第六幕 侵略 

  神界にて。

こんな時に呼び出しやがってあのくそ神。ヴァシレウス帝国の皇帝であるこの俺に指図するなんて、偉くなったもんだ。


 なんて私らしくないセリフを心で心で呟いてしまうのも不機嫌さゆえである。しかも天界の女神も一緒に。

「なんでお主がここに呼ばれておる」

「私は貴方のような蛆虫と違って神の一族ですから何もおかしくはないでしょう。私も同じことが聞きたいですしね」

「へえ……蛆虫ね。蛆虫に負け続けた神の失敗作がなにを偉そうに」

「なんですって!?」

白い髪、白い服『露出の多い』な女神が鬼のような形相でこちらをにらむ。神とは思えぬ小物っぷり。やはりこいつは神の失敗作だな。

【やめよ、無駄な争いはするな】

「創造主様!」

いいや……

「運命神殿、何故我らをここに連れてきた?」

【とあることを頼むためだ。……我が娘よ、父親と眷属を間違えるとは何事だ。まあ、しかし忙しかったのだろう。これまでの献身ぶりに免じて今回は許してやろう】

「……ありがとうございます!」

「それで、頼み事とはなにか。我が国は異常な土地不足によって困窮している。早急に済ませてくれ」

【ふむ、さすがサファリスだな。今回の件はそれのことについてなのだ】

「土地不足か?」

【ああ、そこでお前の国にいるロアイトをここに呼んできてはくれないか?】

「……それはなぜだ?」

【ロアイトがその案件に深くかかわっているからだ】

「では文書で連絡できる。なぜ連れてくる必要がある?」

【我が望むからだ】

……この身勝手さ気に入らんな。いつものことだが。

「わかった。連れてこよう」

まあ、素直に来るとは思えんがな。

【そして娘よ、お主は国にいるミカルスを連れてまいれ】

「はい。仰せのままに」

女神は何の文句をつけず、素直に従った。

【さあ、行ってこい。我がしもべたちよ】

ああ本当にこいつ嫌い。


 ロアイト様、皇族歴五百年記念パーティーという飾り付けで彩られた我が帝国は美しく賑わっていた。


 赤いランタンが空に浮かび鮮やかにその幸せを祝っていた。人々のざわめきが空間に響き渡り、どこを歩いても楽しそうに話をしているのが見て取れる。


 その内容を申し訳なく聞いてしまうと、私への雑誌の取材をしたい、とか写真を撮りたい、と言った昔にはなかった言葉がどんどん溢れ出ていることに気がつく。


 自分の世間知らずなところに絶望したのと、かなりの敗北感を味ってしまったことに少し悲しくなってしまった。


 ……祭りごとが苦手なロアイトが妙に張り切っていたが使用人のアルファードが上手な歌を披露するからと言って練習していたピアノが非常にうまくいっているとの話を聞いてあの傷が治ったことに非常に安堵している。


 そんな彼女にあそこへ行けと言うのは少々……いや、かなり酷である。おまけに私と似ているところもあるゆえ絶対にあの神は気に入らないだろう。それに【運命神】だしなあ。あー……、ディヤメントの話なら聞いてくれるか。


 母親だし。んー、でもそれも酷いなあ。……そういえば私は皇帝だったな。あまり気は進まないが命令するか。すまぬな我が娘よ。


再び神界にて

 なんでこんなところに……。誰だよこんなところにヴァシレウス帝国の第二皇女たるこの私を呼び出したのは。


 忙しいんだよ、こっちは。……でも陛下のご命令には逆らえないしなあ。だがこの大そうな歓迎はどう言うことだ。

「早く出てきたらどうなの?神様!」

【そう急かすな、来たか。ロアイトと……ミカルスも】

どうしてこいつも……。その白き眩さに少し鬱陶しさを感じてしまう今日この頃。

「僕をついでみたいに言うのやめてくれませんか?」

【おっと、これは失敬……ロアイトよ手荒な真似をしたな。外してやる】

私を結んでいた石の拘束具が外れた。ようやく手足が自由に動かせる。


 陛下に神界に行くよう命ぜられ受け入れられないと反発したら意識を失い目を覚ますと縛られて訳のわからないところに来たのだ。


 二百年前のアレの記憶も薄れてはいるけど、正直この感慨は動かない心臓を大きく留めてしまいそうであった。

「良かった……悪い事をした訳じゃなさそうだね」

そう言って立ち上がった私の体をその手で抱きしめた。

「……ねえ」

「んー、……すべすべ。……えへへ、いいねぇ」

手慣れた手つきで体をあちこちを触っていく彼。

「ちょっと……」

「でも、前に比べて傷が増えたね?どうしたの」

「……」

術で隠していたはずなのに、見破られてる。……こいつ、本当に強いな。


 前もそう言うところを見破られていた。油断をしないように魔法までかけておいたのになぜこうもわかられてしまうのか。

「多分だけど君は悪くない気がするなあ。……辛い目にあったんでしょう?」

「……」

「否定しない、と言うことは本当なんだね。でも、ここに来ても思ってたより平然としているのは君の大切な人たちのおかげなのかな。……だとしたら目の前の神様はどうなんだろうね?」

【オッホン……、まあ話を聞け】

「その前にこちらから質問をしても良いかしら」

【ダメだ】

「どうして、二百年前人間界と魔界の境界がなくなったの?いいえ、どうして死神界と人間界の行き来を出来なくしたの?」

【……我が知ったことではない】

「それはおかしい。だってあなたは神だもの。どうして?質問に答えないなら……それ相応の態度を持って接させてもらうけど」

【ふん、勝手に質問しておいて随分勝手だな】

「あなたに言われたくないわ」


 【……話をするぞ。お前たち、今お前たちの世界で直面している最大の問題とはなんだ】

「人口の激増による土地不足……ですかね」

ミカルスが答える。

【その通りだ。そしてその原因は何だと思う?】

「死者の増加……人間界で人が大量に死ぬ出来事が起こったから」

私はぶっきら棒に答える。

【その通りだ。我々神は人間たちの行いを神の想いに反する行為として受け止めている】

神の想い……ね。


 【そこで二人には人間界の支配を頼みたい。我ら神を崇める崇拝者の国に仕立て上げるのだ】

「ふざけるなよどうしてそんな国にする必要がある。彼らに自由に考え行動するように仕立て上げたのはあなたたち神だろう?ならその修正は自分ですれば良い」

【しかし、我らは人間界に干渉することはやめたのだ】

「それはなぜ?」

【面倒になったからだ】


 ……こいつら。自分のことしか考えていない。それに私たちを派遣したとしてそれは干渉の意味に属するではないか。

「無理ですね。その考えに従うと言うのは」

【ほう……歯向かうか。これまでずっと我の思惑の上で転がってきたおまえが】

「……どう言うこと?」


 【お前は我が試験的に生み出したおもちゃだ、と言うことだ】

「えっ……」

その瞬間目の前が真っ暗になった。またもや絶望が私の視界を闇に染め上げたのだ。

「しかし通常は運命神ではなく創造神が人間を造るのでは……」

ミカルスが尋ねた。

【その通り。だがその名称自体曖昧なものだ。我々神はどんな役割を持つにせよ全て同じ神だ。死と女は違うがな。これまで名前を分けていたのはお前たちにわかりやすく伝えるためだ。……創造神も運命神も同じなのだよ】

「ではおもちゃ、と言うのは?」

【言葉通りだ。ロアイト、いやムーン・トゥアイセは今まで自らの意思で行動させてきた人間を試験的に我らの思い通りのシナリオを通る人間として造ることにしたのだ。生まれ、賢さ、見た目、強さそれら全ては我が創り出した。そしてシナリオ通りに辿る様を眺めていた。まあ、邪魔は入ったりしたが。……まあ、お前は我の掌の上で踊っていただけのことよ、悲しむことも憂うこともないのだよ】


 「ふざけんな!……そんな……!そんなことで私は魔女になったと言うの?……じゃあこれまでの突然の現象は全てあなたのせいだったと言うの?」

【そうだ】

「良い加減にしろよ。神様とかなんだか知らないけど、私はあなたに逆らい続けるよ。……でも今回は従ってあげる。私の国に関わる問題でもあるからね」

私はそう言って神界を後にした。


 その数ヶ月後私とミカルスは二人で人間界に行くことにした。事前調べによると以前までは戦争によって亡くなった人間が多かったみたいだ。


 特に男の兵の急増からなおのことそれが推測できた。しかし、今は状況が変わり戦争が先進国では収まり、それぞれに急速な文明を開いているそうだった。


 今回はあくまで視察のため簡単な報告で終わりだが次に来るときは正式にここを支配することになる。

 

 魔界に帰還し、私への祝いの祭りの支度がほぼ終わっていることに気がつく。そうだった……な、私はここに五百年も住んでいるのだ。


 あの神の思惑のおかげで。この行為が神に逆らっている行為なのかシナリオ上の芝居なのかはわからないが、とにかく自分の思うように動けば良い。今は……それで良い。


 王宮内を歩き、アルファードと合流する。

「お帰りなさいませ、ロアイト様」

「ああ、ただいま」


 アルファードは美しい黄色のドレスを見に纏っている。昔の夜会服とは違ってかなり簡素なものだがこれは現代的なデザインだとアメシスは語っていたな。

「その格好、よく似合っている。」

「ありがとうございます」

「……すっかり景色が変わってしまったな」

王宮のテラスから覗いてみると街並みはだいぶ変わった。


 外灯は火ではなく電灯に、物を動かすのは魔法と電気を組み合わせた新たな術式。

「我々も今に合わせないとな」

「はい。……ロアイト様、あの、……なにかお困りですか?」

「えっ?」

「だってなんだか顔が暗いですよ」

「そ、そうか。少し寝不足だからな……」

「また隠してますね、なにか」

「隠してないさ。……いや嘘だ。隠している」

「話したくなったらいつでもお声がけくださいね」

「ああありがとう。……さあ、リハーサルだ。今日はいい物を見せるぞ」


 夜になり開幕の花火が上がる。私は街の中央に浮かび立ち、宣言をする。

「民よ!ヴァシレウス帝国よ!私をここまで受け入れてくれたこと、感謝する!……おこがましいとは承知ではある。だがこの祭りどうか、……私以上に楽しんでくれ!乾杯!」

『かんぱああああい!』

一斉にグラスとグラスがぶつかる音がする。ビールにワイン、焼酎にハイボール、さまざまなお酒がこの世界に行き交う。私も皇族たちとお酒を飲みあった。

今回の祭りの演目のメインは私とアルファードのデュエットだ。私がコーラス、メインボーカルをアルファードが歌う。ついでに伴奏も私がやる。


 本来は主役である私がメインなはずだが私がアルファードの歌声に惚れ込んだため私はコーラスを担当することにした。作詞も作曲も私たちで行い、完全なる新曲で臨むのだ。


 その期待は酒の酔いと共に昂まり、だんだんと興奮してきた。早く演奏したい。そう思う。……私がこんなふうに思えるのは全てみんなのおかげなのだ。神のおかげだなんて絶対に思わない。

 「お楽しみのところ、申し訳ない!皆のもの、聞いておくれ」


 皆の談笑を割いたのはラズワード兄上だった。


 「今回私の妹の五百年就任を祝う祭であることを加味して少し話がしたい。構わないだろうか」


 みんな静まり返った。話を聞く、と言う返答だ。


「これまで我が国は様々な進展を遂げてきた。元々は神によって作られた悪役を買う存在として存在した我々の祖先に、この大きな大地が与えられた。 


 元々は本当に火の海であったこの世界に死者が増えるとその閻魔大王は死者に幸せを与えたいと願うようになった。それを思い神に反逆し、炎の海を花が咲き誇る美しい大地にさせた。そこに国が立ち、皇帝が君臨し、その世界を支配した。死者を仕切り、学校を築き、皇族の制度や決闘の考えなども次々と生み出した。


 しかしこれは神の思惑に反することだった。そうこの国は神に逆らい続けることによって成長してきた国なんだ。……ロアイトもその典型だろう。皆は神の理不尽な命令に従うことはない。


 自らの意思に従い、自由に生きるといい。その為には勝ち取れ!権利を!闘え!自らの意思のために……!」


 そう語った。その言葉を聞いた国民たちの表情は明るく心が持ち直った。


 激しい変化の時代に不安と疲弊で満ちた国民たちを鼓舞するに相応しい言葉選び、見事だ。


 「さあ、ロアイトとアルファードのパフォーマンスが待ち受けている。みんな!楽しんでおくれ!」

そう言って王宮内に戻って行った。

私たちは王宮の地上に設置されたステージの上に登った。マイクを持ち、ピアノを開いて準備を整える。私は……静かにピアノを指で押し流して行った。優しく柔らかな歌声が朗らかに流れ出す。


 月が満ちたわ

 月が満ちたの

 心を満たす鏡は私を写して

 時が満ちたわ

 時が満ちたの

 私を満たす時は流れて

 遥か山に登りここまできた

 自分を信じて

 闇に欠けるだけで

 私は幸せになれるはずだわ


 その歌声を響かせて楽しんで拍手を得た。私はうれしかった。彼女の歌を聞いてこんなにも体が震えることが。


 私は幸せ者なのだ。とそう思うのだ。

祭りが終わり、ある程度国内が片付いて私たちは互いに寝室に潜り込んだ。


 あの高鳴りを忘れられない。目が冴えて寝られそうもないんだ。どうしたらいい。……起きてしまうか。

私は王宮のテラスにふと立ち入った。少し肌寒いが返って落ち着く。

……神のおもちゃ、か。

「あれ、ロアイトこんなところにいたのか」

「兄上……」

彼は私に毛布をかけてくれた。

「冷えるよ」

「……大丈夫です」

「いいや大丈夫じゃないね。君は」

彼にはいつも見破られてしまう。

「……今度人間界の支配を開始します」

「うん」

「神界に赴きその伝達を聞いた時、重ねて言われました。私は神のおもちゃだと」

「うん」

「運命も人生も見た目も考え方も全て神によって造られたと、そう話されました。……気に留めることはないと思いはするのですが、やはりどうしても気になってしまって」

「そっか……酷いことを言うね神も。君はもう思うんだい?」

「正直に言うと……かなり落胆しました。自分の行ってきたことが全て神によってなされていたと言うことが。私のこれまでの苦労が私のせいではなく神のせいであったことが非常に腹が立ちます」

「そう……か、やっぱり君は優しいよ。まあでもたとえ君が神によって操られてことを起こしたのなら今までのことを神のせいにしてもいいんじゃない?」

「そんなこと、出来ないですよ。……私は何よりも自分で選べることに喜びを求めていましたから」

「そっか……なら、抗うしかないね。その運命に。私も協力するよ、一緒にこの運命に立ち向かおう」

「……はい!」

優しい彼はどこまでも私の気持ちを察して言葉をかけてくれる。その言葉で私は奮い立つことができる。気持ちを強く持てる。私が一番尊敬する人である。


 人間界に訪れ、ミカルスと世界を見下ろす。

「……すっごい人だなあ」


 そう感想を呟く。残念ながら私も同じ感想だ。どこを見ても人の山、これを都市というらしいが、いつのまにこんなにも増えてしまったのだろうか。

「どうする?作戦は」

「んー、神にはこの世界を神に従順な世界にしろって言われたからなあ。……とりあえず僕たちに従わせればいいんじゃない?」

「了解」

私は手に持っていた杖を取り出した。

「その杖、変わってるね。蛇、ライオン、蝶を模した像をつけるなんて」

「この杖があると相性がいいのよ」

「そう。なにするの?」

「どこかの国のトップを潰す。まずは情報が欲しい」

「いきなりおっかないこと言うね。でもいいじゃん楽しそう。……じゃあどの国がいいかな?大きすぎる国だと混乱されて下手をしたら全世界の軍隊を寄せられるかもしれないし」

「まあ……私はそれでもいいけど、なるべくリスクは避けたいわね。よし、日本を落とそう」

「根拠は?」

「……気まぐれよ」

私は日本の首都、東京に降り立った。


 その中の国会、と言う場所に偉い人が集まっているそうなので私はそこに乗り込んだ。唖然と口と目を見開く男たち。

「えーっと、魔女です。……神々の通達によりこの国は神の国となります」

「ふざけるな!そんないい加減な輩にこの国は渡せん!帰れ!」

私は杖を彼に向けてその桂を風によって引っ剥がした。この程度口に出さずとも可能だ。

「……ふふ、その方が似合ってるわよ♡貴方たち、自分の置かれている立場を理解した方がいいわ。自分の立場を理解したら痛くはしないから♡」

少しずつ楽しくなってきた。

「……、お前ら!警察を呼んだぞ!」


 おおっ……!と喜ぶ彼ら。どうやら武装した兵隊が来るらしいが私の敵ではないだろう。

ドタドタと数多な軍勢がここにきた。

「ミカルス、あの人間たち、逃さないでね」

「了解」

ミカルスはその羽を狭い建物の中で器用にバタつかせながら人間たちを回収していく。……認めたくはないがいい手付きだ。


 一方で私はその部隊を眺めて拙さに失望した。

「この程度なの?」

次々に襲い掛かる人間たちは二人風に煽られて倒れると誰も近寄ってこなくなった。

「……失望だわ。こんなのが神の国の住人になるなんて」

昔の人間の方がもっと怖かったぞ。醜い執着心を丸出しにしたその怖さに私は震えていたこともあった。それが時が経つとこんなにも弱くなるのか。

「私のところにこの国で一番偉い奴を連れてきな。……さもなくばここにいる人間、全員地獄に叩きのめしてやるよ」

声色を少し落とすだけで簡単に従う彼ら。ああ、失望だ。


 ミカルスと私はこの国で一番偉いとされる内閣総理大臣と言う存在と立ち会った。


 本当は天皇、と言うこの国の皇帝がそれに当たるらしいが信頼のできない私のそばには置きたくないらしい。まあ、話ができるならそれでもいいが。

「単刀直入に言おう、この国を私と熾天使ミカルスに明け渡してくれないか?」

「何故ですか?」

「この国のトップの支配下にいるこの国の国民が可哀想だからよ」

「……無理です。即刻立ち去ってください」

「どうして?私が気に入らないか。」

「……」

無言を貫くか。……なら仕方がない。あまりやりたくはなかったが。

「じゃあ……これならどう?」

私は服の裾から自分の素肌を見せた。胸を彼の体に寄せ、脚を見せる。これは……私が昔使っていた色仕掛け、これに引っかかるのは小物ばかりだと思うが、どうだろうか。

「……いいだろう」

へえ……欲のために全てを捨てるか。私の父なら即刻首をはねられていたかもしれないのにな。

「ありがとう。じゃあ頂くわね」


 私はミカルスにとある作戦を伝えた。

「……大胆だね、でもいいよ」

杖を取り出し、日本本土の上空に飛び立つ。あっ、何人いるか聞き忘れたな。まあいいか……

「展開!」

そして地上に降り立つ。すると人間の阿鼻叫喚な姿があちらこちらに転がっていた。どうしてこんなことになったのか……ふふふ。

「あっははははは!!人間ども、醜い人間ども、罰を受けよ天の罰を受けよ!これは神の思う処罰である。嬉々として受け入れよ!ふははははは!」


 しばらくして私は魔法を解いた。


 「人間ども、このような悲劇は必ず訪れる!貴様たちがこのようにする限り、それを回避したければ我らに従え!我ら、神の従者に従え!さすれば貴様らの罪は浄化され、赦しを得るだろう。意思のあるものは膝をつけ!我に従え!」

人間どもはドタドタと膝を折り曲げ地につけ、静まりかえった。恐れと不安の呼吸を素早く繰り返しながら。

 人間の支配には恐怖が一番だ。


 「何をしたの?」

「ん?……幻術展開。人間どもにこの世界が滅びる様を見せてあげたのよ」

「何人に?」

「さあ……多分一億は超えたわ」

「化け物だね……ま、これも神の御意志、仕方がないね」

そう言うミカルスはこの都市に住まう人間が好きな高層ビル、と言うものよりも遥かに大きな翼を広げて飛んでいる。

しかし、その光景を眺めていると突然誰かの声がした。

「やめてください!」

そう言ったのは他の人間とは雰囲気の違う人だった。

「国民を……苦しめるのは……」

するとその人間を囲むように先程の兵隊が現れた。先ほどよりも目つきが鋭い。

「誰だ貴様は」

「この国の……首相です」

首相……つまりはこの国で一番の権力者か。……どうしてこうも簡単に出てくるのか。普通の国王ならば一目散に逃げていくと言うのに。

「ここは譲りません。民を苦しめるのは……おやめ下さい」

「どうしてそこまで彼らを守りたがる?」

「国民が……この国が……愛しいからです」

「愛しい?口だけならなんとでも言える」

「でしたら……私はここで死んでも構いません!」

……!、そんなに……簡単に……「死ぬ」だなんて。死ぬと言うことがどれほど恐ろしいかわかっていないのだ。それでも……そんなことが言えるのか。今の人間は。

「ならば、すべての力を使い国を守れ、一ヶ月後我が国の軍勢を引き連れて貴様らを侵略する。それを何を使ってでも止めて見せよ。……帰るぞミカルス」

私は呆けているミカルスの手を引いて魔界へ帰った。


 魔界に帰り、そのことを伝えるとガーネット姉上は「我兵だけで十分であると話した。そこで軍を編成し、地上隊、上空隊、精神操作隊、指揮隊の四つに分けて戦いに臨む。天界の方はミカルスと複数の手下が戦うそうだ。魔界の死者は戦いが本業であるため、気合たっぷりで挑む。


 そして一ヶ月後人間界に戻ると海洋には戦艦が五万と埋め尽くされ、空には戦闘機、狙われるミサイルの照準が見える。さらに陸には屈強な肉体を持った戦士たちが立ち尽くしていた。

「いよいよね……」

「ああ。……なあ、この闘いを行う理由はなんだ。」

「勝った時、完全に敗北を認めさせるためよ」

「完全に……」

「そう。こう言うものは自分の全力を出して戦って負けたら否応なく認めるしかない、と言うルールに基づくのだけれどこの方がお互い納得するわ。それに安心して絶対に殺さないわ」

「本当?」

「ええ、でないと意味はないもの、私たちの強さを示すには生き残らせた方がいい。それに…人間の醜さを示すのにもいい証明になると思うの。だから皆には人間を殺さないように命じたわ。まあ、人間同士が殺しあっていたら放っておくように言ったけど」

「……ならいいや。ロアイト、必ず勝とう」

「ええ」

前までは本当に気に入らなかった。天使なんて私たちを見下す外道だと思っていた。それもみんな同じであるとして。


 今思えば偏見でしかなかったと思うが、それほど彼らの手口は卑劣だった。でもミカルスは違うのだ。


 本当に私が望む心優しい大天使、それが彼なのだ。もし彼が神になれるのだとしたら私は心からそれを歓迎しようと思う。

 

 低い角笛が鳴る。開戦だ。まず先行は人間軍、連合国という名のもとに連携した軍艦が一斉にこちらに攻寄る。


 我らの立ち位置は北に日本を含む大陸があり、真南に島国がある。その中間の海洋に我らの仮の住まいをあらかじめ作っておいたのだ。そこは我々の本拠地であり、舞台でもある。


 人間軍の代表隊である連合軍艦隊に対しては地上隊を充てる。海水に対し、命令を伝える。

「ウォルター・オルダ―」

手を海水にかざし、目の前に広げるようなしぐさをする。すると海水は勢いよく一か所に盛り上がり艦隊は転覆する。


 そこから流れ落ちた人間たちは泳いで本拠地に乗り込もうとする。思惑通りに彼らが来たため、作戦通りに彼らが来たところを睡眠の魔法を込めた銃で撃つ。


 正確に言うと弾丸に眠れ、という命令伝達術をのせて放っているのだが。あらかた人数を減らすと今度はこちらの番である。


 上空隊の天使、魔法使い軍連合隊は空高くから地上へ弓を引いて放ち、人間たちを気絶へと追い込む。運よく逃れた人間には精神操作術隊により闇の魔法がかけられ、うその情報を流させ現場を混乱させるようにした。


 するとこの世界でおそらく一番強いと思われる国が単体でこちらの本拠地に攻め入る。地上隊はそれらを炎の魔術によって一気に焚き付け、いともたやすく炭にしてしまった。


 それを助けるはずの援助隊はなぜか他の隊に止められ、一向に来る気配がない。どうやらその国の独断による行動のせいで人員が足りないところが勃発し、それに不満を持った同盟国同士が解決法を模索するうちに内部戦を始めてしまったそうだ。


 さらには物資の運搬処理の拙さから武器も食料も前線に届かず、兵は飢え死にしたそう。この戦況を見て、日本の内閣総理大臣は降伏を認め、この混乱を一旦は収束させた。

 

 しかし驚いたのはその連携能力のなさだ。我が国と天界は昔から土地を巡ったりと戦ってきた。考え方も戦い方も種族も違うので争い事は絶えなかった。しかし長年闘ってきたからか、僅か一か月の訓練でも抜群の連携を取ることができた。この違いはなんなのだろうか。


 やがて勝敗が決まり、彼らは負けを認めた。そ  て今私は宣言する。

「人間たちよ、一部はよく闘った。君たちの熱い戦いぶり、尊敬に値する。しかし愚かな強者よ己の身勝手さは自分の国だけでなく弱者すべてに影響を与えてしまうこと、忘れるでない。此度より貴様たちは私の支配下に下る。これは悲しい支配ではない。むしろ貴様たちが平和で安全で暮らせる、未来を約束しよう。……まずは賢明な日本国よ、帰国に我が身をもってその地を幸福の宿り木として見せよう。さあ従え人間ども、我を恐れよ、それこそが貴様らの今できる最善のことだ」

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