第三幕 家族の在り方

 お前は悪魔の子だ!お前は生まれてくるべきではなかった!この国を貪った愚かな娘め、消え去れ!


そんな言葉で終わる夢を最近見ている。私はこの国の皇族として就任してから百年が経った。


 ラズワード兄上、ガーネット姉上、タイン兄上、スマラカタ、アメシス、サファリス皇帝陛下、黒川、アルファードそして数多の国民たちとこの生活を続けて、百年が経った。


 それぞれの皇族と定期決闘や旅行を重ね、交流を深めていき、ここの生活が幸せに満ちているように思えてきたのだ。……だが幸せで包まれた日々はこの悪夢によって少しずつ不幸に染まってきた。


 最近、夜中に目を覚ますことや寝起きにうなされることが非常に多くなった。心労も伴い、かなりつらい状況である。


 姉上はこの悪夢については「就任百年を迎えると悪夢にうなされるようになるんだ、たぶんその理由は私たちへの罰だよ」と。


 しかし私はその罰にくじけるわけにはいかない。生まれた時から『悪魔の子』だったのだからこの程度の罰なんて痛くも痒くもない。辛いのは少しだけ。そう思うことにした。


 それにせっかく手に入れた幸せをみすみす手放したくはない。

 

 私はその決意を支えに日々を過ぎてきた。そして朝目覚め、挨拶を済ませると私は執務室へ戻った。今日も山積みな仕事の資料を見て、深くため息を漏らす黒川と私。

「こんなに……しかも私の担当外のものまであるし」

「おそらく他の皇族方が面倒くさがって殿下に押し付けたのでしょうね」

もちろんこれが信頼の上で行われていることは十分わかっている。


 どんなに相性の悪い人間でも百年間家族として過ごしていれば信頼は自然と積もっていくものである。


 これもその結果だ。あの人たちは私が一番こういう書類の仕事が得意であるということを知っているから、私に任せてくるのだ。

「まあ、さすがに多すぎる」


 書類の中には死神界との貿易許可証の承認待ちの物が僅かと、輸入品の最新報告書、面会申請書、決闘申込書など私個人に充てられたもの、食糧庫の拡張許可証、食品量割合資料の整理依頼書、建築材料費の請求書、ラズワード殿下への女性の苦情、ラズワード殿下への決闘申込書、ラズワード殿下への食事代のつけの請求書、ラズワード殿下への……、多すぎる。


 ラズワード兄上はおそらく全部私に横流ししているのだろう。しかし私は皇族の中で一番体力も経験もないので一つ一つ完了させるのに非常に時間がかかると言うのに。


 まあ、忙しいのが好きな私もイケないのだろうが。

「はあ……、一体いつになったら終わるのか」

私は書類の山に改めてため息をついて、席についた。すると扉からノックの音がした。

 その音の主は失礼しますと言ってこちらに入って、とある手紙を私に与えてくれた。

「お疲れ様、アルファード。どうだ、エリタたちは?」

「もうだいぶ慣れたようでテキパキと働いております」

「お前のその服もすっかり板についたようで、さらに嬉しいな」

彼らが身に着けているメイド服はアメシスと協力してデザインしたのだ。


 もともとの青い布地とフリルをふんだんに盛り込んだところはそのままに、スカートの裾を短く、ポケットを増やし、エプロンを長めにするなど、機能面や利便さも追加して作った。

「さすがだな。……きっとお前たちの苦労と努力のおかげだろうな。……今日も仕事、よろしく頼むぞ」

『はっ!』

共鳴した二つの声は揃ってこちらを見た。この百年間で変わった環境の一つに私がアメシスと変わり宮殿の侍女長を務めることになったということだ。


 生前、メイドの仕事をやっていたこともあり、経験を活かしたかったのだ。

そんな変化に酔いしれている心を整えて、私は手紙に視線を落とした。

「えっ……」

私の世界は闇に落ちた。思い出す過去の記憶。殴られ、蹴られ、虐げられていた日々。鮮明に焼け付きた記憶の映像は勢いよく目の前に映し出され、その絶望を演出した。


 宛名・ロアイト・ヴィ・ヴァシレウス

送り主・リエタリス・トゥアイセル・デ・ラティウス


私は椅子から勢いよく立ち上がり、椅子を倒すと手紙の内容を見て床に尻餅をついた。そう、腰を抜かしたのだ。

「殿下!?」

黒川は私の体を支え、ゆっくり立ち上がらせてくれた。彼の吐息が耳元まで来ているのにそれにも気づかず私は何とか立つことに、全力だった。

「そんな……!どうして……!」

震える手を彼の手に握らせる。そして深く息を吐き出す。大丈夫、昔とは違う。……変わったじゃないか。落ち着けよ。私。私は姿勢を伸ばし前を向いた。


 「……っ、ごめん」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫……ではないな」

私はゆっくり手紙の封を切って中の紙を取り出した。中身は至極簡単、私の屋敷に来い、だ。懇切丁寧に敬語や言葉が使われているが、それでもその文面からは恐怖が呼び起こされる。


 今の彼からはわからない。でも少なくとも、過去の恐れがこの恐怖を生み出しているものだと思う。

「……向かわれますか?」

アルファードが優しく問いかける。

「そう……だな」

「私たちと共に行きますか?」

この問いは黒川だ。

「いいや、一人で行く。……彼も私の大事な国民の一人だ」

……でも、国民の顔と名前は全員覚えているはずなのにどうして彼だけ見落としていたのだろう。リエタリスという名前は一文字目が見えただけでも全身に冷たい恐怖が張り付いてくるというのに。

「ありがとう、二人とも」


 私はラズワード兄上の部屋に行った。あることを断っておくために。扉を叩く前に彼は部屋から顔を覗かせた。

「……手紙、来たんだね」

「どうしてそれを……」

「君の顔を見たらわかるよ。君は私の恋人じゃないか」

一見、おかしなことを言っているように思える。なぜなら彼と私は義理ではあるが兄妹、なはずなのに恋人と呼んでいるからだ。


 この国の皇族は互いの仲を深め、絆を強くする、そして陛下のご趣味もあって互いにペアを組み、恋人になるという制度がある。私が来るまでは他の皇族と代わる代わるペアを組んでいたそうだが、今では私を恋人として、妹として愛してもらっている。

「行くのだろう?」

「はい。……兄上、もし私が父上を、民を手にかけようとしたなら、止めていただきたけませんか?」

「どうして?」

「私が……父上をどうしようもなく、とんでもなく……憎んでいるからです」

すると、彼は私の腰に手を回し、自分の顔の方に引き寄せた。


 私の口をその口で塞ぎ、激しく舌を撫で回される。

「……っ、」

そして彼は私を味わい尽くすとその口を開放してくれた。

「な、なにを……」

「君は私にそっくりだよ、やっぱり。……自分より他人を大事にするところがね。自分を信じなさい。これまで変わろうと努力してきた自分を……信頼するんだ。変わったって、昔とは違うって思うんだ」

彼は真剣にこちらの目を見て語った。

「……わかりました。私は私自身の成果を……私を信じてみます」

「うん、行ってらっしゃい。笑って帰っておいで。約束だよ」

「はい!」

私は踵を返し、果敢にその屋敷に向かっていった。


 その日の夜、本殿の廊下を練り歩き、とある者を探す人がいた。その人は自分の上司の部屋の戸を叩くと、中のものにその者の行方を教えてもらった。

「殿下ですか?……あの方はお父上に会いに行かれましたよ」

「お父上に?……こちらにいらっしゃるのですね、殿下のお父上は」

「ああ、……んー、そうだなあ。……うん、やっぱり話そうか。……エリタ、みんなを客間に呼んでくれ」

「はっ!」


 しばらくして集められたロアイトに従う者達は客間の暖炉をつけて、温かい飲み物を用意し、黒川を囲んで座った。

「お話って……」

「ロアイト皇女殿下……いいや、ムーン・トゥアイセ王女の人生について話そうと思うんだ」

アルファードが黒川の肩を叩いて見つめる。

「大丈夫、というよりむしろ知ってほしいんだ。この機会に」


「それ、私も聞いていいかい?」


全員が、立ち上がろうとしたが制される。その声の主はラズワード皇子殿下、殿下を愛する者のお一人。

「……構いませんが、長くなりますよ」

「いいさ、あの子のことについて知りたいんだ。教えてくれ」

彼は真っ直ぐに私の目を見た。その目は本当に真っ直ぐで迷いがなく、純粋で綺麗だった。

「わかりました。では、お話しします。彼女の過去を」


 これは殿下から直々に聞いた話です。彼女は当時の大帝国で歴史の最も長いトゥアイセ王国の王女として生を受けました。


 トゥアイセ王国は昔からの伝統と礼儀を重んじる由緒正しい王国で、土地も国民も非常にたくさん抱える国家でありました。


 この国を治める一人の国王と複数の貴族で構成される内政院が、すべての権力を行使し、豊かさをものにしてきました。


 しかし、時代が進むにつれて周りの小国は造船技術を高め、遠くの地へ遠征したり、占い師の予言に頼らず、自らの意思によって国を支配する、と言った風に変わっていきました。


 そうしてトゥアイセ王国は進歩の列車に乗り遅れ、近代化に失敗した国となりました。そんな中、国に仕える占い師が次に生まれる子供がもし、紫色の目を持っていたならば、その子は災いをもたらすだろう。と国王夫妻に告げた。


 この時代になると占い師の言葉を絶対的に信じる者は減ってきてはいた何も関わらず、時を僅かにしてその数を元どおりにしてしまった。

 ご想像の通り、ロアイト様、いいえ、ムーン・トゥアイセ王女です。美しいブロンドの髪、透明感のある白い肌、そして宝石の如く輝く紫色の瞳を持って生まれた彼女は神の子と呼ばれてもおかしくはなかったはずなのに、


悪魔の子と呼ばれ続けます。


 彼女は生まれてすぐ、王国が所有している最も機密に隠されている牢獄に投獄されました。当時、占い師の言葉は絶対でした。


 全て命ぜられるままだったのです。そうして彼女はいわれもない罪によって人生のおよそ半分を牢の中で過ごしました。


 しかし、仮にも王族の娘ではあったので高等教育は受けさせられておりました。その教育方法は至って酷く、毎日暴行を受けていたそうです。


 時には肋骨や腕骨を折られることもあったそうですが、不思議と死ぬことはなかったそうです。彼女がある程度成長すると彼女は王宮の使用人として扱われることになります。


 当然外出の権限はありませんでしたし、宮廷での仕事と学問の習得は常に均衡を取る必要がありました。


 さらに、彼女は国王陛下に命ぜられるまま、お父上と性行為を行ったそうです。それより以前から処女は失っておられましたから、その痛みはなかったそうですが、何よりも辛かったのは彼女が多少は父上を信じていたからです。


 父上は自分を守ってくれると信じていたと。それ以降、彼女は少しずつ崩れていき人形のように変わっていったそうです。


 彼女が十歳になると、お父上は殿下に対し殺しをするよう命じました。従うしかなかった殿下は言われるがまま殺しを行いました。


 その最初の相手は敵国の王子。敵国の後継者をなくし、自分たちが掌握しようとしたのでしょう。彼女は作戦通り、王子の部屋に侵入して彼を殺しました。


 その時は背徳よりも快楽の方が勝ったそうです。それ以降、どんな人間でも手にかけられるほどにその行為は快感だったのです。


 戦争に身を投じられた後もずっと人を殺し、彼女が一生を終えるまで百人以上が彼女の餌食となりました。


 しかし、その利益を彼女が食すことはありませんでした。彼女がもたらした戦いの勝利は国土を広げ、他国を寄せ付けない強国にしました。


 そして権利を潰されながら少しずつ軍を強くしていきました。訓練法、戦法、戦術などについて指導を重ね、指揮官としても信頼を得るようになりました。


 一方、国内では貴族や王族(国王)の散財、戦争への消費などが相次ぎ、財政難に陥っていました。そこで他国から大量の奴隷を買い集め、労働力を増やし国土を耕そうとしました。


 しかし奴隷を従える上級農民は戦争へ駆り出され、うまく操ることができず、国内のあちこちで暴動が起きていました。


 それを鎮圧するにも兵力が必要でどんどん人口も農民の数も減っていきました。それでも税収率は減ることがなく、国民は疲弊していきました。


 やがて、国は国民が起こした革命により炎に包まれました。大臣達は足早に逃げ出し、ムーン・トゥアイセを王女として飾り立て、身代わりとして置いていったのです。


 国民は贅を尽くした国王一家の末裔を許すはずもなく、彼女を捕らえ、強姦、首絞め、度重なる拷問をし、火刑に処しました。

 「……これが彼女の一生です」

皆は黙り込んだままである。

「殿下に……救いはなかったのですか?」

それは優しさから出る問いだった。問い主はアルファード、ロアイト皇女殿下に救われた者の一人。

「なかっ……た。と、彼女はおっしゃっていました」

「そう、なのですね……。……あの方はどうしてこちらに来られたのでしょう?ここは、罪のない者が来る場所ではありません。しかし、彼女は罪もないのにこちらに居られます。……何故なのでしょう?」

「わかりません。……しかし、何かおかしな力が働いてるかもしれませんね、ただの人間にこんなにものが降りかかるなんて不自然ですし」

黒川の話が終わり、ゆっくりと自室に戻っていく使用人たちを眺め、ため息を吐いた。

「……なぜ、か」

「君はどうしてだと思うんだい?」

最後まで残っていたラズワード皇子殿下は尋ねられた。

「……さあ、運命でしょうかね」

「君とあの子が出会ったのが?」

「かもしれません」

「ふうん、これは……嫉妬しちゃうなあ」

「嫉妬ですか?」

「うんだって君ロアイトからは随分信頼されているし運命に結び付けられて出会ったんだから」

運命、そんな曖昧なものを理由にするのを昔は嫌っていた。そもそも神を信じていなかったのもある。だがそれ以上に言い訳を作り怠惰になりたくなかった。それを自分を縛り付ける鎖にしたくなかったんだ。……でも、あの人と結ばれているのならこのまま運命と言うものに縛られてもいいのかもしれない。


 数時間前、夜に沈む前のヴァシレウス帝国は赤く色づいてその頬を染めていた。ロアイトは一人で自分の父親に会いに行っていた。

「……久しぶりに会うな」

独り言を呟きながら箒で空を舞い裂く。私はあの悪魔に会いに行く。私を歪めた彼を許すつもりなど、……なかった。でも、あの時は余裕がなかった。……だから……彼を悪として思うことしかできなかった。


 今はどうなのだろう。彼を、赦すことができるだろうか。変わろうとした私なら。

 

 冷たい風が私の頬を撫でてほくそ笑む。私は目的の屋敷の前に降り立つ。その荘厳な屋敷に驚いた。白塗りの壁、青い屋根、緑豊かな庭園に白い石でできた石像。


 いや、骨でできた骨像だ。床のタイルは白で統一されており、端端に紫色の宝石がついている。ここに来る間この辺の街並みを見ていたが、農民たちが無理やり働かされてる様子はなく、昼寝をしていた人が何人もいた。


 それを指導しているように見える役人まで寝ている。叱るものはいない。……ありえない。昔の我が国でこんな様子ならすぐに領主が怒り散らしていた。


 でも、あの父上が管理する土地で仕事を放って眠っている農民がいるなんて、驚きだ。彼らしくない。……私は改めて扉を見た。呼び鈴を鳴らして中の使用人を待つ。すると扉はゆっくりと開き私を中へと誘った。固唾を飲んでゆっくりそこへ入る。

 中では私と父がただ一人で屋敷の中央に立っていた。

「……おお!来てくれましたか」

色々と驚いた。彼は……私に普通に話してくれた。しかも、玉座に座ることなく、同じ目線で私を見て。


 なんでだろう。どうしようもなく嬉しい。……心が跳ねる。暖かくなる。彼が私を見ているだけでこんなにも幸せな気持ちになるなんて。私は思わず父の体を抱きしめた。恋人同士のとは違う熱い抱擁、私は初めて経験する。

「父上……」

彼は初めて私の頭を撫でてくれた。そしてかつての国王は私に向かって土下座をした。

「すまなかった!……これまで……散々……お前のことを……!」

「いいのよ、……間違いなんて……て、言うはずがないでしょう?私がどれほどあなたに苦しみられ、悲しみを背負い、……生きてきたことに後悔したか」


 上辺の弁護を語ろうとした。でも、無理だった。

「貴方の命令で私は人を殺し、体を売り、病に倒れても、貴方の部下に殴られようとも、好きに死ぬこともできなかった私の気持ちが理解できるの!?」


 私は思わず父親の首をつかんで締め上げようとした。しかし、……彼は死ぬことはなかった。

「いいや!……はっ、聞いてくれ……。あれは私の罪なんだ!……お前に告げていた命令は全て……家臣が勝手にしていたことだったんだ!」


 家臣?……そうか、思い出した。私が殺しの命令を受けたり、戦争への出陣命令は全て国王自らが命じるのではなく、大臣や、手紙を通して【国王の命令】として受け取っていたのだ。「そんな……!」


 「本当に済まない!あの時、もうすでに家臣たちは私の言葉を無視し、勝手に行動するようになって、私はそれを眺めているだけだった。


 ……お前に対する命令が過激になっていることを知っていながらずっと眺めていたんだ!おまけになすがままに……あんなことまで……」

……私は父上に会ったことはあれど、命令を直接もらったことはなかった。そうか。なんでこんなことに気がつかなかったのか。


 彼は後悔していたのだ。私とのアレを。これまでの罪を。私は勘違いをしていたのだな。……こんなに優しい人をよく理解しようともせず勘違いして悪魔だと思い込んで。


 そんな私の方こそ悪魔ではないか。……結局私は百年経とうが『悪魔の子』なんだ。

「顔を開けて、お父様。……いいのよ、私に謝らなくても。……私は悪魔の子なんだからそういう事が起こるのよ」

「だが、……娘の……大事なお前にありもしない罪を押し付けて散々苦しめてきたんだ!……私が憎くないのか?」

「本当は憎くてたまらないわ。今すぐにでも殺してしまいたいほどに。でも、それはできない。だって、貴方も私もすでに死んでいて、殺す理由すらもう、なくなってしまったのよ。……でもね、私は変わったよ、お父様。今日はねそれを見せに来たんだよ」

私は父を立ち上がらせ、また熱く抱擁した。

兄上に言われたことをこんなタイミングで思い出してしまった。咄嗟の口滑らしに言ってしまったが、これでよかったんだ。

「そうか、……成長したんだな……っ!」

彼はまぶたから大量の涙を流した。子供みたいに泣きじゃくって私の頭をわしゃわしゃと撫で回した。


 暖かくて大きなその手は私が初めて触れる本当の彼自身だった。

私の心は跳ね上がり赤く火照て、脈打つことはないけれど熱い幸せを体全身に送っている。

「父様……」


 その夜、私は彼とたくさん話をした。死んでからのこと、私をどのように見てきたか、どのように頑張ってきたのか。


 彼は私の話を一生懸命聞いて、楽しそうに笑顔で話しを聞いてくれた。昔、話せなかった分までたくさん話し込んだ。彼はこの国に来てから国王としての統治論をもとに領主として税を集めていたそうだ。


 その中で私が皇族になったことを知り、手紙を送ろうとしていたらしいが、勇気が出ず結局、百年経ってからになってしまったことを彼は誤った。


 私も、そもそも彼が死んでいるということすら考えずずっと、過去に怯えていたことを明かした。その恐れから、皇族として幸せを求めることにしたということも話した。


 ……お互いのことを話したら、日が暮れてしまった。私は幸せだったのだ。この瞬間が。手に入れられなかった幸せを手に入れる事ができた。


 いいや、もともと身近にあったのだ、幸せなんて。気づいていなかった私は勝手に自分のことを憐れんだ。いかに自分が愚かであったことを思い知らされる。

 私は翌日になり、本殿に戻って私は黒川に父のことを話した。彼はひどく落ち着いた様子で私の話を聞いていた。


 そして他のみんなに私のことを話したと打ち明けた。私は自分のことを黒川以外に話していないとようやく認識した。

 ……私は他人のことを気にするあまり自分のことを見落とす癖がある。そのくせ父上の気持ちを想像することも出来なかった。


 ラズワード兄上はそういうところが自分と似ていると言っていたが、自分のそういう性分を直すべきだと私は思う。


 もちろん、皇族としてというのもある。だがそれ以上に自分自身が変わるために頑張りたいと思う。今度は幸せを得るのではなくてもっと変わることを求めようと思う。そのことを話したら黒川は

「どこまでもお供する」

と話した。

 この百年で彼もずいぶんと立派になったものだ。彼の成長に喜びつつ、私は今後の未来のことを想像した。どんな未来が訪れるかはわからないけれど、変化し続ける世界を心から望む。今の私にできることはそれくらいしかないのだから。

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