第24話 先に逝って、待っててあげる
「それで恋。あなたにはお花の手入れの仕方なんかを覚えて欲しいの」
「うん」
お花の手入れはもはや私の日課になりつつあった。
私はお花に対してそこまで興味は無かったというのに、だんだん大きくなって来るお花を見ていたら、なんだか私も勇気づけられる気がして好きになってしまったのだ。
「お花の名前はレンゲソウって言って、あなたの名前が入っている綺麗なお花らしいわ」
「そうなんだ」
引っ込み思案な恋は、最初に騒いでいたのが嘘のように、大きく感情を顕わにして喜んだりはしない。
口の形を少し変える程度の変化で、小さく笑うのだ。
そんな笑い方は、既に亡い陽菜を思わせ、少しだけ懐かしく感じる。
「私はそのお花を見たことないから……私が見られなかったら代わりに見届けて欲しいの」
「……分かった」
図鑑で調べたり先生に頼んだりすれば、きっと写真を見る事ができるだろう。
でもなんだかそれは味気ない気がしたのだ。
「それじゃあ――」
私は恋と一緒に宿舎の裏側に回り込み――。
「…………なんでいるのよ」
「…………よお」
また水原誠と顔を合わせる事になってしまった。
「お前らの指導するために、俺の時間は空いてんだよ」
そういえば私は今日も訓練をするつもりで訓練室に向かったのだ。
そうしたら先生から作戦の発動を伝えられ、私物を整理することになった。
なるほど、それならば水原誠も急遽予定が空いてしまうのかもしれない……がだ。
「時間が空いてたらなんでここに来るのよ。毎回ここに来る必要はないでしょ!?」
「ここは元々俺とっときの場所だったんだよ」
水原誠はそう言うと、相変わらず口にくわえているプラスチック製の禁煙パイプから息を吸い込み……だぁーとわざとらしい声を出しながら吐き出した。
……今日はリンゴの匂いなんだ。
「それに俺も一人じゃそんなやる事ねえんだよ」
「……大木信二とかいう人はどうなのよ」
護衛機は複座型であり、操縦者と砲手が存在する。
水原誠は操縦を担当しており、砲手には大木信二とかいう筋肉ダルマ――水原誠談――が着いていて、そこそこに仲がいいと聞いていたのだ。
「……アイツとは顔を合わせすぎたからいいんだよ」
……目を逸らした時点でそれが嘘だとバレバレだった。
というか多分、水原誠は知っているのだろう。私が使われるという事を。
「ねえ、もしかして貴方は私の事心配してくれたの?」
「はぁ!? ち、ちげーよ。なんで俺がお前を心配するんだよ!」
「……過剰に反応しすぎ」
人に心配されるだなんて少し不思議な気持ちになって来る。別に、悪い気はしないのだけれど。
しばらくジト目で見続けてやったら、水原誠は居心地が悪そうに身を揺すったり、あーとかうーとか言ってみたりと、明らかに不審者と化してしまった。
面白いので、そのまま見続けてやっても良かったのだが、私にはやらなくちゃいけない事が他にある。
水原誠は放っておいて、私は恋の方へと向き直った。
「恋、説明するから、用意はいい?」
「……水原さんは?」
「放置でいいわよ」
「良くねえよ」
水原誠はそう言ってからガシガシと頭を乱暴に掻き、あーっ! と大声を出して恋を少し怯えさせたあと、私の目を正面から見た。
「そうだよ、お前を心配したんだ。悪いか!」
「あなたが怒る話じゃないでしょ。というか邪魔しないでよ、私は忙しいの」
ぴしゃりと言って黙らせると、恋への説明を再開する。
水をあげたり雑草を抜くなどの手入れのやり方、肥料の話や花が咲くのがいつになりそうかとか、とりとめもなく恋に話していく。
恋はふんふんと頷きながら、興味深そうに緑色のつぼみを付けたレンゲソウを見つめていた。
そしてあらかた話し終わったところで……、
「とにかくお前に話がある」
なんて、また水原誠が割って入って来た。
「まったく。言いたいことがあるのなら始めから言いなさいよね」
「なんか、気を使ってたのが馬鹿らしくなるぐらいお前は気にしてねえんだな」
きっとそれは、私が死ぬことについての話なんだろう。
パイロットの彼は、運がよければ生きて帰る事が出来る
でも私は違う。確実に死が待っている。
1週間後、私は死ぬのだ。
かもしれないと絶対の差は、大きい。
でも、それがどうしたというのだ。
私にはこうして私が居た証になってくれる存在が居る。
私の事を覚えていてくれる先生が、安寿博士が居る。……一応、水原誠も私の事を覚えてくれる人の中に入れてあげてもいいかもしれない。
それがあるから、私は怖くなんてない。
逝ってもいいって思える。
「なに? しおらしくして、怖いのぉって言ってほしかったの?」
「いや、そういうわけじゃねえけど……」
「じゃあいいでしょ」
ちょっとだけ、思う。
美弥はどうなんだろうって。
あの子は死ぬことを嫌がっていた。
それを私はあまりよく思っていなくて、喧嘩もしたのだけれど……。でも、自分が生きるために、他人に迷惑をかけるなんて事はしなかった。美弥が願っているのはそういう事じゃなかった。
先生に会いたい、守りたい、一緒に居たい。だから死ねない、死にたくない。
彼女はそんな相反する願いと想いを持ってしまっていて、どうしようも出来なくなっていたのだ。
私はそんな美弥の想いが、少しだけ理解できてしまっていた。だから、私は振り切ったのだ。振り切って、覚悟を決めて、守る事だけ考えるようにしたのだ。
迷って守れない方が辛いから。
「できれば、笑って送り出して欲しいかな」
「無茶言うな」
無茶なんだ。
それってつまり、私の死を悲しんでくれるってことかな。
……少し嬉しくて、少し辛い。
「……昔こういう時には、靖国で会おうって言ってたらしい」
「何それ」
「……人間には魂があって、死んでも魂だけは残るんだ。そして、靖国神社ってところに集められて……英霊として祭られるんだと。よくは知らねえけどな」
水原誠はその後もぶつぶつと、行った事ねえし見たこともねえからなとかなんとか色々言い訳をしている。
「私は生体誘導機なんだから、その魂っていうのは持ってないかもね」
「お前たちのどこをどう見れば魂を持ってない人間だって言えるんだよ」
水原誠の声には少し怒気の混じっている。
何に怒っているのかは、考えるまでもない。
「俺は何と言おうがお前らを人間だと思ってる」
それは私の考えであったり、この生体誘導機というシステムそのものであったり……。とにかく私の事を否定する全てに対して怒ってくれているのだ。
でも――、
「だから、お前は靖国で待ってろ。あとで俺が迎えに行ってやる」
まさかそんな事を言われるなんて思ってもみなくて、私は一瞬ぽかんとした後、
「…………ふふっ。あはっ……あははははっ」
たまらず笑いだしてしまった。
だって大の男がこんな風にあるかもわからない魂について真剣になり、挙句こんなことまで言い出したのだ。
「わ、笑うなよ」
「無理っ。ふふふ……だって、そんなロマンチックな話を真面目腐ってするんだもの」
「はぁ!?」
魂があって、しかもその魂を迎えに行くだなんて、美弥が大好きな恋物語のようなお話ではないだろうか。それをこの男は恥ずかしげもなく言い切ってみせたのだから……。
今の顔を鏡で見せてやりたかった。きっと水原誠は正気に戻った後、恥ずかしさのあまり航空燃料を頭からかぶって全身を冷やそうとするんじゃないだろうか。いや、顔から出た火で焼け死ぬ方が先かもしれない。
「もしかして、水原さんは由仁さんの事が好きなの?」
「はぁ!?」
ずっと不思議そうに私達の事を見ていた恋が、唐突にそんな事を言い出した。
「だって、心配だし死んでも迎えに行くって、博士さんの教えてくれたお話にそういうのあったよ?」
「中村管理官は子どもに聞かせてもいい話かどうか、もっと考えやがれ!」
ちょっとだけ考えてみる。
私と水原誠は背丈が随分違う。年齢も私は出来てから一年くらいしか経っていないから、20以上は離れている。
一応私の体は女で、水原誠は男。
…………これで恋愛って出来るのだろうか。そういう事はあまり考えたことがないのでよく分からない。
というか、さっきから恋と水原誠の会話を聞いていて思う。
「あなた、否定しないんだ」
「――――お前は戦友だ。それ以上でもそれ以下でもねえ」
これは……否定なんだろうか。
否定されてるようで否定し切れていない気がする。
もしかしてこの男は本当に……。
「ロリコンって病気にかかってる男の人は危ないから近づいちゃダメって博士さんに言われた」
「俺はロリコンじゃねえ! もっと胸と色気のある女が好みだ!」
「あんた、年端もいかない女の子二人の前でそういう事言うって、その時点で犯罪者じゃないの?」
「ぐっ」
ああ、なんだか面白い。
美弥がよく私をからかってきた気分が理解できる。
こんな風にムキになるのを見ていると、なんだか優越感というかそういう説明のしにくい楽しさを感じてしまう。
もっと話していたいけどやらなきゃいけない事もあるし……。
ちょっとだけトドメを刺してあげようかな。
「ねえ」
「なんだよ」
「死んだらどうなるか分からないけど、靖国ってところで待っててあげてもいいわよ」
返事は、ない。
水原誠の表情は、今まで見たことがないくらい最高に――――顔で、
「だから絶対、後から迎えに来てね」
私は、色んな想いを込めて、そう言ったのだった。
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