第七幕 自殺 

  まず私とミカルスは都市を立て直した。汚い川は全て汚いものを取り除き、美しい清流へと生まれ変わらせバラバラだったビルの高さをそろえ、住居地に暗所がないようにした。


 経済面においてはまずすべてのお金を回収し、新たにお札を発行した。金額の表示はもともとと同じだがデザインを完全に一新した。


 そのデザインとは我らが主の神を模したもの、というより女神を模した、と言った方が正しいだろう。こうして神の威厳を伝えていく。


 ミカルスは自分の神への深き愛から神学を日本人に教え神を崇めることの大切さや、尊さを教え導いた。私はとにかく国を綺麗にし、民が抱える問題(病、妊娠、借金、仕事についてなど)に対し真剣に話をきいて解決に導いた。


 ひとまずは国の最終決定権を我々にゆだね基本的には国会の議会で決めたことを発することにしている。

 

 こうして少しずつ人間界に入って、だんだんと国の状況が良くなった。……しかし私の抱える問題は片付いていない。両国とも土地不足で悩まされているのだ。今であっても。


 あの戦闘では死者はものすごく少なかったはずだ。それにここ最近は我々の魔術もあるので基本的には死ぬことはないはず。なのに死者は一向に増え続ける。


 それは人間は必ず死ぬという運命にあるからでもあるが、しかしそれにしては彼らの一生が短すぎるのだ。


 昔と違い疫病には耐性があるはずだがそれでも病気にならず死ぬものが多すぎる。どうしてなのか。


 ……私はなんとなくこれがこの国自体の問題な気がした。そこでこの国の根本を知るために私は国公立の高校に通うことにした。


 国公立と言ってもお金を国が出している、というだけなのでどんな学校もほとんどどんぐりなのである。学校、といえばスマラカタ。


 と言うことでスマラカタにも頼み、教師陣に入るよう頼み私は編入資格を得るために校長に調査の話を通しておいた。これでこの学校の仕組みは学べるはずだ。

 

 その学校は桜ヶ丘高校と言うのだが、まあどうでもいい。私はその学校に編入し、二年生として過ごす。


 この年代を選んだのはこの学校の仕組みに馴染んだ生徒と交流でき、かつそこまで忙しくないからだ。私がその学び舎に入るとざわめきが立ち上った。


「白石 冬です。よろしくお願いします」

そう言って頭を下げる。皆の視線が厳しい、と言うより怪しいものを見る懐疑的な目だ。どうしてそんなに……ああ、この見た目のせいか。


 私は日本人として死んだわけではないのでな。見た目は紫色の目、黄金の髪をしている外国人という風に見えるのか。なるほど、そうか。

私は空いている席に座り、まず隣の人に

「よろしく」

と話した。しかし返事をされることはなかった。なんだ、随分と無礼ではないか。


 そう思ったがその子はすぐにうつむいて黙り込んでしまった。休み時間になると質問責めに会うのは恒例行事みたいになって、私は少し疲れてしまったがおかげでクラスのメンツをある程度把握できた。


 どうやらいくつかのグループに分かれているみたいだ。中にはリーダーらしき女も居た。だが気に入らない。


 この私に対して、軽い挨拶をしておさらばしたのだ。どうやらこの辺では大そうな大金持ちの御曹子らしいが、そのような風格は見受けられない。本当にその情報は正しいのだろうか。


 さらにそのグループで孤立しているのが一人。その子には服で隠れている痣がよく見える。その子は先ほど私に挨拶をしなかった無礼な女だった。


 行動からも推測できるくらいはっきりしているのはその女の哀れさだけだ。……彼女は虐げられている。


 この教室の支配者たる先生は気づいたそぶりは見せていないが、まあ私の勘違いもあるだろう。一日で見たものを真実として見るのは流石に浅はかである。

 私は仮の住まいにとりあえず帰宅した。住まいにはスマラカタと二人で生活している。そこまで広くもないし寂しくはない。帰宅して目の前に立ったスマラカタはいつもの片丸メガネをかけてコーヒーを飲んでいた。

「おかえり、姉さん」

「ただいま……早かったわね」

「ああ、ある程度調べはついたからな」

「はやいなあ」

私はその場で荷物を下ろし、制服を脱いだ。

「ここで着替えるの?」

「……狭いしどこでしても同じじゃない?」

狭い、と言ったがここは本当に狭過ぎる。一般的には一軒家と呼ばれる家を買ったのだが、一部屋一部屋が狭過ぎる。こんなところで普段着(ドレス)なんて着れないだろう。

「仕方ないさ、日本は狭いのだから。人口の割にな」

「はあ……」

私は渋々部屋着に着替えた。裾の長いワンピース、と言うものだ。

「調べはついたって言っていたけど、どうなのこの国は」

「ひどいよ……全く」

そう言って彼は空に向かって手を叩いた。すると本の山が突然現れ、テーブルの上に乗った。


 おそらく本に対し隠蔽の命令術をかけていたのだろう。

「これがあの学校の教科書の全てだよ」

「これが?……一、二……十冊以上はあるわね」

「それどころか無駄な問題集まである。……姉さんうちの魔法魔術学校で使っていた資料はいくつあったか覚えているかい?」

「んー、……具体的な数は覚えていないけど、ここまではなかった気がするわ。そもそもうちの魔法魔術学校は教師に教わって実践、と言う形が多かったもの」

「その通り、でもあの学校は教え方としてはただ黒板に書いた文字を写させるだけのものだった。あんな物で覚えろ、身に付けろ、と言う方が無理がある。……歴史を学ぶならその土地へ、科学を学ぶなら身近な所から挙げて実験をする。……古典や外国文を学ぶのはよくわからないが、我々としては有り難いかもしれないな……」

「無理に庇う必要は無いよ、つまり教育の標準が物凄く低いと言うわけね」

「その通り。この国の生徒はかわいそうだ。あんな教育を受けては若い芽は育たないよ。全部同じに切りそろえられてしまう。その癖個性を伸ばせだの、自分の考えを待ちましょうだの、馬鹿にしてるだろ」


随分とご立腹な様子。まあ仕方がないだろうな。彼は教育になると性格が変わるのだ。


 例えば数年前、アメシスと買い物に出かけたときに本来ならば学問に関することはしないと言う約束をしていたはずなのに制服姿の生徒を見つけると、途端にその場所の歴史や地理を語り始め、周りの住人たちを含めで授業を始めたり、と言ったふうに。アメシスがこのことを愚痴として語っていたのを思い出した。


 実はこう言う面はタイン兄上とそっくりなんだか。……まあ彼のその熱心な教育観があると調査も進めやすいし、それはいいのだがな。ある意味尊敬もしているし。

「じゃあこれ以降も調査をお願いね。私の場合はもう少し時間が必要よ」

「……どれくらい掛かる?」

「んー、ボロが出たら……だからとりあえず一ヶ月かな」

「いいや三ヶ月にしよう。僕もどうしてこの国の教育がこのようになったか調べたくなったからな」

「了解、じゃあご飯にしましょう」

私はエプロンを取り出し腰に巻いた。調理台……キッチンに立ち食材を取り出す。

「姉さんの料理って王宮内でもかなり美味しいと思うけど、……ここで作るの?」

「……ええ」

「姉さんからすると狭くない?」

「べ、別に……。いや、狭いわ」

「だろうな。ここは僕に任せて、簡単なものなら作れるから」

「ふふ、ありがと」


夕食を済ませて私達は入浴も済ませて寝室に寝ることにした。……しかし、

「寝られん」

確かにふかふかと言うか体が沈む、みたいな心地よさはあるが、……慣れないな。


 元々私が古い國の王族だったこともありこう言う生活というものには対応しづらい。


 案外私は調査に向いていなかったのか……だが、芝居は得意だ。誤魔化しなんていくらでも付く。眠れないのなら寝なければいい。別に寝なくとも我々はなんの問題もない。


すでに死んでいるのだからな。

 

 翌朝から三ヶ月間、学校に潜入して授業の様子、休み時間の様子、部活動の様子、行事の様子、下校時の様子など様々なものを観察してきたが、気づいたことがある。


 ……やはりあの子は虐げられている。……やはりいつも一人だ。


 そして私に無礼を働いた女とその取り巻きが私のいないところでその子に暴力を振るっているのを見た。


 私はその場では観察する事にしていたが、今日は話をしてみようと思う。……虐げられいる哀れな子に私は優しく接してやれるだろうか。

 

 昼休み、いつもの通りのその子に声をかけた。最初は俯いていて黙っていたが、……顔が暗い。

「どうしたの?お腹でも痛いの?」

そんなはずはないが、敢えて聞いてみた。

「……」

返答はない。仕方がない。……、机の上に『死ね』と大きく描かれている。


 そうか、これをみて恐れていたのか。あの死期間近なジジイどもには何も感じたりしないが、


 こんな若い、しかもほぼ同い年の子がこの字を見て悲しんでいるのを見ると何も思わずにはいられない。

「ねえ、……里奈ちゃん。一緒にお昼、食べない?」

「……え?」

「私さお昼ご飯持ってくるの忘れたんだよね……お弁当分けてくれる?」

「……私も、ない。……捨てられた」

隣で聞こえる醜い嘲笑。

「あら?あるみたいだけど」

彼女が目を外に向けているうちに隠していたお弁当箱を見せた。済まないなスマラカタ、その考え拝借させてもらったよ。

「……え、」

「さ、食べましょう。こんなところで食べても心が腐るわ。上で食べましょう」


 私はその子の手を引いて屋上へ出た。鍵がかかっていたが術で簡単に解けてしまった。

「ふう……!涼しい!」

私は思わずそう言った。勢いよく来る風、あの陰湿で暑い空間にあるよりはここの方が冷静でいられる。

「さ、食べよ」

私は屋上に座ってお弁当を広げた。……正直お弁当なんて初めて触るし、見る。

「おお、美味しそう」

「ねえ、……白石さん」

「ん?」

「屋上って普通生徒は入れないのよ」

「……知ってるわ」

嘘だ。知らなかった。

「じゃあなんでここに来たの?」

「……あいつらから逃げるためよ」

「気付いてたの?」

「まあね」

私はお弁当の中にある唐揚げを一口頬張った。

「じゃあ……なんで止めてくれなかったの?」

「確証がなかったからね。ただの戯れあいか、暴力か」

「そんなの!見てたらわかるでしょ!?」

「……ごめんなさいね、私にはわからないわ」

私はお弁当を閉じた。

「私はね、戦争の多いところに住んでいたこともあったのよ、……だからあんな風に他人が他人を傷つける様子なんてたくさん見てきたわ。……慣れちゃったのよ」

まあ決闘、だったけどね。

「そう……なの。じゃあ貴女から見たらあれは普通だったの?」

「普通以下、だね。……でも悪質ではあったよ。うまくごまかしてる。監視者の前では何もないように見せて裏では他者を虐げる。……私の国でもそんなことはなかったわ。あれは外道のすることよ」

「……ありがとね」

「……」

こんなことを言うだけで感謝を口にするか、この子は。どうしてそんなに自分のことを卑下にするのか。

するとチャイムが鳴った。

「行こっか」

「……いや」

手を引いても立ち上がろうとしない。

「大丈夫、次は守ってあげるよ」


 授業が終わり、放課後になるとクラスのリーダーに全員残るように言われた。そして机を囲み里奈と私を閉じ込めた。

「なんなのよ……」

「それはこっちのセリフよ!」

椅子の上に偉そうに脚を組んでこちらを見下ろす彼女は少し楽しそうな目をしている。

「あんた私のおもちゃに何してるの?」

……おもちゃ?

「里奈はね、私のストレス発散のために必要だったのよ。なのにあんたが勝手に連れてっちゃって……私今ね、物凄くイライラしてるのよ」

それは物凄くどうでもいい。あんたの考えを他人に押し付けるな。それは強者のするべきことではない。

「だから、あんたも発散に付き合ってよ」

そう言うとその女は細長い刃物を取り出した。それはカッターと言うものだが、そんなもの、こんな女がうまく扱えるとは思わない。そして何をするのかある程度予想がつく。

「何するの……」

里奈が尋ねる。

「さあ?なんだろうねえ」

ジリジリと近づいたその娘は里奈の腕を掴んでそのカッターの刃を突き刺そうと手を振り上げた。

「ひっ……!」

「はっ?」

里奈が目を閉じた瞬間、その刃は消え失せた。

「下手な持ち方ね、刃物はこうやって持つのよ」

そう言ってそのカッターを奪い取った。そしてそのリーダーに構える。

「里奈ちゃんは今後この私、ロアイト・ヴィ・ヴァシレウスの庇護下に降ります。何人であろうと私に逆らうことは許さないわ」

すると尻餅をついた醜い女。

「あ、あんたが……あの悪魔の……」

悪魔、か。

「ふふふ、……そうよ。そしてこの国の支配者はこの私と言うことはよく知ってるわよね?水元 瑠璃子」

「どうして、私の名前……、先生もみんなもずっと名字でしか読んでくれなかったのに……」

「この私が支配する民の名前を覚えられないわけがないでしょう?」

私はカッターを空に放り投げて両手を挟むように閉じた。するとカッターは空の内に粉々になった。

「水元、と言えば戦時中に真っ先に降伏した賢明な男の子孫からなら一族だったわね。

私は約束通り彼らの家には豊かな生活を保障したわ。でも、それがこんな風に帰ってくるとわね……。やっぱりあなたたち人間に任せておくべきではなかった。……水元瑠璃子、死にたくなかったら今すぐ体育館に全校生徒を集めなさい。……どんな手を使っても」

しかし、一向に動く気配のないその女は座り込んで震えていた。

「そ、そんな……、お父様……」


 その表情には希望を失った屍の色が写っていた。なぜそこまで自分の地位に拘っているのか。……ふっ、私がそう思うのか。おかしな話だ。


「そうか、行く気はないか……ならば死んでもらおう」

「ま、待って……!」

私は足に取り付けていた短い杖を彼女に向けた。

「やめて!」


 私は術を発した。すると瑠璃子の身につけていた宝石類が全て取り外された。

「そんな幼い貴女がそんなに重いものを背負う必要はないわ」

宝石の類を全て自身に身につけて、自らを飾り立てる。

「みんな、……体育館に来てね」


 体育館では桜ヶ丘高校の生徒が全員集められた。生徒たちはこれからなにが起こるのか分からず互いに自分の考えを他人に伝え合い、平然を保とうとしている。


 しかし、それでも群衆の騒ぎは収まるところを知らず、先生に何度注意されても静かになることはない。


 この生徒たちがここにきたのは校長の呼びかけがあったからだ。その命令はこの私が皇帝としての権限を用いて語ったのだ。


 ……そして体育館の舞台の中央に立ち、私は語り出す。悠々と皇帝として、前を向いて。


「今までこの学校では暴力が行われておりました」

一気に騒めく群衆。

「暴力ではなくいじめだろ!」

そう、叫ぶ群衆の一人は醜く吠える。

「いいえ、暴力です。……呼び方は重要ではありません。その事実が問題なのです」


 ステージ上を大きな足音で踏む。ドンッと低い音が体育館中に響く。


「なぜ人は!人間同士で、味方同士で虐げようとするのだ!?どうして人は……味方と闘おうとするのか!?他種族の理解できない考えや行動があるはずもないのに……どうしてそう簡単に人を虐げる?」

「ロアイト……!」


 スマラカタが私の腕を掴む。

「どうしてそんなに傷つけたがるの?……せっかく持っている特別な力を……どうして他人に向けてしまうの?……変われること、未来は進むことのできるあなたたちがどうして過去のしがらみに囚われて動けていないの?」


 私はその場で崩れ落ちた。涙を流し、視界が悪くなる。すると里奈が私の元に近づいた。


 吐息を切らし、走ってここまできたのが伝わってくる。私はその優しさにさらに涙が止まらなくなった。

「白石さん……どうしてかはわかんないけど、でも、泣かないで」

そっと私を抱きしめてくれた。優しい彼女の言葉に胸が軽くなる。私はその場を後にした。


 今回の調査の目的を忘れてはならない。そう、死者増加の原因だ。


 私はなんとなく予想はついている。それは自殺者だ。あの学校で調査をし、退学した後様々な企業へ潜入し、悩みを抱える人たちに占いをすると言う名目で話を伺った。


 すると、悩みの内に仕事内での関係や過重な労働による疲労や欲求不満が挙げられた。それらを金銭や魔法で解決していく中で少しずつ彼らの死に至る原因を探った。


 だがそれを探ろうとしたとき、私が通る道の真上から人が降ってきたのだ。


 その突然さに驚き、顔を隠すこともなく慌ててそこに駆け寄ると、スーツ姿の男性が死に絶えていた。その死体はあまりにもくたびれていて、目の下の深いクマ、ボロボロなスーツ、荒れ狂った髪を見てその状態にまでさらに驚かされた。

「そ、そんな……!」

私はショックでその場を動かなかった。改めて知らされた。死と言うものの恐怖を。一度経験しているのにわかる。死んでしまったらもう、終わりなのだと。それから先には行けないって壁を設けられるのだ。


 私はその彼の手元に紙を発見した。それを読むと

『もう、ここにはいられない』

と書いてある。ここ、にはいられない。……そんな、そんな下らない理由で死ぬのか!今の人間は!そんな簡単に……自分の命を捨てるのか!

どうしようもなく腹が立った。

私なんて、私なんて……!生きたくても生きられなかったのに!

『落ち着け、主よ』

溢れる怒りを鎮めてくれたエンゲルは静かに話してくれた。

『今は城に戻れ、もう休みな』

私はその声に従うことにした。

 自分の本拠地に戻ると私はその煌びやかな廊下を歩いた。皇帝の装束である赤い毛皮を羽織りカツカツと歩いていく。すると何者かの気配を感じ、立ち止まる。

「……っ」

不意に自分の体が触られているのに気づく。

「……ミカルス」

「長かったね、調査」

「長いって……三ヶ月ちょっとしかなかったじゃない」

「でも長いよ。君に会えないのがどんなに辛いか、わかってるの?」

「全然」

「……」

彼の手がすっと下の方へ下がる。

「……ちょっと、ごめんって」

「いや、許さないね。君が自分から辛い方に向かったお仕置きだよ」

「自分から?……そんな訳ないでしょう」

「じゃあその顔は何。その泣きそうな顔はなに?」

「……はあ、隠せないなあ。なんでだろ」

「君のことなら僕が一番好きだからね」

「そんな軽口言って……」


 でも正直この生半可さに助けられてる。兄上みたいに真剣に聞かれたら、かえって答えられないかもしれない。私の悩みを適当に聞いてもらった方がありがたいかもしれない。

「じゃあ聞いてよ」


 私は彼と廊下を歩きながら話をした。先程の死者について。そして増加している死者は自殺によるものだと推測する根拠を。


 まずはこの国の妙に固定化した集団生活だ。どこに行っても何かしらのグループというものがある。学校で例えるならクラスや学年、友達、などのようにこの国の人は何かしらのグループに属したいと思っているようだ。


 しかしそこから外れた者への態度は実に酷なもので、虐げたり、馬鹿にしたり、傷つけたりする。それも何のためらいもなく。


 何かしらの狂気を感じざるを得ないが、そのグループから外れた者が死んでいくのだと思う。つまりここに要られない。


 というのはグループに属せず虐げられ嗤われて、荒んだ心の吐き出した言葉なのだと思う。

「……なるほどね、確かにそのような気色はあったよ。この間でも自分と同じ考えでない人間を殴ったり蹴ったりしていた人間を見かけたよ。……他人と違うことはそんなに悪いことなのかな」


 そんな疑問を投げて目の前を見ると、実は広い宮廷の中庭に到着していたことに気づく。私たちはそこのベンチに座り、空を見上げた。

「はあ……綺麗だね」

空は真夜中で星だけが点々と輝いていた。

「そうね」

「……今思うと不思議だよ。僕、死んだらお星さまになると思ってたのに今じゃ人間とほとんど姿かたちは同じなんだもん」

「ふふ、たしかにね。……私の国では死んだら神の身元で幸せに暮らせるってならったけど、今では魔女だし。


 昔のこの国では後悔を残したまま死ぬと怨霊として化けて出る、なんていう話もあったみたい」


 「僕たちの思っていた死と実際の死は表面上は違っていて、中身は違うということを期待していたけど。でも実は表面上は同じに見えていても死という事実と生という事実には大きな壁があったんだ」

「そのことに気づけば人間たちももっと自分の命を大切にするかな」

「あれ?人間嫌いの君がそういうのかい?」

「でもあれはもしかしたら私たちかもしれないのよ、なら救ってあげたい」

「……そっか」


『よくぞ探し終えたな』


私たち二人はベンチから素早く立ち上がった。

「この声、……神か」

『ああ、二人ともご苦労だった。なるほどな、味方同士の内紛が問題か』

……え。

『ならばお前たちに命じよう、魔界と天界を人間界に繋げよ』

「は?」

「ど、どういうことですか?」

『君たち魔界と天界の仲は非常にいい。考え方が違っても他人を受け入れるのに慣れているだろう。ならば手本とすればいい』

「しかし、問題は彼らの死への意識です。自分の命を大切にしない悲しさを解決しなければ、本当の解決には至りません!」

『お前、我に逆らうか?』

目の存在しないはずの神から冷たい視線を感じる。


 心の奥底まで凍らせるような冷ややかな目つき、どうしてこんなにも怖い目を創ってしまえるのか。


『貴様たちにはこうも命じたはずだ。人間界を我ら神を崇拝する世界にせよと。なのにお前たちが歯向かってどうする。この世界において我は絶対だぞ』

こうまで言われたら、こっちなんてどう逆らえばいいんだよ。

『良いか、お前たち。三か月以内にこの人間界と魔界、天界をつなぎそれぞれを移住させよ。そして我を崇拝する世界にするのだ!』

そう言ってその声は気配ごと消えていった。


 なんという身勝手さ。昔からだが今回ばかりは度が過ぎるぞ。

「ミカルス……」

「あんな風に言ってしまった。下手をしたら僕は堕ちるかもね」

「……人間界と死の世界を繋げたらそれこそ死に対する考えが浅くなる。人間たちはより豊かで自由な魔女や天使に成りたがるだろう。そんなことをしたら結局この問題は膨れ上がるだけではないか。……所詮は神か」

私は深いため息を吐いてベンチに座り込んだ。

「……例の事件で人間界を恐れる者も多いというのにどうやって移住させろと?人は死んでいようと物じゃないんだぞ!」

「ロアイトちゃん、……もうやめよう。言ってもどうにもならないよ」

 私たちは絶望するしかないのか。……こんなバッドエンドに。


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