第25話 作戦開始
戦闘機のキャノピー越しに富嶽を見る。
基地から出撃して低空を飛び、地平線を盾にして攻撃目標へと近づくまでの十数分間。太陽に光を一身に受け、大空を舞う雄大なその姿はいつみても飽きる事は無かった。
それはいつも通りに行われる、俺の儀式の様な物だ。
ただ、今日だけは違った。
富嶽のその腹の中に居るであろう、一人……二人の少女事が気になって仕方がなかったからだ。
一人は美弥。俺が鍛えた無邪気な少女。
そして、生体誘導機。
もう一人、由仁もまた同じ存在だ。
彼女達は特攻兵器桜花に生ける誘導チップとして搭載され、今日使い捨てられる。
認めるべきだろう。彼女たちの内、由仁に対して、俺は多少特殊な感情を抱いていた。
恋愛感情ではない。何かと問われれば、同情や哀れみなどの感情がほとんどだと言い切る事が出来る。
ただ、それだけでないのも確かだ。
死ぬと分かっていて、それでも桜花に乗る彼女に対する敬意、それから――。
「おい、ぼさっとしてんな水原よ」
唐突にヘルメットをぶん殴られて思考が途切れる。
「――してねえよ」
俺はそんな無礼な真似をした輩に復讐してやろうと片手を後頭部の更に後ろ辺りに向けて伸ばしてみるが、結局空振りに終わる。自動操縦装置が搭載されていない機体で操縦をおろそかにするわけにも行かず、覚えておけよと脅し文句を言うにとどまらざるを得なかった。
こういう時ばかりは操縦者が損をするのだ。
「してただろうが。何度か声をかけても無視しやがって。どうせあのお人形の事でも考えてたんだろうが」
確かに俺は大木に迷惑をかけたかもしれない。だが、その言葉だけは聞き捨てならなかった。
「由仁は人形じゃねえ。ぶっ殺すぞ」
「…………」
返答はため息でされる。
それで俺は常日頃コイツに言われている言葉を思い出してしまった。
まあ確かに、多少入れ込み過ぎている自覚はあったが、それでも理解の無い言葉を言った大木の方が悪い。
「アイツはなぁ……死ぬって分かっててもずっと真っすぐな目をしてんだよ。そんな奴が人形な訳あるか」
「……俺は誰とは言ってねえよ。つか、お前が教えてんのは二体じゃなかったのか」
しまった、と思ったがもう言ってしまったものは仕方がない。
ちっと舌打ちをしてからだんまりを決め込んだ。
「……ロリコンが」
またも不名誉な称号を贈られてしまう。
もっともこれは毎度のことなのであまりダメージにもならないのだが。
しばらく無言のまま操縦桿を握る。
いつも以上に重い空気の中、俺は戦闘機を隊列を乱さないように飛び続けた。
やがて地平線の向こうに、敵が、オームが顔を出し始める。
現在、彼我の距離はだいたい六十数㎞。60㎞地点から煙幕を張ってレーザーを防ぎつつ更に2、30㎞ほど距離を稼ぎ、最終的には俺たち戦闘機部隊が突っ込んで敵に対レーザーチャフ弾を撃ち込み敵の長距離攻撃を無効化する。
そして最後のトドメに桜花が出張り、火山の様な形をした基地型のオームを破壊したら作戦成功だ。
この作戦が成功すれば、中国地方一帯からほぼオームを駆逐することが出来る。そうなれば、日本海側に存在するメタンハイドレートをかなり安全に採掘することが出来るのだ。日本のエネルギー事情は一気に改善され、人類側の更なる攻勢へと繋がるだろう。
まさに分水嶺、現代における天王山の戦いというわけだ。
「来たぞ来たぞ来たぞ!」
そんな決戦を前に、興奮した大木が先ほどまでの空気など吹き飛ばすかのような大声をあげる。
「はしゃぐな」
そう言いつつ俺はペダルを軽く踏んでほんの少しだけ機体を加速させ、煙幕の為の準備を進める。
強化プラスチック越しに隣の戦闘機からサムズアップでやろうぜとエールが送られて来た。
間違いない。この場に居る全員、やる気と歓喜に満ち溢れているのだ。
通信機がノイズを吐き出し、今まさに開戦の号砲が――。
『状況開――』
ぶった切られた。
富嶽の左側に取り付けられたエンジンの内の一基が、突然轟音と共に光と炎をまき散らす。
――敵の先制攻撃? でもどうやって……?
そんな疑問の答えが得られるよりも早く俺の体は勝手に動き、富嶽の前に機体を滑り込ませていた。
「煙幕発射! ――お前らもやれぇ!!」
大木が煙をまき散らし始めるが、それでも富嶽への攻撃は防ぎ切れていない様で、更に新たな爆発が起こる。
間違いない、敵の攻撃だった。
奴らの攻撃はレーザーが主であり、大気中ではかなり威力を減衰される。更には直進しかしないため、地平線を盾にしていれば、攻撃は防げるはずだった。
「まさか進化したのか!?」
「知るかっ」
オームはシリコンと金属で出来た生命体だ。そう、機械ではなく生命体。
人間が三本腕になれないように、オームも新たな機能を獲得するには万単位という長い時間が必要だと言われていた。
だが、現実はこれだ。
「んな事考えてる暇があったら操縦に気を入れろっ!」
「――っ。了解!」
機体を揺さぶり、煙をなるべく広範囲に拡散させる。
富嶽を守れなければ、作戦は失敗してしまう。
だから……。
「つっ」
右目に一瞬だけ強力な緑色の光が飛び込んでくる。
間違いない、これは戦闘機型オームのレーザー光。遠すぎて威力がもはやゼロに近いのだろう。
「――そうかっ!」
やつらは新しい機能を獲得したわけじゃない。
今までの機能を使って一度限りの戦法を使って来たのだ。
恐らくここぞという時の為に、ずっと温存していたのだろう。
何万、何十万という小型レーザーの焦点を、富嶽だけに集めた。そうやって、一か所だけを攻撃したのだ。機械によるダメージコントロールなんて機能が付いていない富嶽は、エンジン外壁の温度上昇を感知できない。
だから爆発するまで気付けなかったのだ。
「大木っ」
俺は自らの考えを大木に伝え、富嶽にも機体を細かく移動させる様伝える。
これで長距離攻撃は防げる。今後もこの長距離攻撃は人類には効かない。所詮小手先だけの誤魔化しだから。
だが、この作戦だけは、今回だけは……。
『プランBへ変更。繰り返す。プランBへ変更』
プランB。戦術水爆によって一時攻撃を行い、敵の数を減らしてから対レーザーチャフ弾を使用し、後はプランAとほぼ同じ。
だが――。
「由仁と美弥だけか……」
基地攻撃に使用される桜花は、由仁と美弥の二機になってしまう。
攻撃成功の確率は格段に下がるだろう。
それはつまり、あの二人が無駄死にしてしまう事を意味していた。
「チャーリー1からチャーリー3へ。煙幕引継ぎ準備っ。あと10!」
『チャーリー3、了解っ』
大木が通信機に怒鳴り声をぶつける。
通信機もそれ以外の音声がひっきりなしに入ってきており、全員が相当混乱している様だった。
ただ先制パンチを許しただけだというのに。
人が死に過ぎてマンパワーが不足しているからだろう。
これでは例え、作戦を中止して戦力を温存しても次成功する保証は無かった。
いや、今回成功しないのなら、今後絶対に成功しないだろう。
その確信が、俺にはあった。
だから俺は腹を決める。
「大木」
「なんだっ」
「お前の命、寄越せ」
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