第五幕 償い

  「……ふっ、」

口を塞がれて喋ることができない。

チャリン

腕が縛られて動くことができない。

滴る血は溜まりとなって泉となった。

 これを続けてから何年経っただろうか?十年……二十年……いいやもっと。でもどうしてこうなったのだろうか。

「罰を受けよ!罪深き魔女め!」

罰……罪?…………魔女?そんなことのためにこんな羞恥を受けているの?


 私は。どうして……どうしてよ、幸せを求めてきたのに。こんな地獄が待っていたなんて誰が思ったのよ。


……どうしてよ……どうして!


私がこんな目に


……許さない!


赦さない!


絶対に殺してやる。


この男もこの男も私を見たすべての人間に復讐を!復讐を!私の目の前は復讐で真っ暗だった。それ以外見えなかった。暗闇から抜けてもそこは暗闇でしかなくて、希望なんてどこにもなかったんだ。

 

 ……私はそのまま立ち止まらなかった。空っぽだった力を不意に与えられて一思いに人間の首元を切り裂いたのだ。


 実に愉快だった。私を虐げ、侮辱してきた人間どもがいとも簡単に死んでいくのは。本当におかしかった。 


 肉を切る感触、血が体にかぶさる感覚、苦しむ人間の呻き声を聞いている自分の体がまるで自分ではない者がそうさせているように思えたのだ。やがて魔力が尽きて仲間に助け出されて私は骸となった。

 

 「殿下!」

彼女が帰ってきた。アレ以来もう百年経ってしまったがようやく帰ってきた。戻ってきたその体は傷だらけで打撲痕、肋骨折、くっきりついた縄の跡、細い切れ目の跡など散々な状態のその体は帰って来た途端倒れ込んだ。


 それを抱き抱えその軽さに驚く。

「殿下……」

自分はそう呟くしかできなかった。

 彼女を自室へ連れて治療を施す。

「アメシス皇女殿下、よろしくお願いします」

「……ええ、」

アメシス様は殿下に手をかざし、

「癒せ」

と癒しを司る自然に命令をした。この国で癒しの魔法がここまで使えるのは彼女以外にいない。緩やかに治っていく傷口。しかし、その傷跡は完全には消えない。

「……治しきれないわ。たぶんこれは心から治さないと難しい」

「そんな……」

いつも美しいあの人がいつも優しいこの人がこんな簡単に傷ついて、その跡を残すなんて。どんな苦痛を受けてきたのだろうか。しかも、受けたのが心の傷だなんて。……人間たちの行いの非情さに腹が立つ。

「とにかく、目が覚めるまで待たないと」

そう言ってアメシス様は殿下の手を握った。

「早く元気になってね、お姉さま」

彼女は部屋を後にした。


 彼女と再会するまで百年間もあった。その間俺たちは彼女の仕事の穴を埋めるべく働き続けたがその大変さに気がついた。


 そうして彼女を案ずる声も高まった。そこで彼女の事を見れるように人間界へ視察の魔法を込めた石を投げた。俺たちはその中で捕らえられ傷つく彼女を見た。


 いいや正確には俺は見ていない。あいつの、ムーンの……傷つく姿を見たくなかったんだ。言ってしまえば彼女の苦痛から逃げたんだ。


 この俺は。……本当に最低だ。彼女の様子を見て助けに行こうとした人は多かったがなぜか人間界に行くことができなくなった。


 死神番長殿も原因がわからないと嘆いていて完全に手をこまねく状況になった。そのとき、サファリス皇帝陛下が神界へ赴いた。


 なにを話したのかは知らないが彼が神界より帰還したときには人間界へ行くことができていた。人間界へ行こうと門を開いたとき、彼女は契約者のエインに乗せられてそこにいた。


 そうして私、ではなく実の父親であるリエタリスとディヤメント皇妃の胸元へ抱き落ちた。

 

 どうしてだろう。俺ではなく、二人なのか。俺はあいつの特別じゃなかったのだろうか。


 やはり俺は俺の裏切りによって憎まれているのではないか。……やめよう。この考えをするのは。それで過去が変わるわけでもない。

 「ふう……殿下、いいや。ムーン、早く目を覚ませ。この俺の命令だぞ」

そう言って立ち去ろうとした時不意に彼女は俺の裾を掴んだ。

「待て、おまえ」

「……殿下!」

「……心配……かけてすまないな。……でも、気に病むな。おまえはなにも悪くない」

そう言ってまた眠りについしまった。

まさか俺の考えを読み取って……?そうかもしれない。彼女は鋭い。特に人の考えに対しては。でも、そうだとしてもわざわざ目を覚ましてこの俺にそんなことを言うなんて。どこまで優しいのだろうか、この魔女と呼ばれた人は。俺は静かに部屋を後にした。

 彼女が帰って以降の国内は混乱でごった返していた。特に本殿のあった東地区は。


 この国の国民はロアイトのことを深く愛していた。美しくて強く、人一倍真面目で国に貢献してきたこと、仕事を精一杯こなしていたその真剣さだけでなく、自分のことに対しては非常に鈍感だと言う欠点でさえも愛していた。


 もちろん、純粋な恋心で愛していた者も大勢いる。俺もそのうちの一人だしな。しかし、より多くは敬愛の面で愛していた。


 そんな存在がこんなボロボロにされて痛々しい姿で帰れば混乱しないはずもない。特に顕著なのがアルファードだった。

 彼女が眠っている間廊下を歩いていると廊下の先から早足に殿下の部屋に向かう人影がいた。それはアルファードだった。


 茶色い瞳に金色の髪、そばかすも付いているいわば地味な女、と俺は初見で思ってしまった。


 あいつはムーンが貴族だった頃に面接で採用したメイドで今ではメイド長を務めている。自分の能力や才能に自信がなく落ち込んでいた彼女の面接ぶりを見て採用する、と彼女が言ってアルファードはメイドになった。


 昔は食器を一日に一枚は必ず割っていた彼女だが今では食器を百枚重ねて持っても微動だにせず運ぶことができるようになった。そんな成長ぶりを知っていた俺からすると彼女の荒れっぷりはかなり驚かされた。

 

 そのアルファードは俺に気づかず俯いて真っ直ぐ歩く。やがて俺にぶつかり、そのまま俺を押し倒した。

「……黒川さんは、辛くないのですか?」

涙をぽつりぽつりと流す。その静かは艶々に磨かれた宮殿の廊下をさらに潤し、満たして行った。

「わたし……は辛い……ですよ。ロアイト様が、……ムーンお嬢様があんな風に変わられてしまったのが……」

「俺も……辛いんだよ。……すごくね、なああいつさっきさ一瞬だけ目を覚ましたんだよ。……そんで、俺に言ったんだ」

「……なんと?」

「おまえは悪くないって……気に病むな、ってさ」

「……」

「全くひどい人だよ。こっちはすごく寂しくて……会えなくて悲しくて、いつも辛かったんだ。……それでも俺はあいつが傷ついてるって言うのに見向きもせず避けてきた。そんな弱者に……あいつは……!」

俺は拳で床を叩いた。痛みなんて感じない。音も聞こえない。なにも見えない。

「俺は……!赦されるべきじゃないんだ!」

「やめてください!」

「……っ」


 アルファードは涙を浮かべていた。茶色い瞳をキラキラと眩かせて俺の目を見る。そしてアルファードはその温かい体で俺を抱きしめた。

「殿下がそう命じたのです。……赦してもいいのですよ」

「でも俺は……あいつを助けてやれなかった。助けようともしなかった。こんなクズに……」

「やめてください。……貴方がそんなことを言ってしまうとムーンお嬢様は悲しみます。知っているでしょう?あの人はどこまでも優しいって。他人が傷ついてることにも傷ついてしまう繊細な人だから……」

「でも俺は……」

「いいのですよ、赦しても。自分のことを……ほら行きましょう。暖かい紅茶でも淹れて落ち着きましょう」

「……」

「ほら!」

彼女は俺の手を引いたて歩き出した。いつもの優しい口調で俺に赦しを与える女神に近いその人はズンズンと前は歩く。


 先ほどより落ち着いて見えるのは俺のせいなのだろうな。だが全く……こいつもあいつと同じく……不器用なんだな。でも、元気になるよ。ありがとうアルファード。そう心で呟いておくことにした。


 十日後、私の最愛の娘は目を覚ましました。美しい紫色の瞳を微かに見せるとすぐさま全身が震え出しました。彼女のその体が。ベッドから転げ落ち、部屋の隅に固まる私の娘は怯えた目つきでこちらを見ます。

「……殿下」

優しく近寄る娘の執事、彼が最も娘を愛していると言うのはよくわかっています。

「……ごめんなさい、……わたし……つみびと……ごめんなさい……」

「殿下……!」

娘の執事は優しく彼女を抱きしめました。するとあの聡明な娘が一斉に大粒の涙を流し始めました。


 子供のような声でか弱くか細く泣いていました。その光景は正しく地獄で私にも罰が与えられているように思えました。

しばらく二人きりにするべく部屋を離れようとすると娘はこう言いました。

「心配かけたな」

と。

娘の他人を気遣う精神はいつも素晴らしいと思っておりますが今回は度が過ぎているようにも思います。そんな余裕はないはずですが。

 私が部屋を退出し、自室に戻ると私の夫であるサファリスが待ち構えていました。

「どうしました、貴方」

「お主は……あやつのことをどう思っておる?」

「どう、とは?」

「他の者とは違う目で見つめておる。……まるで母親のような」

「……」

「お主はよくあやつのことを娘と呼んでおるな。しかし私はおまえとロアイト……いいやムーン王女の関係性はある程度推測はしておるが、実際はどうか知らぬ。……しかも以前の様子だとムーン自身も覚えておるか微妙なところだしなあ」

「……」

「話を聞いても良いか?」

「……構いません」

思えば私は今まであの子にも彼にもそのことを話していませんでしたね。まあ、話したくなくて避けていただけですけど。この際ですし話しましょう。私とあの子の過去を。


 トゥアイセ王国の姫として生まれた彼女は占い師の予言によって罪人となりました。実はその時の占い師は私だったのです。


 しかし予言は「姫は紫色の瞳と微かな魔力を持つ悪魔の子である」と言ったものだけでした。当時、我々占い師は国内の家臣たちにも魔力を持つ子供のことを悪魔の子と呼ぶようにしていると説明していました。


 それにも関わらず、彼らはその予言を誇張し、彼女を幽閉しました。私は気の紛れで偶々彼女の幽閉されている牢獄へ訪れ、抜け殻のようになった姫君を見ました。私はすぐさま姫を取り上げて育てることにしました。

文字や計算、乗馬や武術など生きていく上で、王族として大切な教養を身につけさせました。彼女の才能は目まぐるしく開花していき、わずか八歳でほぼ全ての分野の学問を履修していました。


 そんな中彼女は召使として王から雇われました。しかしそれを直接命じたのはその王ではなくその家臣たちです。


 毎日毎日タイルを磨いて男に体を譲る様を見て私は暖まらない気持ちになりました。


 やがて十になり、彼女は王族として認められはしましたが殺しの仕事をするようにと命令されました。これも家臣たちからです。


 当時の国王には命令する権利なんてなかったのです。そこで殺しを教えたのも私です。本当にすごかったです。


 ナイフの握り方を教えてから、彼女はいとも簡単に人間を殺せるようになりました。明らかに才能があったのです。


 悲しい才能が。私は彼女が怪我をしないように魔法をかけて仕事に行かせていました。その後の戦闘であっても同じでようにしていました。


 やがて国内での革命が始まると彼女は王族として飾られて国王たちの身代わりとして捕らえられました。


 私は……その時彼女に魔法をかけました。私を忘れてもらえるように。私は怖かったのです。彼女と私が再会して見捨てたことを恨まれるのが。


 私は自分のためだけに彼女の記憶を奪ったのです。

 「……これが全てです」

「そうか、……お主があやつを娘と呼んでいたのはお主が彼女を育てたからか。……だが今のあやつに記憶を戻してやると混乱するだろう。またしばらく経って落ち着いたら教えてやろう。……まあ、恐れることはないと思うがな」

「……ありがとうございます」

私の記憶に眠る彼女と今の彼女、決定的に違うのは周りにいる人たち。でも、父親はいる。どうか幸せでありますように。……誰からも操られない、そんな人に。


 王宮に戻ってから、二、三年の月日が流れた。私は少しずつあの時の痛みを癒している。しかし、……完全には忘れられない。治らない。


 なぜか彼らにつけられた傷跡が綺麗に消えないのだ。その跡はものすごく痛々しく私が鏡越しに見るのも痛い。


 そこでスマラカタが開発した魔法道具を渡してもらった。それは体の隠したい部分を半永久的に隠してくれる魔法をずっとかけていられるようにするもので私はそれを左腕につけて使用している。


 見た目はまるで宝石のようで非常綺麗である。しかし、私はどうしてあんな目にあったのだろうか。

 

 ……わかっているさ、その理由は。でも、問わずにはいられない。どうして?どうして?って。

 黒川は以前よりも私に付き添うようになった。あの夜、私にずっとそばにいると約束してくれたからだ。正直嬉しいが気にしてもいるのだ。


 彼が私に対して気に病んでいないか。……そういえば帰ってからほとんど休みなしで働いていたな。せっかくだし、旅行にでも誘ってみようか。


 私は彼を呼び出し、そのことについて話をした。

「はあ、旅行……ですか?」

「ああ今まで行ったことなかっただろう?この際だ。一つ休みがてらに行ってみるのは」

「……しかし、仕事に関してはどうしましょう」

「もう頼んであるよ。……ラズワード兄上にお話ししたら快く仕事の代替を引き受けてくださった。……もしよかったら私と二人きりで行かないか?」

「……」

私が選んだのは東地区の果てにある小さな島だ。ここには温泉が湧き出る小さな旅館がある。


 私たちはそこで二日ほど寝泊まりすることにした。絨毯を用意して荷物を置いて、ゆっくりと空へ舞い上がる。

「……殿下、体が冷えます。毛布を……」

「大丈夫だ。……それに今は無礼講だ。昔のように接してくれて構わない」

「……昔って、いつのだよ」

「ふふ、初めて会った頃の」

「いいけどずるいこと言ったらやめるから」

「はいはい……ふう、二人で出かけるって初めて、ではないな」

「そりゃそうだろ、俺とあんたは……あんたが学校に来たばかりの時に会って以来、ずっと一緒だったんだから」

「そうだったね……ねえ、覚えてる?私が貴方を使用人に雇うって言った時のこと」

「覚えてる、……暇そうだから。だろ?」

「ええ」

「全くひどいもんだったぜ、暇そうって……俺が孤立してるの馬鹿にしてただろ」

「してないよ?」

「ほんとう?」

「してた」

「……いった!」

額を指で弾かれた。

「何すんの!」

「ふん、ずるいことをしたせいですよ」

「あらずるいだなんて……とんでもない」

そうこうしているうちに、私たちは目的の旅館へたどり着いた。その旅館は古く、石畳でできた玄関の先にカラカラと開く扉がある。


 その扉を開くと中では騒然たる人数が私たちを出迎えていた。

『ようこそおいでくださいました!』

「ああ、歓迎ありがとう。……まあ気を追う必要はない。普通の客に接する時と同じようで構わないさ」

「しかし……」

「いいか、これはお願いだ」


与えられた個室は広々としていて畳のいい香りがただよう。

「本殿と同じ匂い……落ち着くなあ」

そう言って床に寝そべる彼はこちらを見上げた。

「なあ、ムーン姫、あんたどうして俺をここに?」

「……少し話がしたくてね」

私は身につけていた宝石類を少しずつ外していった。

「貴方、随分と辛そうだったから」

「辛そう?」

「ええなんだか、凄く暗いというか……笑顔も少なかったし」

「それは……」

「きっと私のせいね。ごめん……心配ばかりかけて気を病まさせて」

「いいえ!あなたは……あなたは何も悪くないのですよ!」

「そう……かな」

そう言うと彼は体を起き上がらせて浴衣を取り出した。赤と青の体となった浴衣。彼はそれを差し出した。

「露天風呂に行きましょうよ、せっかく温泉に来たのですから」

そう言って彼は私の体をひょいと持ち上げた。

「えっ!?」

「このままだと動きそうにありませんからね、すみませんがこうさせていただきます!」

一瞬少し怖かった。あの時のことを思い出したから。私は担がれて運ばれていたと言うことを思い出したのだ。


 でも、不思議と安心する。……黒川がいるからか。彼はどれほど私を安心させてくれるのだろうか。

 大浴場のフロアにたどり着いてみると、その館長にここは混浴だと言われてしまった。


 本来はそのはずではないが私に気を遣ってくれたのだろうか。だとしたら申し訳ないがこの機会、使わせてもらおう。

彼は私を一通り脱がせるといつもの通り体を洗ってくれた。……一年以上も経つのにどうして違うように感じてしまうのか。

「ありがとう。じゃあお返しに……」

「いいのですか?」

「ああ、構わないよ」

私は体を洗うスポンジを手に取り泡を立て優しく肌に触れた。黄色を帯びた白い肌。


 東洋の人間特有の肌色だ。この肌をみて猿のようだと言う人も見たことはあるが、私はこれを羨ましく思う。

「ゴシゴシ……てね、……ほいっ。できたよ」

お湯で流して体を綺麗にする。

「ありがとうございます。……ムーン様、なにかお話ししたいことがあったのですか?」

「……」

私は彼の言葉から離れて温泉に浸かった。

「……んー、熱い」

「ムーン!」

彼は私に連れて温泉に浸かった。

「そうよ、話したいってのは本当」

「……でしたらお話しください。私が受け止めて差し上げます」

「ふふっ、……いつの間にそんなに優しくなったのかしら?」

私は温泉の滴に触れて

「水よ、生み出せ」

と唱える。すると滝のように水がドバドバ流れていく。しかし温泉自体にはかかることはない。

「まあ、喉が乾いたら汲んでで飲んでよ」

この魔法に特に意味はない。


 でも、私の気持ちを落ち着かせるためにしたのだ。水の清らかさが私の心を癒してくれますように。


 私が人間界に行った時、私は人間と契約を交わした。その人間の名前はリリアンと言って元々はトゥアイセ王国だった場所に立ったケネル王国の王女様だった。


 その子は自分の周りに降りかかる不幸を拭い取りたくてたまたま彷徨っていた私と契約したの。


 偶々って言っても生活を良くするために王宮の周りをうろついていただけだけど。そうして私達は契約して彼女の願いを叶えることにしたの。


 彼女の最初の願いは実の兄の病を治すことだった。私は知ってると思うが治癒魔法が苦手だ。だからエンゲルを呼び出して治させたわ。完全に治ったその兄はリリアンに大変感謝した。


 次に彼女が願ったのは、国民の事を思ってのものだった。税収や病、飢饉、災害などに苦しむ民に物を与え、家屋を直し、この国を豊かにして欲しいって。


 私はその願いを聞き入れ、設計図を作りそこから国を立て直した。国が豊かになったら兵力も強くなる。それだけ国の豊かさは重要だということだ。そして国が豊かになると人々はさらにものを求め自ら行動を起こすようになる。


 余裕を持つと人は学問を会得しようとする。リリアンはかなり学問には精通していたので国内に学校を数多く築いた。国内の識字率は私が生きていたころよりも十倍以上に跳ね上がっていた。


 そんな中、移民集団国家のイリルの国境がその国の国境にじりじりと迫って来ていた。


 おまけに仲の良かったイリルとの仲介国であるタザン神聖帝国はイリルとの協定に裏切られ、帝都はほぼ完全にイリルの民族でごった返してしまった。国王はこれに対応するために徴兵制の範囲を広め、成年した男性からではなく十八歳の青年から徴兵対象とした。


 リリアンの願いによってケネル王国の国土が豊かになったのを理由に徴税を増やしていたこともあり、国内は少しずつ働き手を失い、荒んでいった。国王が手を打った戦争には結果的には負けてしまった。


 国は蹂躙され国民のほとんどが奴隷として買われていった。国王一家であるリリアンは家臣たちとともに公開処刑となった。


 まるで私が死ぬときの光景だが、殺す道具は火ではなく、断頭器、いわゆるギロチンというやつだ。彼女は死ぬ直前に私に対して願いを言った。

 「国民が傷つくことがないように、彼らを守ってあげて」

「如何してよ!自分のことはいいの?助かりたくはないの?」

「正直に言うとね。でもね王族として生まれたなら国民のことは第一にって、お父様に教わったもの、私は義務を全うするだけよ。……だからお願い」

私は彼女が死ぬ前に急いで彼女の民に無傷の呪文を唱えた。そしてすぐさま魂を抜き取り死神に手渡した。これで私たちの契約は終わったわ。

 

 その十年後だったわ。私は占い師として町で働いていたのだけれど突然、

「魔女だ!」

という声とともに私は……白い服をきた男たちに連れ去られた。


 当時は飢饉や致死病の大流行により死者が多発し、世界の人口が酷く減少していた。その原因を衛生面の不備などではなく、魔女によると司教たちが噂を流した。


 そのため何の根拠もなく連れ去られた女性が連れ去られた。俗にいう「魔女狩り」だったよ。しかも私は本当に魔法を使う魔女だったからね、許されるはずもなかった。


 でも、連れ去られた時点で魔法を使って逃げることはできたはずだったのに魔法をなぜか使うことができなかったんだ。捕えられた私は様々な拷問を受けたよ。

 

何よりもつらかったのは真っ赤に熱せられた鉄の棒を体のあちこちにつけられたことだったわ。そもそも私は火が怖かったの。


 何年も自分で作って慣れていたからそれまでは火の怖さを忘れることもできていたのよ。でも……それを見た瞬間怖くて震えが止まらなかったわ。


拘束している鎖すらも動いてしまうほど体が避けようと暴れてしまった。その鉄棒は熱いなんてものじゃなかったのよ、触れたところが溶けて皮膚の層が少しずつ露わになっていくの。


 それがとんでもなく痛かった。しかも火傷したところが治りきる前にその上からまたその棒を触れられて……気を失うことも、死ぬこともできなくて本当に辛かったの。

 

 それを乗り越えられたのは……エイン、エリスタ、エンゲルのお陰だったわ。三人は私の心がくじけないように常に声をかけてくれて、エンゲルは傷を癒し、エインは心に火を灯してくれたわ。


 でも特に嬉しかったのはエリスタのことだったのよ。彼はいつも冷たいことを言って私を徴発したりしていたけど、私にとってそれはかえって冷静さを保たせてくれるものだったの。


 ああいう苦痛に耐えるときは冷静さって大事なのよ。いつ魔力が復活して相手を倒すか、逃げるか考えるためにね。やがて人間界に来て百年が経つと不意に力が湧き出て私はそのまま目の前の醜い男たちを血に躍らせたわ。


 「……思い出したくないことは少しごまかして話したかもしれないが、大体はわかってくれたか」

「……つらかったんですね。話してくださり、ありがとうございます……」

すっかり暗くなってしまった彼の顔にかすかな不安が心にのぼる。


 だが少し目を伏せて見上げると彼は晴れやかな笑顔を見せた。それは決して偽りの含んだ笑顔では無いようだった。

「ムーン、上がろうぜ、そんで食事にしよう」

そう言って私の手を引いた。

 風呂から上がり部屋に食事が運ばれているのを見て思わず手伝いをしてしまった。

「ふふ、貴女の口癖でしたね、相手の行動を先読みして奉仕しろって」

「からかってるの?」

「正直な。でも俺はそういうお前が好きだよ」

「えっ……」

私は自分が何も持っていないことに完全に安堵した。

「まさか気づいていなかったんですか、私の好意に」

「……全然」

「はあ……、貴女を思う男性が何人いると思っているのですか」

「え……でも、そういう人は皆私の体だけが好きだって……」

「確かにそういう人もいる。でも、貴女のその真面目さや心の美しさにほれ込んだ男はそれ以上にいるのですよ。貴方は自分のことに鈍感すぎです。貴女は私に気に病むなと申されましたね?その言葉言い返してやる。自分の過去を気に病むな、自分の罪を気に病むな。貴女は何も悪くない」

その力強さに、強さにどれだけ勇気をもらったのだろうか。本人こそ鈍感ではないのではないか。そんな反感は思うが気に留めないようにしよう。

「ふふ、ありがとね。プロポーズ嬉しかったわ。……頑張ったご褒美に貴方に私を自由にしてもいい権利をあげるわ」

「本当に?」

「うん」

「私は貴女の言葉を冗談として受け止めませんよ」

「それも自由よ。……最後に一つ聞いてもいい?」

「なんです?」

「どうして私が好きなの?」

「そんなの、決まってますよ」

「なによ」

「俺があんたを好きだって決めたからだよ」


 またあの横暴さが出たな。そんな奴を雇った私もおかしな人だ。でもいいんだ。すべてを受け入れてくれる彼を私も愛することにしよう。いや、今更か。

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