第八幕 共存と崩壊

   人間界移住計画の一端としてまず魔界の皇族たちに協力を要請した。彼らに広い世界を区画ごとに支配させるのだ。


 ラズワード兄上には拠点を、ガーネット姉上には北を、タイン兄上には南を、アメシスには東を、スマラカタには西を、と言うふうに分割して統治をさせる。


 魔界の皇族に任せる理由は彼らが統治をすることに慣れていると私が知っているからだ。そして相応しいと考えたためだ。


 次にそれぞれの国と民族をすべて生まれた土地に帰らせた。一人一人を牢に閉じ込め管理しやすくするために。


 しかし、これが思ったよりも難航した。人間たちは他の国に長く居座ろうとした。余程その国が愛おしかったのだろう。


 だが無情にも私はその意思をねじ曲げ、術を用いてまで、彼らを移動させた。


 そして少しずつ魔法使いを増やし、住居として骨でできた建物を採用した。ほとんど死神界と同じような作りになってしまったが、分かりやすさはあるだろうと、神も賛同した。


 私はその後それぞれを支配する皇族にちなんだ色をモチーフに目印となる旗を創った。


そう、支配用の国を新たに作るのだ。戸惑う人間を放って次々に住む場所を指定していく。


 天使のミカルスは全ての人民に同じ時間に神に祈りを捧げるように求め、お供えをするための供物品をたくさん作らせた。


 天使はそれの監視を嬉々として行い、着々と支配を強めていく。だんだんその支配が地になじんできてそれに逆らうものが現れた。


 それは神の命令により全員殺されていった。無情にも両腕をもがれ、苦しみながら死に絶えていくその様を見てもうすっかり人間たちも魔法使いもその猛威に恐れを抱いている。

 

こんな悲しい結末になるとは思っていなかった。


 人間移住計画に則り作られた国はゴットと名付けられ、日々神のわがままに悩まされている。


 その直近に位置するのが黒川の故郷、日本だ。この国には嫌にこだわりが生まれてしまう。


 共存が板についた国民たちは互いに友達として接するようになり、死んでから百年経った友達と人間界で再会するということも日常茶飯事になった。


 永久の親友の誕生に喜ぶ人も多かった。そして魔法を使い、人間界の国土や海洋を豊かにし、食を楽しめるように工夫もした。


 その交流を深めるにつれて、人間は簡単な魔法を人間のうちから使い、魔法使いや天使に向けた商品を開発する企業も多く誕生した。


 だが人間の持っている魔力など微量すぎてすぐに使い切ってしまう。そうなった人間は企業内で殺し、次々に交換するという狂った仕組みまで完成してしまった。


 結果として死者は減るどころか増えることしかなくなった。死後の人間には百年後、人間として生まれ変われる権利が与えられるのだが(魔界は二百年)、こうなってしまうと人間に戻ろうとする者もなく、


 ただ神の干渉道具が増えていくだけである。


 そんな中私は人間移住計画の指導者として全世界を取り仕切る皇帝、となった。


 私は昔から生きていたころに得られなかった幸せを手に入れるために皇族として献身し、サファリス皇帝に仕えてきた。


 でも今では全世界の皇帝として君臨することになった。これも神のシナリオ上の出来事なのだろうか。……神に従うことしかできない私に彼らを取り仕切る資格があるのだろうか。

私はそんな疑問を抱えて支配地を訪れることにした。


 まずはかつての故郷のあったトゥアイセ王国跡地、ここは私の父が治める支配地だ。


 かつて存在していた絢爛豪華な城は跡形もなく、完全に消えて、一つの浮島が存在するだけになった。


 その浮島には私の父が住まう拠点があり彼は神への贈り物をどんどん作って、その手腕でどんどんと税を徴収していく。


 その中にはかつてのこの国のように奴隷がたくさんいた。あの時と違うのはそれらが生きている、ということだ。水を飲み、食を求める。しかしそれを天使が許さない。


 どんな理由であれ死ぬことも生きることもできない哀れな存在となってしまった。通りがかった私を見た天使は慌てて私の元へ駆け寄ると直近で採れた果物を私に与えてくれた。


 おそらく私が皇帝だとわかっているからだ。しかし私はそれを口にせず、鎖で繋がった奴隷たちに一口ずつ与えていった。


 余った物は芽生えの命令をかけた魔法を込めて土に投げ、雨を降らせた。するとその果物は大きな木となった。


 次に訪れたのは私が捕えられていた牢獄跡地。そこは今も監獄として働いており神に逆らった重罪人がここで死を待っている。


 あの陰湿な雰囲気はそのままにして活用されているところを見ると、どうやらここは何も変わっていないようだとわかる。


 その中では目をえぐられたもの、足がない者、声が発せないものなど様々な問題を抱える人間が悲しそうにこちらを見ていた。


 そんな人間たちを神の代行者という監視人が同じ人間であるにもかかわらず彼らを嬉々として罰していく。


 その監視人は私に気づいて、慌ててこちらに駆け寄った。そしてここで殺した人間の数を記した紙を手渡した。おそらく私が悪魔だと知っているからだ。


 私はその紙を燃やしその炎を大きくして雲のかかった暗い監獄地区に真っ赤な太陽を置いた。そして死刑囚の縄をほどき、幻術を見せつつ苦しみの無いように眠らせるとその魂を回収した。


太陽は天へと上り、この地は灼熱の大地となった。


 最後に訪れたのは黒川のかつて住んでいた日本の鎌倉、という土地だ。


 私はここに来たことはない。しかし話では聞いている。ここの支配者は私だ。古来からの伝統が色濃く残るこの街に職人は集められ、一斉に大量の作品が神へと送られる。


 その回収に私は訪れていた。わざとらしく作った瓦屋根、襖、畳の部屋に閉じ込められて狭苦しそうに美しい作品を作っていく。


 誰も見届ける者のいないここで私はただ彼らの手の動きを見ていた。細かに漆を塗る手、大胆に描かれていく鳳凰の絵、曲線を整える優しい手、作業を続け厚く、硬くなった指をずっと、一日中。


 食事も一切取らずその様子をぼうっと眺めていた。すると黒川が遠くから現れて私にこう言った。

「戻りましょう、体が冷えます」

「……そう、だな」

「気になりますか?」

「ええ、皇帝である私に気づかないで作業をしているのよ。……すごい集中力だわ」

「ありがとうございます」

「あ……ごめんなさいね、」

「いえ、国のことをほめていただけるのは非常に嬉しいですから」

「……帰ろうか」

気が付いたらもう、夜が明けそうになっていた。オレンジ色の空が薄く見えて暁に染まる。その美しさに見惚れながら私はゴットに帰った。


 ゴットに帰り、法整備や経済計画の議会に出席し、その日の仕事を終えて、私はふと自分のことを記した書物を手に取った。


 私はその本を捲り、一晩その本を読み明かすことにした。しかしわかるのは自分の過去、これからどうしたらいいかなんてわかるはずもない。


私の心の火は少しずつ消えていった。


 神界に赴き進行具合を神に報告する。満足げな神と比べてかなりやつれてきた私とミカルスは次の命令を待ち構えた。

『ふむ、楽しくなってきたなあ。……そうだお前たちも退屈しただろう?今度は我が面白いことをしてやろう』


 そういうと神は依然見たことのある書物を取り出した。それは……魂の記憶書だ。それもまだ終わっていない人間の。

「何をするのですか?」

【……ふふふ、まあ見てなさい】

すると何もないところから人間が何人か現れた。


 しかしありえない。死んでもいない人間がここに来ることなど。神の身勝手さによってこれまでのルールも変わってしまった。


【いいか、……お前たち……】

すると神はその書物に何かを書き加えようとした。

『おい!』

二人の声が重なり二人してその手を振り解こうとするが、手遅れだった。


 その人間は突然ナイフを取り出し、周りの人間を次々に殺していく。泣き声を上げながら。その死に様は本当に様々苦しむ声をあげたり、憎しみを含めた言葉を発したりと様々な鳴き声がそこら中で響いた。


 私の鼓膜を、貫いた。


【あっははははははは!見たかお前たち、あの鳴き声を。面白いだろう……それ!】


 するとまた神は書物に何かを書き加えた。人間は自らを切り刻み、またも悲しい声を上げた。

【ぎゃっはははははは!面白い面白い!さあ、フィナーレだ!】

神はまたも書き込み、人間はありえない高さに舞い上がりそのまま落下……しない。

【は?ムーン、お前何している?】


 ……やってしまった。堪えきれず神の自然を破壊してしまった。人間は空中で静止したまま動かない。

【なんだと?私の力だぞ!そんな力、シナリオに書いた覚えはない!】


 混乱して好き勝手に物を言い始める神。


 【貴様、何をした?貴様にそのような力はないはずだ。……だが言い訳を重ねようと無駄だ。この私の楽しみを壊したのだからな、ただで済むと思うなよ】

すると私たちは体ごと地上の大地にたたきつけられた。その人間も一緒に。


 ミカルスは先ほどまでの暗い顔を明るくして私を見た。

「すごいよ、ロアイトちゃん。神に勝ったんだ。君は……それに、守ったんだよ人間を、その力で」

「……でもこれで神はこの世界を破壊するかもしれない。神にとって私たちはおもちゃ、壊して新しく作り直すのも自由なんだよ。……なのに」

「いいんだよ、それで。みんなで考えようよ、勝つ方法を。君が抗ってくれたことが僕たちの道しるべになるんだから」

「……いいの?」

「うん。さあ、行こう。こうしちゃいられない。すぐに皆に伝えるよ」


 実はムーンが血相を変えてきたときに少し安心してしまった俺がいる。


 神との決闘が決まり、俺たちの未来が決まると言う彼女の顔には以前には潰えていた闘う決意の炎が燃え滾っていた。


 その炎は周りに広がり、緊張感と活気を取り戻した。他の皇族たちもこの狂った状況に嫌気がさし、暗い顔を浮かべていたが、明るい炎を灯してくれるようになった。


 俺たちはきっと勝てる。謎の確証が俺たちを立ち上がらせたのだ。

 

 まず勝つためには戦う人数がいる。それも精鋭ぞろいでなければならない。


 そこで皇族はもちろん、死神や女神も参戦すると言ってくれた。彼女の気づいた信頼がここで活きるのだ。


 さらに嬉しいことに人間たちも物資を積極的に運んできてくれたしかも日本の人達が。皆気づいていたのだ。いつかはこうなると。


 そしてその発端はロアイトになるだろうと。その不意の賛成に喜んだ我々は作戦を立てることにした。


 そこで重要になるのが闇の魔術である。神の全てを生み出すその力、世界の法則さえも新たに作り出せるその力をゆがめられるのは自然破壊魔術に長けた者のみである。


 しかしこの高度な魔術を完璧に使いこなせる魔法使いはロアイトとディヤメント皇妃のみなのだ。二人はもともとは親子のようなもの、相性はいいだろう。


 しかし、圧倒的に数が足りない。すると名乗りを上げたのがラズワード殿下とミカルスだ。


 ミカルスは自然創造魔術が大の得意でそれと性質がまったく逆ならすぐに習得できるというのが根拠らしい。


 一方でラズワード殿下に関してはどちらにも長けているわけではないが、自分の才能を理解しているとして短期間での指導を要請した。


 我々は少なくとも一週間後には攻めてくると思っている(神の気まぐれによって変わるだろうが、楽しみを後にとって置くタイプの神はきっとこちらの準備が整うまで待つだろうとムーンが言ったからだ。まあ、これも欲求不満が高まったらわからないと言っていたが)。


その期間の間、二人には闇の魔術を習得してもらう。

 

 そして一週間後、いよいよ決戦当日となった。天賦の才能を持った二人は見事闇の魔術を習得した。神界から任宴会までは天界、魔界、死神界を通る必要があるためそれぞれの門(結界)を強化し時間を稼ぐ。


 その間に巨大魔法を一つ手にかける作戦としている。頼む。姫よ、どうかこの世界を守って……。俺はまるで神に祈るように手を重ね、思いを馳せた。


 やがて天上からまばゆい光が現れた。そこにははっきりとした人の姿が見える。


 あれが神だ。ムーンが言うには神は一つの姿を象ることはないが、予め術を何重もかけておいたので闘いやすい見た目にして置いたらしい。


 しかし見た目は人間とそっくりだがデカさが以上だ。見上げる限りすべてがその神の体で眩く、輝いているのだ。


 我々はすぐさま巨大魔術の準備を執り行う。もちろん命令は「死」だ。杖を一斉に構え、それを神に向かって下す。


 するとかすかにその光が弱くなったがすぐさま光は元の美しさに変わった。

「なんてことだ……」

絶望が一気に押し寄せる。もう、手は尽くしてしまった。これでうまくいくと思っていた。浅はかだったんだ……。


「あきらめるな!それでも魔界の騎士か!」

すると術を放った方とは違う場所からあいつの声が聞こえた。

「ムーン……」

「いいえ、ロアイト・ヴィ・ヴァシレウス。ヴァシレウス帝国第二皇女よ」


そう言って彼女は一人でその光の元へ向かっていった。

「待ってください!死ぬ気ですか!?」

その答えを受け取る前に彼女は行ってしまった。……どうなるのだろうか。この闘いは。


 天上近くにたどり着いた。ずいぶんと眩しいな。

【ふん、所詮は烏合の衆、まったく歯が立たないではないか】

そう独り言をつぶやく神。

【勢いはよかったがここまでだ。負けを認めよ。ムーン・トゥアイセ】

「それはあきらめる理由にならないわ」

【……なぜだ】

少し腹が立った神はかすかにその巨体の手を私の方へ寄せた。私は神の顔の正面に飛んでいる。

「私があなたを神だと認めないからよ」

【……なぜだ!】


 その手に少しずつ白い光が集まる。自然創造術の最大魔法、『存在否定』の兆候だ。

「生み出した生き物を命と思わず、戯れに運命を変え、のうのうと生きることは……君主として世界の君主……いわば神としてふさわしくないからよ」

【なぜだ!?】

その光はどんどん膨れ上がり、やがて私の体よりも大きくなった。


「さあ、消え失せなさい。未熟な神よ!」


【それは貴様だ。ムーン・トゥアイセ。月の陰りとして永遠に消え去れ!】

その光は私の全身を包み込んだ。記憶も体も存在自体も消え去る究極の魔法、これが神に与えられた力なのだ。これを防ぐことは神の宿敵、悪魔でないと打ち壊せない。


 その光は闇の前に消え失せた。


【はっ……?】

呆気に取られる偉大な神は私を見てその大きな口を開いた。

【なんだ……その姿は……・蝶の羽、蛇の鱗、炎の衣、……悪魔め!卑しい悪魔め!】

「そう。……これはあなたが望んだ悪魔の子よ。……知らなかったの?魔女が三人以上と憑依すると悪魔になるって」

【そんなはずはない。……そんな自然を生み出した覚えはないぞ】

「ええそうでしょうね。私が創ったもの」

【なんだと!?】

「あなたが知らないのも無理はないわね。だってシナリオには私が神の力を持つなんて書いていなかったもの」

【まさか……おまえ……!】

そう、察しの通り、私は神の力を借りたのよ。

【外道!悪魔!醜い魔女め!】

「好きに言ってなさい。……これからの未来を切り開くのは私たちでも神でもない、生きる者だ!」

私は悪魔の槍、『グングニル』を神に振りかざし、

「消えろ!」

と叫んだ。すると神はその輝かしい姿を小さな魂に変えて、私の手元に置かれた。


 我々の勝利だ。



 全く、ロアイトはすごいや。神様に勝っちゃうし、世界を作り直したりしてさ。


 世界に神が消えてから彼女はまず我々が人間界で死後形成した文明をすべて破壊し、まったく違う歴史をそこに刻ませた。


 そしてその記憶を人間ひとりひとりの魂の奥底にしまってその歴史が本当だと思い込ませてしまった。彼女は人間の生きる強さ、美しさにほれ込んだわけではなく、ただ私たちが干渉してはいけないと言う考えの元、これを行っていたのだ。


 人間が死を恐れそれに向かって頑張る姿を見たいのだそうだ。土地不足の問題に関しては百年経った死者には転生の資格を与え、望まぬ者には女神として神の仕事を手伝いさせる。


 任期二百年を終えるとまた人間として生まれ変わる。こうして死者の世界には死者がほとんど居なくなってしまった。


 魔界に堕ちた死者は百年経つと死神として働くか、転生するかの道が用意され、女神同様、任期を終えると人間に生まれ変わる。


 死者の行先の基準は前の神が自分への尊敬心や戒律の不可侵の度合いによって決まっていたが、これを人間界、しかもその国籍の法に則って決めることにしている。


 そして死者は死神を除き、人間界へは行けないように仕組みを整えた。これだけしてまだ課題は山積みだと言うけど、順調に進んでいるように思える。

 

 え?私かい?ラズワードだよ、失敬しちゃう。

おっほん、とにかく彼女は新たに世界を作り出した。ちなみに皇族たちは神の行いを監視する役割に周り、ミカルス君は神様になった。


 ロアイトは神の命令を執り行う存在として落ち着いている。私はもうすぐ人間に転生できるので、それをゆっくり待つことにした(期間を延ばしてもらった)。


 でも本当、すごいよ彼女は。人々の記憶からは忘れられてしまったけど、神話として度々登場しているらしい彼女は人々から『神様』って呼ばれてる。……私も筆をしたためようかな。


悪魔の子として生まれた『人』が『魔女』になって、人々から崇められる『神』になるまでの物語、


人が神になるまで。を

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