、違うっ! オイラが見たところただの人だ……多分!」
「人ですか? あれ」
「ウホォ!? ウホウホッ!」
投げた石を防がれたことに驚いた様子を見せた男は、近くの木に飛びつきすさまじい速さで登りあがった。
「人ですか??」
レリードがベッグに顔を向けて聞く。戦闘中に敵から目をそらすのは本来愚策なのだがそうせずにはいられなかった。
ベッグは何も答えられずにいる。
「おいっまたなんか投げてくるぞ!」
グランツの忠告に慌てて顔を男の方へ向けるレリード。
男は器用に木の枝の上に立ち、レリード達に向けて腕を振りかぶった。
「防げ!」
アグーの叫びに全員が身構え、飛んできたそれを各々がよけ、防ぎ、切り払った。
「これは――『神の実』!?」
投げられ、地面に転がった黄色い何かをよく見れば、自分たちの探していたものだと気づき驚くレリード。
レリードが放った言葉に全員が僅かに木の実に注意をそらしてしまう。
それを見逃す男ではなかった。
「ウホホホホホホッ!」
枝を蹴り、槍先につけられた尖った石を突き付けながら向かって来る男。
「なめんなっ」
空中の男にグランツは手に持つ剣で斬りかかるも、男は器用に身をよじって躱し、お返しだと槍を突き出す。
「させんっ」
突き出された槍がグランツに突き刺さる寸前、アグーの投げた手斧が回転しながら槍の柄を切り飛ばした。
「ウホッ!?」
斬り飛ばされた槍に男は目を大きくさせて驚き、間髪入れずにグランツの上段蹴りが男の横っ腹に叩き込まれた。
空中にいた男は吹き飛び、その先に立つ木と衝突。
木を揺らしながら男は落下し、ベシャッと音を立てて地面に落ち、そのまま動かなかった。
「……やったか?」
「みたい、だな」
警戒は解かないまま冷汗を拭うグランツに、男から目をそらさずに答えるベッグ。
ベッグの言葉に三人は息を吐きつつ構えを解いた。
「何だったんじゃ、あ奴は」
「さあ……もしかしたら彼が言っていた森の神かもしれませんね」
「あれがか?」
「かもですよ」
投げた手斧を拾うアグーにレリードは木の実を拾いつつ答える。
「これで依頼は達成ですね」
「本物なのかよ」
手の中の木の実を弄びつつ笑みを深めるレリードにグランツが訪ねる。
それを横目にベッグも木の実を拾って眇める。
「まあ、確かにそっくりだけどな」
「それより、あ奴はどうする。このままにしておいてよいのか」
「とりあえず、途中で拾ったツタで縛りましょう。話も聞いてみたいですし」
「会話が成立するのかコイツ? つか妙に縛るの上手いなお前」
アグーの言葉にレリードが籠からツタを出しながら気絶した男を縛り上げていく。
手慣れた様子で男を緊縛していくレリードに、グランツは少し引きつつ男に警戒し続ける。
ハプニングはあったものの、四人はいつも通りのやり取りをし始めていた。
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