第二幕 死を司る者

  光り輝く王宮の玉座の間は眩しくて思わず目を細めたのを今でも鮮明に覚えている。私はその時、演説をした。そこで民に自分に宣言をした。


 「私はこれより、ムーン・トゥアイセではなく、ロアイト・ヴィ・ヴァシレウスとして生まれ変わる。これまでの哀れな自分、暗い過去を持つ自分は生まれ変わるのだ。王族として自分の手に入れられなかった幸せを手に入れるために私はここに来た!そして必ず皆に、民に幸せをもたらして見せよう!私が生きていた頃思い、果たせなかったことを果たし、私は自らの不幸を払拭して見せる!見届けよ、この私が歴史を刻む瞬間を!」


私は声を大きくして宣言したのだ。


 そうして、その光景を見て目覚めた朝は一段とやる気が湧いていた。我々皇族は目覚めたら皇帝陛下にお会いするのだ。これは互いの仲を深めるためだ。

 

 我々の絆が深いほど国民たちは我らの憧れの象徴として尊敬する心を生み出すことができる。その理由のため、私は皇帝陛下にお会いするため、私は軽くおめかしをする。皇族用の礼服は契約印が見えるようにしているからかなり露出度が高い。


 私の契約印は左胸、右腕、左股に存在しているが、どんな姿をしているかと我に返るのはやめることにした。しかし普段の服装は足元まで伸びた丈の長いドレスを着ている。貴族だった時に身につけていたものとは違う。

 

 陛下の居られるところはこの宮殿の玉座の間。そこに入るために潜る扉は非常に荘厳で赤や金がふんだんに盛り込まれている。

 

 細かな装飾も、扉の蓋までもこの国の職人が懸命に作り出した素晴らしい作品だ。その門に入ると、待ち構えていた皇帝は玉座に座っていた。


 ……こうしてみると彼はやはり皇帝なのだと再認識させられる。その溢れるオーラ、並々ならぬ強者である。私は裾をたくし上げ、片足を後ろに置き、爪先を曲げ深く礼をする。カーテシーというものだ。

「おはよう御座います」

「ああ、おはよう。ロアイト、どうじゃ?昨夜はよく眠れたか?」

「ええ、非常によく眠れました」

 

 彼はいつもこの質問をする。気遣ってくれているのだと素直に受け取ろうと思うが、……彼の方が多忙のはずなのにこんなことを聞く余裕があるなんて。いや、これは単純に器の大きさか。私は姿勢を直し、直立する。私が気を引き締める時の動作である。

「そこまで気を負う必要はないぞ、ロアイト」

「お気になさらず、眠い頭を起こしているだけですので」

「……そうか、昨日も遅くまで頑張っておったようじゃのう。仕事の方はどうじゃ、」

「楽しいです。……しかし、欲を言ってしまえば……もう少し刺激が欲しいです」

「刺激とな……ふむ、具体的にはどのような刺激が欲しい?」

「手ごたえのある仕事がしたいです」

「……なるほどな。ならばお主に死神界の件を任せよう」


 「死神界……確か、現在は交流を絶っておられましたね。東地区にその門がありましたが。彼らは魔界の対応に不満を持交際を絶ったと伺っております」

「さすがじゃ、よく調べておる。……以前の試験でもお主は事前に調べて対策をしていた。行き当たりで考えるのではなく先を考え行動するのはお主の良いところじゃ。……して、その死神界なのじゃが、また交流を直してもらいたいのじゃ」


 「交流……ですが、差し出がましいようですが死神界と私達の交流には何も得は……いや、いえ。……そうでした。食料問題がありましたね」


 この国では肉も魚も野菜も果物もたくさん食べることができる。そもそも私たち魔法使いは死んでいるので食べたところで何になるわけでもない。


 栄養にもならないし、食べずとも死ぬことは絶対にない。それでも食を求めるのは我々が人間であったからなのだ。まあ、生きていた頃の習慣を忘れぬため、だけでなく食べた時の満たされる幸福感を求めるためにも、我々はまた食料を求める。その食料は主に死神界から来ているのだ。

 

 タイン兄上の品種改良によって我が国でもその食料を得ることはできる。しかし、新しいものは手に入らない。


 この国ではどんどん死者が増え、彼らの口に合う食べ物や料理が中々できないまま、数十年経っている。彼らは不満を言わないが、皇族含め我々は彼らの食事時にする悲しげな顔をどうにかしたいと思い、さまざまな交渉をしてきた。

 

 しかし、その交渉は昨年、大失敗を犯し、死神たちは我々と縁を切ると言ってきたのだ。

「その通りじゃ。よし、……お主に一任しよう。お主の力量然りと確かめさせてもらうぞ」

「はっ!……仰せのままに皇帝陛下」

私は跪いて決意を固めた。


 玉座の間を出ると長い廊下が私を待ち構えていた。黒川も私の側に付き添ってくれる。

「東地区の一件、私に任せられるみたいだ」

「……!まあ、貴女のわがままでそうなったのでしょうけど」

「……否定はしないが」

「冗談です」

「……」

全く、……からかいやがって。

「しかし、いきなり大役ですね。……試されているのでしょうか。」

「おそらくはな。……朝食を食べたら下調べをするぞ、こう言うのは早く解決した者が勝つからな」

私と黒川は早足でダイニングルームへ移動した。その過程で私はうっかり、とある人を見つけてしまった。その人は重そうな瓶を一人で持っていていかにも不安定そうだった。そして私の瞳のうちにあるその子が長いスカートの裾を踏んで転ぶ。

「……きゃっ!」

「大丈夫か?」


 私はすぐに彼女のそばに駆け寄り、手を取った。

「ロ、ロアイト殿下!……も、申し訳ありません。……瓶、割ってしまいました……」

「いい、気にするな。……怪我はないか?」

「いえ……特には」

「嘘だね、足怪我してる」

彼女は気を使うことがうまいのだろう。私が自分を思ってくれていると知ってわざと遠慮をした。私に心配をかけないように。

「……エンゲル、この子の傷を癒して頂戴」


 私は胸元の契約印に語りかけた。すると彼女は姿を現しその口を傷元にくっつけた。じんわりとけれども早く治っていくその傷はすぐに元の美しい肌に変わる。

「魔力も少ない、……他の使用人は?」

「皆、仕事中です。……そもそもこの王宮の規模にしては使用人が些か少ないとのです」

ポロリと漏れた本音を救い上げる。

「そうか……侍女長はいるか?」

「いらっしゃいます……しかし、……どうやらあまり給仕の経験がないようで、試行錯誤しておりますが、前途多難のご様子で……」

「そうか……その使用人服もその者がデザインしたのか?」

「そう……ですね。可愛らしいですし別に適当に作ったわけではありませんから、我々も着ないなんて言えません」

……なんだか可愛そうだ。ここまで気を遣ってくれる使用人が居ながら一人で作業させるようになるとは。

「この案件、私に任せなさい。今のところは私に従い、これを他のものに片付けさせ、休んでいなさい」

「はい」

彼女は素直にその場を後にした。私もその場を後にした。

 朝食を済ませ、仕事に取り掛かる。まず交渉の失敗の詳細と原因を調べる。

 

 どんな国であっても他国との外交の詳細は虚飾はされようとも何かしら文献が残っているはずだ。その考えは的中し、その書物はしっかりと見つかった。

 

 本によるといろんな皇族が条件を変えつつ交渉を行ってきたが、昨年の交渉で皇族が死神の態度に激怒し、交渉に成功するどころか縁を切られるきっかけを与えてしまった。

 

 そして、その原因はアメシスと。……あの娘か、今では私の妹だが私の存在を疎ましく思っているようだった。まあ、普通の考えだろうな。


 本来ならば百年たってから皇族の決闘権をもらえるはずだったのに陛下のご厚意に付け込んだのだから。それにこの間の試験も事前に調べていたという、ほとんどズルのようなこともしていた。


 正当性に欠ける。人間の国ならこんなことで皇族になるなんて、認めるものは少ないだろう。陰口を言わない者はいないだろう。……しかし、これは陛下が決めたこと。我々は逆らうことはできない。それがこの国のルールだ。それに……


嫌われるのには慣れている。


 私は情報をあらかた集め、服装を整えると、あの杖をもって東地区の門の前に立った。

「ふう……にしても死神の態度で激怒……嫌な予感がするなあ」

「絶対に同じ轍は踏まないでくださいね」

「踏んでも捻じ曲げるから大丈夫さ」

「安心できませんね」

 

 隣にいる黒川にそんなことを話すと私は東地区の街を眺めた。東地区は薄茶色の建物が立ち並び、人々が生活している。他の地区に比べると人口も少なく栄えてるとはとても言えない街だ。

「しかし、この街、貿易の要としてはいささか地味ではないか?」

「まあ……否定はしません。この街は別に客人を招くわけでも沿岸部のように開港があるわけでもないですし」

「逆だと思うけどな」

「……そうかもしれませんね。殿下、そろそろ参りましょう」

「ああ、では行こうか。死を司る者の聖域へ」


数分前、死神界


 ここは死を司る神の住まう世界。毎日毎日死神たちは死にゆく魂の回収に勤しんでいる。死神の仕事は魂の回収、魂の記憶の保管、人間界への通路の確保、そして以前は仕事であった魔界の民との交流である。

 

 近年の戦闘に明け暮れる彼らは神である我々に非常に無礼で、昨年もこの地を荒らして帰るという愚行をなした。我々は彼らと縁を切ると決めた。しかしそれがいかに現状知らずであったということを思い知らされている。


 その理由は死神の数の不足だ。生前悪行をなした人間は死後魔界か死神界への選択肢がある。しかし、華やかで皇族も食料も、身分昇進のチャンスの多い魔界へ興味を持つ者が圧倒的に多く、まったく死神になろうとする者はいない。


 そこで我々は魔界の民に死神の仕事を手伝ってもらっていた。彼らは普段から戦いなれているため、仕事も非常に早く、便利な魔法を駆使し、我が世界に様々な技術文明をもたらしてくれた。

 我々はいつまでもおごり高ぶっている場合ではないのかもしれない。そして……今の我は非常に困っている。魂の記憶書を無くしてしまった。


 というより、行方不明になってしまった。こんな時に。魂の記憶書が紛失し、誰かに改ざんされればその魂の記憶、運命が変わってしまう。


 それは我ら死神にとっても禁忌である。どうしよう。どうしよう。皮膚のとれた骸骨姿の我は掻くはずのない冷や汗をだらだらと流していた。


 「えーい!」

私は門を叩き割った。一瞬で崩れ去る瓦礫は山に積み、私の足場を不安定にした。

「ムーン!同じ轍は踏むなと……」

「踏んではいない、作り出したのだ。死神番長殿、貴方に直々にお話がしたい。お許し願えるだろうか?」

その高みから見下ろしながら請願する太々しい小娘はふわりと地に舞い降りた。

「……構わん」

死神番長はそう言った。おや、てっきり断られると思って、自慢の杖を持ってきておいたのに。

通されたのは絢爛豪華、ではあるものの魔界のとはだいぶ違っている。赤や金は使わず、深い青や銀を使った比較的おとなしい印象のする清廉な空間であった。床も壁も薄い白のように見えるがおそらくこれは彼らのいらなくなった骨を加工したものだろう。この技術は死神界特有のものだ。壊れやすい骨でもこのようなものができるのかと、いささか感心した。


「お前、名は?」

「……ロアイト・ヴィ・ヴァシレウス、ヴァシレウス帝国第二皇女よ」

「初めて聞く名だな、新人か」

「まあ、そんなところよ」

「そうか……、というかお前。その話し方は何だ?」

死神番長は豪華な椅子に腰かけた。


「我に無礼ではないか。神である我に」

「だから、特別な話し方をしてるのよ」

「は?」

「他の人からこういうふうに話しかけられることってないでしょう?」

「それはそうだ。我は神なのだから」

「でも、私ね。他の人にはこういうふうに話さないのよ。ね?黒川」

後ろについてきていた黒川に賛成を求める。

「ええ、いつもなら敬語を使っていらっしゃいますね。目上の方には特に」

「ふん。特別と言っておきながら結局は無礼ではないか」

「私は無礼なことを否定したつもりはないわ。……でもね私本当に尊敬してる人にはこうやって話すのよ」

「……それは本当か?」

私はひそかにほくそ笑んだ。

「ええ、」

「他の皇族にもか?」

「そうよ、だって私皇族になってから一年も経っていないもの、信頼するには短すぎるわ」

「……ならばなぜ我にそのように話す?我とお前は今あったばかりだぞ」

「それは貴方がおっしゃったじゃない。……神様だからよ」

「……」

彼は私を見つめた。女に慣れていないな。どこを見ているか視線でわかる。だから敢えて露出の多い服装をしているのだが。

「さ、交渉に移りましょ」

「待て、我らはお主らとの縁は切った。昨年言ったばかりではないか」


 「ええ、知ってるわ。でもね、民が悲しんでいるのよ。生きていたころの物が食べられなくて」

「それだけか」

「死神番長殿は理解できないでしょうけど、本当にそれだけなのよ」

「お前はその民の悲しみなんぞのためにここへ来たのか」

〝悲しみなんぞ"だと?

「……ええ、そうよ」

「そんなことをしてどうする、無駄ではないのか」

「無駄ではないわ!国民の……民の意志を、気持ちを守ろうとしない王族が……真の王に、統治者になれるはずがないじゃない!」

息を乱して吸って吐いてを繰り返す。やってしまった。感情が、抑えられなかった……

しかし、我が民を侮辱したことはたとえ神であっても許さない。

「ふん……相変わらずだな。お前たちは」


でも、その感情を我はうらやましいと思う。我らが死に携わり続けてきて失ってきた他者への愛を、昨年のあの娘からも伝わっていた。

 

 でも、、自分のプライドが邪魔をした。神のなりそこないに過ぎない死神のくだらないプライドがこの世界の文明を止めてしまったのだ。

「少し、頼まれてはくれないか」

「いいよ」

「……決して国には持ち帰らないでくれるか?」

「ええ、約束するわ」

「……実はな、魂の記憶書を」


なるほどね、……焦っていたのか。しかし他人の魂に無関心かと思っていた。むしろ自分の地位が揺らぐという恐れから不安になっていたのかと思っていたが、その魂のことを考えていたのか。……死に携わると、どんな優しい人間でもおかしくなるんだな。


 私はそれを解決することを条件に国交を復活することを要求した。彼は快く賛成してくれた。

 まず私のすべきはその記憶書がなくなった場所へ赴くことだ。現場百閒とはよく言ったものだが、物が紛失したら、その通ったとされる道を辿るのが一番だ。


 その記憶がなくとも、経路は絞れるだろう。その保管庫はやはり全て骨でできた建物にあった。ほとんど白いが、誠に細かい装飾がなされている。骸骨をあしらったものが多いのはここが死神会だからだろう。

 

 本の一冊一冊は青いカバーで覆われていて、非常に丁寧に並べられている。それにしても、思っていたよりも守りが堅いな。門は最上級クラスの死神が二人待ち構えている。……二人、とは言ったが、死神の一人は我々五人に匹敵する。


 そもそも彼らが持ってる鎌、武器が厄介なのだ。あれに斬られたらどんな存在だろうと消し去れる。回避方法は……少なからずあるがリスクが大きいしな。


 話が逸れたな。えーっと、あー、守りの話だ。保管庫のすべての区画にはこの世界で一番の感度を誇る探知器があり、解除するには鍵が必要だ。


そしてそれはあの死神番長殿が持っている。易々とはとれない。おまけにその魂の記憶書を持つだけでも限定的な死神しか許可を与えられていない。


 これだけの厳重な警備を考慮すると、その盗人は内部犯であると推測するべきだな。例外がなければ。それならば、空白に手をかざして道を探させよう。

「エリスタ、……この空白を埋めるものを探し出せ」

『おうよ!』

そう言って足の契約印から現れ、その長い体を引きずってここを歩く。その先はもう一つの扉。魔界への扉ではない。私が壊したからな。


 ……とすると人間界への、だろうか。……人間の感覚をすっかり忘れてしまったから定かかはわからないが、違う気がする。なんだろう。……死神に近いような遠いような感覚がする。……と言うより、天使?だろうか。


 そうだ。あの時に会った天使の感じにそっくりだ。天使が従うのは神……そうか。この気配、神か。神界だ。

「この先は神の世界……、神の世界にそれが向ったなら私にはどうすることもできない」

皇族になりたての私では神界に赴くことは許されていない。禁忌を犯してまでここを進むか。待てよ、私の仕事はこれを解決すること。誰がこれを持ち去ったのかはまだわかっていないじゃないか。……それに自分で言ったことを果たさないなんて私の主義に合わないだろう。


 しっかりしろ。

 

「神の世界へ行けるのは、この世界では死神だけ。盗まれた時間帯を聞いて容疑者を……ん?」

そう言い出したら目の前の扉がゆっくり開いた。その中からは骸骨顔の死神が現れた。そして持っていたのは魂の記憶書の空白。……そうか、お前が。

「貴方が神の世界に書物を持っていたのだな?」

「え?……そ、そうですけど」

「ついてきてもらってもかまわないだろうか?」

私は彼の心に闇の力をかけた。こちらは心をゆるそう、心を歪ませる。

「はい。構いません」

その神様は私に従い、死神番長殿のそばに来た。


 「おお!ミニスタル……お主か。」

全てを悟った死神番長殿は玉座から身を乗り出した。

「すみません、……黙って持ち去ってしまって」

「どこにやった?」

「神界に……」

「神界!?」


 彼は珍しく声を荒げた。

「お前!それを神界にやると言うのがどんな意味を持つのかわかっているのか?」

「……」

黙ったままのミニスタルは萎縮した。

「それは!……神にその魂の運命を変えさせると言うことだぞ!それは許されない!……魂の運命を変えさせるとはそれでも……魂の司者か!」

彼は激昂し、一つ息を吸った。そうして吐き出したのは優しい言葉だった。

「……済まないな。気が立ってしまった。お主は悪くない。どうせ神に命じられたのだろう?……自分を守ることは正しいことだ」

彼は俯いていたミニスタルを熱く抱きしめた。人を何人も手にかけてきた神が情を表して抱擁し合う。……いい、関係じゃないか。

「ありがとう、ロアイト皇女。貴女のおかげで彼を不安から救うことができた。本当にありがとう」

「いえ……救ったのはあなたよ」

「それでも、ありがとう。約束通り国交を復活しよう。そして……宜しかったらまたここに遊びに来てほしい。其方の民と共に。また文明を文化を共に作り上げてほしい」


「ええ、もちろんよ」


私は魔界に帰った。王宮の輝かしい廊下を歩き、玉座の間に移動する。

「お疲れ様です。……少し休憩なさってもよろしいのではないですか?」

「……そうね、報告が終わったら休憩を取ろう。……黒川、後で話をしてもいいか?」

「……私には許可など必要ないですよ」

「……そうか」

私は玉座の間の扉を叩いて、それを開いた。すると玉座に座る皇帝がいた。

「その様子じゃと、成功したようじゃな」

「ええ、我々と国交を復活なさりたいとおっしゃっておりました」

「さすがの手腕じゃ……では、死神界の国交の全権をお前に渡そうかのう」

「……よろしいのですか?」

「異論など出るはずがなかろう、……頼んだぞ」

「はっ!仰せのままに」

私は跪いてそう答えた。

「それと、国交復活の記念に我が国で祭りを開きたいと」

「……ふむ、お主は祭りごとは得意か?」

「いいえ、全く」

「ならば、アメシスを頼るといい。あやつは誰よりも華やぎに向いておる」


 私は夜中、休憩を挟んだ後アメシスの部屋を訪ねた。扉を叩くと可愛らしい桃色のワンピースを身につけた少女が出迎えてくれた。

「少し話をしても良いか?」

「……いいですわ」

その可憐な姿を真正面に捉え、椅子に腰掛ける。

「……交渉、成功したそうですわね」

「まあね、……今度祭りを開くそうだけど、貴女の協力を頼みたい」

「ご自分でしたらどうですの?……妾なんて……役立たずで……」

やっぱり。自分を責めている。この子はこの歳で自分の立場や責任を自覚しているんだ。そりゃあ皇族としても魔法使いとしても先輩であるが、……なによりもこの子の優しさとプライドが自分を責めさせている。

 

 見えない支配者が自分に鞭を振るっているんだ。


「いいや、私には合わないよ。お祭りなんて主催したことないし、歌も踊りも楽器もしたことないから」

「……え、でも生まれは王族ですのよね?」

「まあ……私は訳ありだからね」

「……そうだったのですね」

「そう。まあ私を嫌いでもいいよ。……でも協力はしてほしい」

「どうせまた失敗しますわ!」

また、とは去年の失敗を後悔して出た言葉だな。

「失敗じゃない、失敗じゃないんだよ。……未来の相手への架け橋を作ってくれたんだよ」

「未来の?」

「そう、……貴女の思う昨年の失敗は失敗じゃないのよ。あのことで彼に私たちを羨ましいと思わせたのよ。だから、私の話を聞いてくれた。……これは嘘じゃない」

「いいの?妾が……協力しても」

「ええ、もちろん。いいえ……よろしくお願いします。アメシス、文化隊長殿」

「なーに、その名前」

「陛下が呼んでいたわ」

「本当に?……まあ、いいや。ねえ、お姉様。今日は一緒に寝ましょ」

「え、」

そう言うとアメシスは私の腕を掴んでベッドに押し倒した。

「本気で言ってるの?」

「うん。……だめ?」

彼女は私の体を抱きしめて、上目を潤ませて請願する彼女。

「アメシス……貴女ね……いいよ」

「やったぁ♡」

幼き少女は容赦なく体を貪り、快楽を生み出していく。自分の妹ながら恐ろしい女だ。私を動揺させるなんて。やっぱり彼女も強き皇族なのだな。


 翌日から私たちは祭り開催に向けて行動を開始した。まずは開催地の決定だ。


 開催地の候補としては王都や宮殿内も上がったが祭りの目的が国交復活のお祝いのため、門のある東地区で開催をすることになった。


 そしてその流れで私はこの東地区を統括することが決まった。アメシスはまず街を作り直す必要があると考え、東地区に住む全員にアンケート実施した。


 その内容はこの街のテーマ、や趣向と言ったものだ。国交の要であるこの場所を魅力的にするためには二人だけの考えでは明らかに足りないと認識したのもあるし、実際に住む人々の意見を採用するべきと考えたからである。


 結果としては紫を部分的に使ってほしいというのと、独自の文化が欲しい、と言ったもの等様々なものが出てきたが、意外にも私に任せるという意見が非常に多かった。私はいつの間にか信用されていたようだ。私は私のセンスでこの地域のモチーフを決められるのだ。


 しかし自由にしてほしいと頼まれても私の乏しいセンスでは絶対にみすぼらしいものになってしまうだろう。アメシスに意見を求めたら

「お姉様のお好きなものにしたらいいのよ」

「好きなもの……ね、」

「妾なら、かわいらしさ、を前面に押し出すわ」

「んー、確かに西地区ってすごくメルヘンというか、可愛かったわ。でも私はそんなに……好きなものが定まっていないのよね」

「だったら、お姉様の従者に聞いてみたら?」

と言われ、私は黒川とアルファードに意見を求めた。


 「んー、私はおとなしい感じが良いですね……例えば濃い茶色や青と言った色を使うのはどうでしょうか?」

「それはシックにまとめるって感じか」

「そうです」

アルファードが話した意見に付け加えた黒川は私の方をみて、遠慮がちにこういった。

「あの……もしよろしければ我が国のお屋敷のようにしていただけませんか?」

「和国のか?……確かに鮮やかな国だったな。……それにしよう」

「ですがロアイト様、先ほど提案いたしましたシックな雰囲気とも合いますかね……」

「意外と合わないこともないと思う。それに違和感があるのなら折衷するのはどうだろう?」

「ああ……それはよさげですね!やりましょう!」


となった。そしてある程度デザインが固まったのち、アメシスにそれを見せると非常に気に入ってくれたらしく、建築も自分でやると言った。


 驚くことに彼女は建築の云々を一からきっちり勉強しているらしく、丈夫で荘厳な建物を素早く作り上げてしまった。東地区の統括拠点、東離宮は一日と経たず完成してしまった。


 こんなに早くできてしまった。しかもデザインにはなかったが雰囲気に合わせ細かな装飾を追加したりするなど本当に巧く作り上げてしまった。こんなことまで完璧にこなしてしまうこの子を凡人と呼ぶのならその者の唇を顔から引きはがしてしまいそうだ。


 それほど彼女の才能は明らかだった。楽しそうに飾り付けをする彼女を見て、やはりこういうのは彼女が最適だと認識した。

 完成した東地区は非常に鮮やかで、家屋の屋根は瓦で覆われ、柱は紅く照らされた。基本的に木造でできている家屋だが、寒暖の影響を少なくする魔法をかけてあるため年中快適だ。


 そしてそれらを立てる間に死神界からもらった骨でできた装飾品を紫色に光るランプに取り付け、ここが死神界との国交の中心地であると示している。そして東離宮、(ここでは本殿と呼ばせてもらう)は和紙という紙でできた襖や落ち着く香りのする畳などを基本とした和国式の部屋と濃茶の椅子、テーブル、濃青のカーテンやカーペット、紫色のクッションを使った玉座などのある洋式の部屋が混在するユニークな造りとなっている。


 非常に美しくていい。装飾で使われる朱色は非常に鮮やかでとても気に入っている。

 そして開催地の整備が整えばあとは祭り用に飾り付けるのだ。それが終わればやることは特にない。あとは彼らを呼ぶのみだ。


 交渉以来数刻お会いした死神番長殿は濃い青のマントを身に着け非常に厳かである。キラキラと銀の飾りをぶら下げ、その真っ白な骨を美しく飾り立てている。私は彼を出迎え握手を交わした。それ以降、私たちは歌や踊り、食事や話を楽しみ、あとの宴まで楽しみつくした後、ゆっくりと眠りについた。




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