第一幕 皇族と王族

 この魔法魔術学校に入学するにあたり、私こと、ムーン・トゥアイセは魔力適性テストを行なった。このテストは自分の魔力の量、そして得意な魔術系統を探し、示すというものだ。

 

 このテストでランク付けをするわけではない。ただ、最初の基礎学習の段階で魔力量に差があると、教え方が変わるのだとか。まあ、魔力が少ない者に魔力を多く使う魔法を教えてもすぐに枯れてしまうからな。あと、シンプルに相性の問題もあるらしい。

 

 基礎学習では箒を使った空の飛び方、魔術の基本、この国の概要などを学ぶ。その学びによると魔術は基本的に神が創造期に創り出した植物や動物の動きを闇の魔術によって神の命令権を自分たちが使えるようにするというのが、通説らしい。だ


 からこれは自然破壊魔術……いわば神に逆らう方法なのだ。


 そのため、何もないところから何かを創り出すのは不可能なのだ。破壊はできても。逆に天界の天使は神の下位互換なので簡単な物なら生み出せるらしい。(ちなみに神の扱う魔術は自然創造魔術という。)


 そして、私たち魔女の存在について。元々善は天使、悪は悪魔という位置づけで存在していたらしい。

しかし、悪魔が神に反逆し、その地位を下されると代わりの悪が必要になった。神の体に魂という力を入れ込んだ人間に悪魔の魔力を授けることでその人たちを悪にしようとした。それが私からたち魔法使いのもと。

 つまり私たちは神に都合のいいように作られた世界の悪役と言うことだ。そして人間を悪にするとして死という通過儀礼がふさわしいとなり、今の形になった。

 ちなみに今天使と魔法使いが争っているがこれは人数が増えた両界に神が土地を与えるわけではなく、戦いに勝利した方が得られるようにしたのでずっと戦い続けているというわけだ。


 つまり今の私たちはその戦い方を学んでいると言えるのだ。

 

基礎を学んだら、次は応用だ。


 

 応用には特定の試験を受けてクラス分けをする。これは習得の早さ、魔術の強さ、契約している魔物の強さなどによってのクラス分けである。このクラスによっては貴族と同等の扱いを受けられる場合もあるらしい。学力、……強さによって身分が変わるのだ。制服の質も違うそうだ。


 だがある意味平等ではある。誰でも貴族になれるチャンスがあるというのだから。


 普通、何の根拠もない生まれによって身分を決めることが多いからな。それに比べたら自らで勝ち取れる身分の方が責任感も強くなるし、達成感もあるだろう。


 まあ、一番下の身分だからと言って不当な扱いを受けるなんてこともないみたいだがな。

 

 そして、私自身はどうなのか……と言うと、幸運にも最上級クラスに入った。入学してすぐに最上級クラスに決まったのは皇帝サファリス陛下と第一皇子のラズワード殿下以外に居ないそうだ。そこではまあ、……いろいろあった。


 「魔物?」

授業で私たちに魔術について教えていた先生は私に魔物は何人契約しているかと尋ねられた。

「はあ……一人です」

「それは勿体ない。……君は才能があるのだから一人ではその力を発揮しきれないぞ」

「え?でも、エインとは相性がいいですし、……大丈夫ですよ」

 「だが知っていると思うが、魔物と契約すると今の学級では学びきれない様々な魔術を魔物から学ぶことができる。しかし魔物によって得意な魔術系統が違っているから、

全てを学ぶことができるわけではない。たとえば君の契約している魔物は炎の魔術が得意だろう?だが、水魔法は得意ではない。

 

 このように魔物には得意な系統、……属性と言ってもいいかもしれないが、が異なっている。君は以前自分の得意魔術に疑問を感じると言っていただろう。この機に新たな契約者を探してみてもいいのではないか。」

まず私の相談を覚えていてくれたのにも驚いたが、契約者との関連性もあったのだな。


 確かに私の今の得意属性としている魔法は違っているような気がする。そもそも私が炎魔法が得意というのはおかしい。

なぜなら私本来ならば火を恐れるからだ。


私は火刑の中で死んだ。だから最も嫌なものとして私の魂は受け入れている。得意であるのはおそらくエインのお陰だろう。


 その日の夜、屋敷に帰ると例の一件で使用人となった執事の黒川、面接で合格した慎ましいメイドのアルファードが扉の両端で出迎えていた。そしてそこに連なるのは同じ服装をした慌ただしい使用人たちだ。

「おかえりなさいませ」

一番に口を開いたのは黒川だ。

「ええ、出迎えご苦労様。……先ほどまで何をしていたんだ?」

「掃除と、洗濯と食事の準備と書類整理などですね」

黒川が淡々と答える。

「うちの使用人は貴方とアルファードを入れて、十人だったな」

「はい」

「やはり少なすぎるな、この広い屋敷に十人なんて。おまけに貴方たちは学業もあるのだから給仕ばかりしていられないだろうしな」

「しかし、新たに召使として雇える者が少ないのが現状です」

「……それは、黒川さんの基準が厳しすぎるからだと思いますわ」

そう答えたのはアルファードだった。

「でも、ムーンの側に変な輩は置いておけない」

私は軽く黒川の腰を小突いた。

「そうかもしれませんけれど、かといってこのままでは彼らも疲弊してしまいますわ」

「……まあ、それに関してはまた今後話そう」

ずっと立ったまま話をしていた。主人に立ち話を要求するのはあまりよろしくないな。また、厳しく指導しておかなければいかんな。


夕食を食べ終え、あらかたの作業が完了したのち、私は先生に言われた通り、儀式を行うことにした。儀式……というのは召喚のことである。


 魔物を呼び出し契約するのである。冥界では訪れた魔物としか契約できないが、ここでならどんな相手でも契約できる。


 しかし、儀式を起こそうとしたら、エインは具現化を望んだ。私に具現化を望む場合は右腕の契約印が光だし、ものすごく痛くなる。


 その部分が酷く刻まれて、まるで刺されているような鋭い痛みにさらされる。


『主よ、もし契約したいのなら、僕がいいやつを紹介してあげようか?』

「え、知り合いなんているの?」

『ひどい言い方。僕これでも最上位の魔物だよ?』

最上位、魔物にはランクがあるのだが、まあ、魔物の正体が死んでから神に逆らった天使、


 もしくは魔界でのルールに逆らい犯罪者として処刑された者がなるのだ。こいつ、魔物になる前は何をしていたんだろうか。

『どんな相手がいい?』

「……そうね、今の属性とは違うのがいいな。……そう言えば、私の得意魔術って炎じゃないよな」

『ふうん、僕がいながら?』

「貴方がいるからさ。そもそも私、炎のこと好きなはずないし。……とすると、ひょっとしたら闇の魔術かもしれないわね」

『どうしてそう思うのかい?』

「前ね、入学するときに魔術の得意系統を調べてもらったんだけど、その時に「恐ろしい闇の天才だ」って言っていたのを思い出してね」

『へぇー、なら……あいつがいいかもな。よし、呼んでみるね』


そういうエインは人の姿を変え、獣の姿になった。そうして、床に大きな円を書いた。ちなみにここは私の寝室だ。先ほど使用人たちの働き方について話していたが、こうなっては自分で直すしかあるまい。

『おいで……タリン君~』

そう言うとその円の中から大蛇が現れた。

『その呼び方はよせと言ったろう!』

大蛇はふんっと息を吐き出すと私の方をまじまじと見た。

『あんたが今のこいつの主か、……いい体をしているな』

また同じ話だ。

「私の契約者となるのに随分と尊大なご挨拶だな」

『おっと、失礼。……俺はタリン、知識と闇を司る魔物だ』

「私はムーン・トゥアイセ、皇族を目指している」

『皇族?どうしてあんなのになりたいんだ?』

「私が生前未熟な王族だったからさ。……豪華絢爛に返り咲いて、昔の自分ができなかったことをする」

『なるほどな。……その傲慢な態度、嫌いじゃない。それに他の奴と違って肝も据わっているみたいだし、いいぜ。契約しても』

『おっ、よかったね。主様』

エインが話す。

「……そうだな。たしか契約には代償が必要だったな?右腕はエインが食べたから、他で頼むよ」

『おまえ、変わってるな』

「それエインにも言われた」

『だろうな、んー。いらない』

「要らないって、……代償はいらないってことか?」

『まあ、そうだな』

「そんな寛大な魔物もいるのだな。……じゃあ、好きなところに契約印を刻みな」

『ああ、遠慮なく』

すると大蛇は静かに私の体に巻き付いて絡みついた。冷たくつるつるした皮が肌に触れる。そうして、左の太ももに体全てを巻き付けると、舌を這わせた。

「……っ」

かすかに息を漏らしたら、そこに大蛇の刻印が刻まれた。これで契約完了だ。

『じゃ、僕も』

エインは右腕に印を元に戻した。


 そういえば名前を決めていなかったな。……タリン、私のものなら名前を変えてやろう。エリスタ、……これを名前にしよう。根拠もなく、理由もなくただ適当につけてやる。それは権利あるものにのみ許された横暴さだ。

 私がヴァシレウス帝国立魔法魔術学校に入学してから、十年が経った。私は最上級クラスで習得できる魔術をすべて習得し、いよいよ卒業テストを受けられるようになった。


私はテストでは巨大な砂のお城を作った。普通、砂というのは一部を積み上げてできたその柱を細くすると必ず倒れる。私はそれを得意の闇の魔術によって落下するという自然を破壊し、赤い炎を明かりとして灯した。

 ついでに空間を昼の世界から闇の世界に変え、ムードも醸し出した。その光景は幻想的で、美しかった。私は最終的に城を燃やし、その大きな炎に身を投じた。


炎を恐れる私はもう、私ではなくなるのだ。私は生まれ変わるのだ。


 私は首席で卒業することが決まり、卒業代表のスピーチをすることになった。そのスピーチの内容は覚えていないが、今と変わらない心情だったと思う。それは感覚でわかるのだ。私はいつまでもこのままの変化を求めるムーン・トゥアイセなのだ。


 卒業したら私は皇族になれる決闘を心待ちにするようになった。決闘を行うには百年間もこの国に滞在していないといけないらしい。

そんな面倒は御免こうむりたい。特別な事情を狙って決闘を申し込んでやる。私は自由に決闘場を使える権利を持つ貴族になることにした。貴族は公爵という身分が一番偉く、決闘場をほぼ貸し切りに使える。

 

 まあ、領土を管理し、国に税を支払ったり、警備を強めたり、使用人や領民に仕事を与えるなどずっと訓練に従事しているわけにもいかないのでそこそこの不自由を覚えている。

 


 しかし不満ではない。そもそもこんなに豊かな国は見たことがない。


 水も食べ物もおいしくて衣服住居もどんなに身分の低いものにだって、絹のドレスが与えられる。おまけに奴隷もいない。こんな国の皇族になれるのはどんなに光栄で素晴らしいことだろうか。

そんな中、この国に災いをもたらす魔物が出没しているらしい。


 この国の貴族はそう言った魔物に対処するために存在しているみたいだが、私もその処理を任せられた。しかし国のそういう命令ごとに興味のない私は普通に夜眠っていた。


 すると突然契約印の右腕と左足が痛み出して、血を与え、召喚した。


 魔物を体から召喚するには基本的には血を流さないといけないからだ。彼らは獣の姿で入り口の方を警戒した。


 獣の間をすり抜けて、紫色の光を帯びた蝶が舞った。そして私の上に乗り、人の姿に化けた。その姿はまるで女のようにまつ毛が長く伸びた人で私に跨るように座っていた。

「……っ」


『美しいね、貴女』


思っていたよりも低いその声に驚いた私はうっかり、逃げるのを忘れてしまった。

「あんたが例の魔物?」

『そうよ……せっかくの綺麗な体なのに……悲しそうね。どうしたの?いいえ、……詮索はやめまるわ』

そんなことを言ってその長い指を私の股になぞらせた。

『おい、主にさわってんじゃねぇ!』

そういうと大蛇はその体を左右にうねらせながら、その女?のそばに近寄った。

「エリスタ……」

『ここから去りやがれ!』

『嫌よ』

女?はその蛇の頭部をつかんだ。そんなことよりも私の体の上に人間の姿をした魔物と蛇の姿をした魔物が乗っていることを忘れないでほしい。物凄く重い。

「どきなさい」

『……はい』


体が軽くなった私は人化したエインの後ろに座り、蝶を眺めた。小さな羽をバタつかせている。そして綺麗な紫色の粉も舞っている。

「ねぇあなた、得意魔法は?」

『治癒魔法よ』

そうか、ならば契約を考えてもいいな。

「お前、私と契約しな」

『……嬉しいお誘いだけどいいの?』 

「まあな。実を言うと私はほとんどの魔法を完璧に使いこなすことができる。だが、治癒魔法だけはどんなに訓練を重ねても、一向に使いこなせないのだ」

『なるほど、そこで私の力が欲しいのね。……いいわ。じゃあ契約として、触らせてよ』

「ああ、構わないよ」

『えっ!』

エリスタとエインは驚きを声に現した。

『主よ、もっと自分を大切にしたほうがいいぜ。こんな奴に許すなんて』

「そう?でも私が治癒が苦手なのはあんたたち、よく知ってるでしょ?」

『知ってるよ、でもこんな勝手に来たやつに』

「じゃあやりすぎないように監視していてよ」

『……』

返す言葉はないらしく観念したのだ。

そう言って渋々契約を承諾し、この案件は片付いた。


私は皇族に対するあこがれに身を焦がしながら、決闘の機会を伺っていた。そんなとき天界の襲撃があった。その理由は土地不足らしいが、そんなものは建前で本当は神の無理強いに嫌気がさした天使の憂さ晴らしだ。

 

 我々のように下等に見られてる存在は常に上から虐げられる。理不尽な理由で。その訪れに不意を突かれた皇族たちは意外にも苦戦し、体の自由を奪われるという失態を犯した。

 「黒川、……後を頼む」

そういって私は飛び出した。手にもつ特殊な杖を振りかざしながら、天使を弾き飛ばしていく。私は一心に進み、空に舞い上がり、皇族の前へ躍り出た。

「なんだ貴様は!」

そう言い放ったのは穢れのない真っ白な天使だった。

「貴様こそなんだ、勝手に来ておいて無礼なことをしでかすとは痴れ者め、私の前で跪け、今すぐ。さもなければ貴様を消してやる」

「強がっていられるのも今のうちさ、穢れの魔女め」

白き羽をバタつかせてこちらに勢いよく槍を突き刺してくる。私はそれを交わし、天使をつかむと闇の魔術の一種、呪術を使って、地面にたたきつけ、土下座をさせた。

「ふふふ、天に舞う天使が地に落ちるなんて笑えるわね」

頬がはち切れるほどに横に伸ばして、その光景を上から眺めていた。そうすると横からさらに出てきた天使軍は彼らの使う特殊な魔法、……彼らが言うに天術を使ってきた。

 

 天術というのは魔術とは性質が逆で物を創造する力を持つ。だから何もないところから岩や、炎を生み出せる。それも神の持つ法則として扱えるため、打ち消すには闇の魔術を使うしかない。……だが、私の敵ではない。


 「エリスタ、ちょっと力貸してね」


 私は契約者のエリスタを軽く憑依させた。私の体の一部に蛇の鱗が浮き出て体に力が入る。これは魔法使いがよく使う魔力増強の行為、以前先生に教わった方法だ。彼らもこれを予測していたのか構わずこちらに突進してくる。

「ほいっ」

私はその天使の体に触れてその全ての体を消し去った。

「言い忘れていたけど、私、有言不実行はしない主義なの」


 一枚一枚、羽を落として消えていく天使たち、地上に真っ白な羽が積もり、まるで雪のように見えるこの光景はまさしく地獄。


 天使が蹂躙されているのだから。たった一人の女に。

 私はこの行為を楽しいとは全く思えない。肉を切り裂けない闘いが楽しいはずがない。


 でも、彼らは戦うと宣言してここにきたわけではない。だからここで彼らを本当に消して仕舞えば私は魔物になるのだ。……皇族を目指す私にはそれをなんとしても避けなければならない。


 しばらく戦い続け、私は皇族たちを助け出した。その中にはスマラカタ皇子殿下もいた。

「……すみません、ムーン王女、お手を煩わせてしまい……」

途切れ途切れに謝罪を述べる彼。仕方がないだろう。国民に恥をさらしてしまったのだから。


 絶対的な強者である皇族がなす術もなく敗れ、一人の魔法使いに助けられてしまったなんて前代未聞である。


 急な襲撃と条件の悪さもあったが、ここまでの大敗はほとんどなかった。

「本当にありがとう。貴女のおかげでこの国は守られた」

そう語るのは第一皇子ラズワード。はっきりと物を語るが、悔しさが隠し切れていない。


 きっと彼の立場になれば私もこうなるのだろう。

「こんな失態をするなんて……!」

アメシス皇女殿下


「恥さらしにも程があるわ!」


 「こら、アメシス。自分のことばかり考えないの。私たちの仕事は国民を守ること。自らの力を過信し、手を抜いて戦った。それがこの結果だよ」

ガーネット皇女殿下は優しく語りかける。

「でも、こんな姿を見て国民たちは私たちのようになりたいとは思わなくなるだろうけどね」

タイン皇子殿下は落とした声のトーンで話す。

「どうしたらいいのか……」

皇族たちは全員落ち込んでいた。自らの責任と実力に落胆し、ひどく沈み込んでいるその心をどうにか浮かしてあげたい。


 「もし、……条件を飲んで頂けるのでしたら、私が策を講じましょうか」

「策?なにかあるのですか?」

いつの間にか敬語になっているスマラカタ皇子

「ええ、国民たちのこの闘いの記憶を無くす、ということです」

するとラズワード皇子が勢いよく立ち上がった。

「そんなことは出来ない!国民たちの意思をねじ曲げるなど、断じて……!」

「しかし、国民尊敬の象徴である王族がそのように揺らいでしまっては国民たちに混乱を招きます。王族とはいかなる時も冷静に民を導かなければなりません。例え大敗をしたとしても。


それに尊敬する、愛する存在が天使に蹂躙される様を見て、不安にならない者はおりません。国民のためにもこの状況を忘れてもらいましょう」

「……」

黙り込む皇族方。一応私の意見を認めてはくれるみたいだ。

「それなら……」


「待たれよ、我が子らよ」


そう言うのは皇帝、サファリス。皇族全員が一斉に跪くが、サファリスはすぐに直るように促した。


 「ムーン王女よ、確かにお主の語るように王族は国民たちをいかなる時も冷静に導く必要がある。此度の争いにより国民たちが混乱することもあるじゃろう。


 しかし、それは普通の国民なら、の話じゃ。……お主も知っておるようにこの国は全ての決まり事を決闘によって決める。普段から闘いを重ねている彼らにとってこのような大敗など、日常茶飯事。彼らは大敗を乗り越え、強くなり弱き者を守り抜く。

 

 それがこの国のあり方じゃ。我が国の国民がこの程度の敗北で簡単に心が揺らぐはずもない。……我が子らよ、民を信じよ、お主たちが護ろうとした強き民を信じよ。


 彼らは傷だらけになってまで闘ったお主たちを誇りに思っておるぞ」

強く語った言葉に打ち倒されたラズワード、ガーネット、タイン、スマラカタ、アメシスは目を赤らめてこう言った。

「はい!」

と。

そうして、彼は私を見た。

「此度は誠にありがとう。お主のお陰で我が子らは守られた。……先程のお主の提案を否決する代わり、お主の条件を呑んでやろう。どうじゃ?これで報酬にしてもらっても構わないじゃろう?」

「はい、構いません」

これは……やられた。完全に私の下心がバレていしまっている。

「皇族との決闘権を私に頂けませんか?」

「決闘権……、はっ!はっはっ!……儂はてっきり皇族にしろ、と言うものだと思っておったが……決闘がしたいとな!」

「ええ、先ほどの戦いでも思いました。もっと骨のある相手と闘いたいと」

「お主はその形で殺傷が好きなのじゃな?我が国の皇族に相応しいではないか。……よかろう、相手は好きに選べ、決闘権はくれてやろう!」

「ふふふ、……ありがとうございます。……ではラズワード皇子殿下、貴方にお相手をお願いします」

「やっぱりね、いいよ。……さっきの君の戦いを見てしまったからな、もう、本気で行くよ」

「ええ、決闘は三ヶ月後に執り行いましょう。……闘いを楽しみにしております」


 三ヶ月後、彼は皇族決闘場に降り立った。身につけているのは対死神用に作った最強の魔法道具だ。この様子を見ても彼が本気なのがわかる。

 

 そうして相手はこの間とは違う杖を持ち、足に三本のナイフを固定している。おそらく彼女の得意とする武器なのだろう。


 どれも同じ長さだ。僕はこの皇族専用の観客席からこの闘いを見守る。もし、この闘いに彼女が勝てば歴史に残る大勝利となるだろう。

 

 僕は彼とかなり戦ったことはあるが、あの装備をしているあの人に勝てる気は一度もしなかった。実際あれは簡単には魔法を通さないように出来ているため、本当に強くなければ攻撃さえ通らない。……


 あの女はどうやって勝つのだろう。

 

 しばらく見つめ合い、鐘がなると女は足につけたナイフを取り出し、勢いよく飛びかかった。そして兄も剣を取り出し、応戦する。

 

 地上から少し離れたこの場所からでも空を切る音が聞こえる。とんでもなく強い力でナイフを振りかざしているんだ。距離をとった兄は剣を捨てて短い杖を取った。

 

 彼は、本気を出した。彼は剣術ももちろん得意だが、ガーネット姉さんよりも数段苦手だ。剣よりも杖から発する魔法を操る方に長けた彼は炎を纏い、女に向けて弾を投げた。

 

 その弾はものすごく暑く、決闘場のレンガの床を溶かしてしまった。それを避けつつ後ろに下がった女は床を蹴って舞い上がり、空に電気を放った。

 

 そう、彼女は天候を操ろうとした。勢いよく降り出す雨に、冷める地面、少しずつ真っ赤な大地が黒くなる。すると、兄は空に向けて杖を向け、雨雲をすっきりと晴らした。その間、女は杖を持ち、素早く陣を描いて

「大地よ、我に従え!」

と叫んだ。すると、大地はその法則を破り、兄を突き上げるように盛り上がったり、下がったりを繰り返す。彼女が陣を使っているところにかなりの狡賢さが窺える。

 元々魔法は陣、口術、脳内の三段階で命令できる物の大きさと自由度が変わる。そしてそれを組み合わせると命令伝達の速さも変わる。


 その大地を避けつつ、彼はまたあの火の玉を作り出し、空に向かって投げた。そう、この国が人工的に作り出した太陽の火を使い、熱さを増強した火の玉を準備していたのだ。

「おぉりゃああああ!」

それをこの決闘場に投げた。サファリス皇帝陛下は客席を防御結界で覆った。


 その火の玉をもろに食らったように見える女は黒い煙を吹き飛ばすと、兄の身体を操った。そうして、床に倒すと、

それに跨った。彼女はナイフを振り上げ、それを下ろした。しかし、すんでのところで兄はその腕を掴んだ。動けなくなった女はそのまま座り込み、兄に腕を押さえつけられた。


これで、勝負は決まった。……と、その時、跨っていた女は鉛と化し、溶けてしまった。本物のムーンはラズワード兄さんに魔力を込めたナイフを突き刺し、決着はついた。

「決闘終了!」

ざわめきが歓声に変わって、響き渡る。どちらの勝ちか。その判断は……皇帝に委ねられた。

「此度の決闘、……どう思うかのう、ムーン姫よ」

陛下は尋ねられた。この質問の回答によっては試合の結果が左右される。しかし、そのことを知っているのは皇族だけだ。さあ、なんと答える。ムーン・トゥアイセよ

「完敗ですね……策は全て打ち砕かれ、苦渋の策は見破られて、お情けでナイフを刺させてもらった。……こんな敗北初めてですよ」

「ラズワード、君はどう思うかね」

「確かに、私の勝ちではあります。……しかし、ここまで僕を追い詰められたのは陛下以外にありませんでした。実際私の方に幾ばくか余力がありましたが、その差は経験によって簡単に埋められるでしょう」

「そうか……ならばこの決闘ラズワード・ヴィ・ヴァシレウスの勝利とする!さあ、選べ勝者よ。敗者の道を選びたまえ」

「……もちろん、皇族に認めるよ。地位は……第二皇女。」


「はっ……?」

「冗談じゃありませんわ!」


 そう言って立ち上がったのは妹のアメシス。今日もフリルたっぷりのミニドレスを着ている。

「なんであんな小娘が妾よりも上なのですか!」

「アメシスよ、お主も見たじゃろう。あの強さを。そして本気で戦ったラズワードの傷を。あれは天使でも容易につけられるほどヤワな傷ではない。ワシの一撃でもあれだけの傷をつけられることは滅多にない。……それに、お主は先日の決闘でもラズワードに負けたじゃろう。この国は強者に従うのが決まり、……わかっておるな?」

「ぐ……しかし……!」

「仕方ないのう」

 

 そう言うと皇帝はその豪華な椅子から立ち上がり、ムーンに向かってこう言った。

「お主、魔力はどれだけ残っておる?」

「……あまり、無いですね」

「ならば回復の術はあるか?」

「はい……」

そう言うとムーンは足につけたナイフの破片を拾い、胸元に差し込んだ。

 

 すると、その胸元から紫色に光る小さな蝶が現れ、ムーンに口付けた。するとムーンの顔色はどんどんよくなってやがてすっと立ち上がった。

 

 そしてラズワード兄さんの元に立つとその蝶を兄さんの傷元に口づけさせて、胸の内にしまい込んだ。驚いた様子の兄さんを放っておいて、陛下の顔を見た。

「治りました」

「ふむ、お主に尋ねたい。お主の持っておる杖、それはお主ともっとも相性の良い杖か?」

杖、……確かにあの時使っていた杖とは異なっているようだったが、それが彼女の強さに関わるのだろうか。

「……いいえ、違いますね」

「ならば差し支えなければこちらに持ってきてしてはくれまいか?」

そういうと彼女は手を広げて、「来い」と言った。するとどこからとなく棒が飛んできて彼女の手の中に納まった。

「こちらです」

「やはりな、」


 その杖は大蛇が巻き付き、その頭に蝶が留まり、持ち手には獅子が付いた気味の悪いものであった。よく見るとその蝶は先ほどの蝶とそっくりであった。

「それは、お主の契約者を象った物だろう?」

「はい」

「それを一振りしてみよ」

「……はい」

彼女は少しためらったあと、杖を振った。すると黒いオーラがその杖にまとわりついた。

「なるほどのう。よく考えておる。そしてアメシス、あの者の杖の杖からあふれる魔力系統がわかるか」

「もちろんですわ。闇の……魔術ですわ。それなら妾だって出来ますわ!」

「落ち着くのじゃ。よく考えてみよ、杖に契約者の姿を象り、契約者を完全に操る器の大きさ、そしてあの決闘で臨機応変に鉛を作り出し、ラズワードを操った手腕、まさしく呪術の使い手じゃ」


 呪術……本来は皇族にしか教えられない。その理由は習得の難しさと魔力量の関係である。タダでさえ闇の魔術は魔力を削っていく魔術系統なのだが呪術となるとまた格が違う。

 呪術は操るのが非常に難しいとされる身体の動きや心理の働きを無理やり奪う最難関魔術。それをわずか十年足らずで習得してしまうとは……、強さを認めざるを得ないな。

「……仕方ありませんね」

そう言って折れた僕の愛しの妹はゆっくりと座り込んだ。そうして歓声が決闘場を埋め尽くすと、ムーンは皇帝陛下にお辞儀をして、決闘場を後にした。


 しばらくして夕刻になり、彼女の元を訪れると彼女は温かく出迎えてくれた。

とっくに自分の屋敷に帰っていた彼女は美しいドレスに身を包んで優雅に微笑んだ。僕は彼女に戴冠式の練習の日程や、今後の予定の打ち合わせの予定を決めるためここに来ていた。

 まあ、別に今日でなくてもよかった。戦ったばかりではあったし。しかし彼女はいつでも構わないと言っていたので、あえて決闘当日に来てみた。

 ……しかしさすがは元王族と言ったところか、姿勢は非常によく、風格というか、王者としての強さを全身から漂わせていた。最初に出会ったときには気づかなかったその強さが魔術を学ぶことによってさらに際立ったのだろう。


 僕は何人もの女性と会ったことはあったが、こんなに吸い込まれそうな女は見たことがない。


「お疲れ様です。ムーン王女殿下」

「あら、スマラカタ皇子殿下、いらっしゃいませ。どうぞおあがり下さい」

彼女とともにあの王宮で暮らすのはなかなか刺激的かもしれない。その感情の門の入り口に立った僕はまっすぐそこに入った。


輝かしい戴冠式の日、黒の服に身を包んだムーン王女殿下はゆっくりと王宮の玉座の間に入っていく。そして皇帝陛下の前へ膝をついて、

冠を頂いた。紫色の瞳を持つ彼女に送られた紫色の宝石付きの冠は煌びやかに色を自慢して胸を張っている。

「汝、ムーン・トゥアイセをヴァシレウス帝国第二皇女、ロアイト・ヴィ・ヴァシレウスとして承認する。皆の者、彼女を歓迎せよ!」

そういって鳴り響いた手の合奏が高らかに響き渡るとラッパは金色に音を奏で、豪華さを仕立て上げる。美しい彼女は正面を向いて、静かに佇んだ。この動きは彼女の宣言の前振りだ。

「私は―――」

彼女が吸って吐き出した言葉は人々の心を震わした。なんて力強い言葉だろう。僕は書物にこう記した。

〝歴史の開拓者、現る―――”と。

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