第26話 俺の生体誘導機

「は?」


「桜花を護衛する」


 片道切符の桜花の護衛をするという事は、まず生きて帰れる保証はない。もちろんこちらも簡単に落とされてやるつもりはないが、如何に戦略水爆の爆風に紛れたところで脱出できる可能性は限りなくゼロに近いだろう。


 だから、命を寄越せ、と言ったのだ。


「お前もオームのクソ野郎をぶっ殺したいって言ってただろうが。それとも何か? ガキでも覚悟決められる事が、てめえには出来ねえってか?」


 本当ならばもっと弁舌豊かに人類が云々言って説得すべきなのだろうが、俺にそんな心にもないことを言う才能は無い。だから、こんな安直な挑発しかできなかったのだ。


 自分の弁の立たなさを、これほどまでに歯がゆく思う事は今までになかった。


「…………」


 返事は、ない。


 当たり前だ。死にたい人間など居ないのだから。


 攻撃をしない戦闘機で護衛など出来るはずもない。諦めかけたその時――。


「はっ、バカが」


 大木が、笑った。


 馬鹿にするでもなく、論外だと笑い飛ばすでもなく、2人で飛んでいたいつもの様に。


「俺がコイツに乗ってる時点でな。俺の命はお前に預けてんだよ」


 ゴンッとヘルメットがどつかれる。


 だが今度は先ほどと違い、大木の手は頭の上に乗せられたままだった。


『チャーリー1、こちらチャーリー3。後方についた。送れ』


 通信機ががなり立てる。


「了解。こちらは上昇後、そちらの後方で待機する。送れ」


『了解、煙幕が切れそうになったら連絡する。終わり』


 2機で交互に煙幕を張れば、とりあえず先ほどの様な遠距離攻撃から富嶽を守れる。


 周囲を見れば、俺たち以外にも急遽ツーマンセルを組んで対応しているのが見て取れた。


 とりあえずは立て直すことが出来たと見ていいだろう。


『全機へ告ぐ。20秒後に桜花71乙型による先制攻撃を開始する。注意されたし。全機へ……』


 桜花による攻撃もこれから行われる。


 まだ大丈夫。まだ作戦は続行可能だ。


「大木」


 通信の合間に、長年連れ添った相方へ言葉を飛ばす。


「ありがとよ」


「…………へっ、ハハハハッ」


 返答は、もう一度拳骨で行われる。


 ヘルメット越しで体温など感じないはずなのに、何故か大木の熱が染み入って来た様な気がした。


『チャーリー1。彼女持ちはいいな。俺も一緒にヴァージンロード歩いてやろうか?』


「黙れ土屋!」


 通信機越しに生意気な口をきいたチャーリー3へ怒鳴りつけた後、機首を上向かせて持ち場を譲る。


 機体が斜めになったことでわずかに減速し、視界の中に土屋の繰る機体――チャーリー3――が滑り込んできて煙を吹き出し始めた。


『5・4……』


 桜花発射の為のカウントダウンが通信機から聞こえて来る。これから先制攻撃されたお返しをたっぷりとしてやる、そう思ったのだが……。


「――近い」


 いつもよりも明らかに戦闘機型オームが大きく見える。


 最終攻撃目標である基地型オームまでの距離はまだ50㎞以上存在するというのに。


「大木っ!」


「ああっ!」


 大木の操る機銃が火を噴き始め、̠オレンジ色の火線がオームへ向けて突進していく。


 だがそれは牽制にもならなかった。


 みるみるうちにオームの姿が大きくなっていき、こちらがエイの様な姿を認識するよりも早く――。


「避けろっ!!」


 突っ込んで来た。


 しかも、こちらには目もくれず。


 大木がすれ違いざまに数体のオームへ銃弾を叩き込むが、体が砕け散ろうとも慣性に従って彼らの体は後方へと吹き飛んでいく。


 何を? と疑問に思う余地すらなく、煙の海に体を沈めていた富嶽からと思しき爆発が上がる。


 そうだ。まさか、まさか事もあろうにオーム共は。いや、オーム共も……。


「特攻かよ!」


 オームの攻撃は基本レーザーだけ。


 時折桜花を防ぐために体当たりをすることもあったが、それは稀な事だった。


 まさかオームが富嶽を撃墜するために、こんなに大勢でもって突撃を敢行してくるとは。


「撃て撃て撃てっ!」


「言われなくても!」


 次から次へとオームは飛び込んでくる。


 防ぐこちらのことなどまるでいないかの如く。


 まさに必死。


 初めてオームに対して人間臭さを感じる事になろうとは思っても見なかった。


『……発射!』


 ノイズ混じりの声で作戦の慣行を知る。


 少し遅れたのはオームによる特攻のせいであろう。


 やがて、煙の中から万年筆を平べったくして翼を付けた様な、やや不格好にも見える特攻機・桜花が三機、姿を現した。


 ――低い。


 まるで地を這っているかのように錯覚してしまうほど、桜花は地上スレスレを飛んでいる。それは今までの桜花の動きとは全く違った。


 俺が、教えたからだ。


 俺が、由仁と美弥に操縦技術を叩き込み、その記憶を他の生体誘導機へと転写したからなのだ。


 その桜花たちへ向かって、オームが襲い掛かる。


「援護っ……!」


「出来ねえ! 富嶽が先だ!」


 桜花に半分以上ついていったとしても、まだまだ数的にはこちらが不利なのだ。


 富嶽へ群がるオームの処理で手いっぱいだった。


 そして――地上に太陽がふたつ、生まれる。


 戦術水爆の範囲は直径1㎞程度だ。それでも猛烈な光と風が巻き起こり、戦場をかき回す。周囲にいくつもの火の玉が生まれ、散っていった。


 水爆が生んだ風はそれだけにとどまらず、防壁となっている煙すら吹き飛ばし、ボロボロになった富嶽の姿が垣間見えてしまう。


 それを隠せる機体は、亡い。


『チャーリー3! 応答しろ!』


 俺の声に、応答は無かった。


「対レーザーチャフ弾、発射!」


「まだはや――」


 ――くはなかった。


 煙が晴れた途端、その場所へ向けてレーザーによる執拗な攻撃が始まったのだが、間一髪大木の放った弾頭が間に合い、緑色のレーザーを弾き飛ばしていく。


 大木の判断が無ければ、今頃富嶽はコックピットを破壊されていたかもしれない。


 他の戦闘機も、大木に倣って対レーザーチャフ弾を撃ち始める。これでとりあえずは問題ない、が――それによって別の問題が生まれていた。


 俺はちらりと計器に視線を走らせる。


 それによれば、目標までは約40㎞もあった。


 訓練で設定した桜花単独になる距離は20㎞。それよりも二倍程度はある。


 20㎞という距離は、対レーザーチャフ弾をまき散らしながら進める距離ではない。


 つまり、由仁達は訓練以上の距離を突破しなければならないのだ。


 想定以上の苛烈なオームに対して。


 そう思った瞬間――。


『作戦中止! 作戦中止! 桜花発射不可! 作戦中止!』


 通信機がだみ声をまき散らす。


 声だけでこの脂ぎった声は誰だか判断が出来る。


 岡島一佐。桜花部隊の隊長に収まっている無能のクソデブだ。


 本当に桜花の発射……いや、発進が出来なくなったのか知れたものではなかった。


 大方、自分の名誉欲を満足させる為に富嶽へ乗り込み、命の危機で震え上がったのではないだろうか。


「ざっけんな! 作戦中止だ!? 何人死んだと思ってやがる!」


 大木が怒鳴る。


 だが俺は……心の片隅で、これで由仁の寿命が延びるのならなんて罰当たりな事を考えて――。


「馬鹿が、速度を落とすとか素人か!」


 砲手を担当する大木だから背後を飛ぶ富嶽の様子も知ることが出来たのだろう。


 俺は慌てて機首を下げると同時にロールして、富嶽を見ると……。大木の言う通り、富嶽は速度を緩めて旋回しようとしていた。


 そんな事をすれば当然いい的だ。


 オームが富嶽目掛けて殺到し、あっという間に穴だらけにしていく。


 さすがの富嶽もその巨体をよろめかせ……高度を下げ始めてしまった。


 俺の脳内を絶望が支配する。


 富嶽という強力無比な戦力を失えば、今後の戦線は大きく後退せざるを得ない。


 そしてなにより、由仁達が死ぬ。


 無駄に、戦うことなく、死ぬ。


 そんな事は決して許されるはずがない。


「おおおぉぉぉぉっ」


 俺は機体を急旋回させると富嶽の後方真下に機体をつける。


 そこには、発進間近であったからだろう。桜花がいくつもぶら下げられていた。


 その最後方……左側――無事か!


 右側は収納途中にオームが突っ込んだのか、半分だけ機体が富嶽の中にあり、残りの半分は残骸と化していた。


 確かそれに乗っていたのは美弥のはずだ。どうなったかは分からないが、身を案じる暇も無い。


 富嶽はどんどん高度を下げているのだ。


 それよりも――。


「富嶽! 最後尾の桜花を発射出来るか!?」


 返答は、無い。


 オームが突っ込んだのだ。操作する人員がそもそも死んでいるのかもしれなかった。


「大木! 左側最後尾にいる桜花を吊るしてるクレーンを撃ち壊せ!」


「は!?」


「火薬で切り離す様に出来てる。うまく行けば切り離せるはずだ!」


「正気かよ!」


 正気じゃない。


 揺れる空中の中、幅十数㎝のクレーンに当てろなんて神業を要求しているのだから。


「お前に預けてんだよ、俺も!」


 何をか。


 命を、そして――運命を。


「――任せろ! てめえの嫁を傷つけやしねえよっ」


「ふざけてろっ! あいつは――」


 今なら言える。


 男だとか女だとか、そんなもんじゃない。


 あいつは仲間だ。敵を倒すための、俺の武器。


 俺が大木の足で、大木が俺の銃であるのと同じ様に。


 あいつは俺の生体誘導機だ。


 言葉は同じでも、そこに込められた想いは、違う。

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