第27話 一人じゃない

 揺れる。轟音。揺れる。落ちる。


 何が起きているのかは全く理解が出来ない。


 桜花に搭載されている短距離用通信機では、富嶽内の会話がわずかに聞こえて来るだけだ。


 いずれにせよ、ここまで異常な状況で命令も無いのだから最悪を想定しておいた方がいいだろう。


 そう考えていたら、右隣りに吊るされていた美弥の機体が富嶽の中へと格納されていく。作戦が中止される様な事態に陥ったのかもしれない。


 何もしないままに事態が終わってしまうのは、これで二回目だ。


 一度目は陽菜が終わらせてくれたため、勝利を味わう事が出来たのだが――。


「きゃっ」


 轟音が響くと同時に機体が大きく揺さぶられ、体がかしいでいく。


 固定された体の動く範囲で上を見上げ……、美弥の機体が不自然に折れ曲がっているのを見てしまった。


「美弥っ」


 叫んでみても、声が返ってくることは無い。


 美弥が無事なのか、いや、そもそも生きているのか……。


 思わず日和そうになる心を叱咤し、自分の存在理由を思い出す。


 そう、私はオームを駆逐して、恋に、安寿博士に、そして先生に。少しでも平和と時間をプレゼントするのだ、と。


 だが、そんな気持ちとは裏腹に、現実は無情にも私の望みを打ち砕く。


 自由落下とまでは行かないまでも、かなり近い現象が起きていた。


 ――ああ、負けたんだ。


 ここまで富嶽がボロボロにされているのだから当然だろう。


 ――納得いかない。


 仕方ない。


 ――私は何もしていない。


 諦めるしか……。


 ――いやだっ。


『由仁っ! いくぞっ!!』


 突然、通信機があの男の、水原誠の声を吐き出した。


「なにアンタ、こんな所にまで居るの!?」


 言ってから、こちらの通信機は受信専用な事を思い出す。


 だが、この通信機が電波を拾うという事は、かなり近い距離に彼が居るはずで……。


 ガガガガッ! っと激しい銃撃の音と共に、桜花が微細な振動を伝えて来る。


 何が起こっているのかまったく分からなかったが、恐らく水原誠が何かしているのだ。


『クレーンをぶっ壊す! 一緒に突撃するぞ!』


 ……一緒にって。


 なんて聞き返す暇などない。


 体がふわりと浮き上がる。


 つまり、今私は自由落下しているのだ。


 それは――!


「由仁! いくわよっ!!」


 私は左のレバーを強く引いた。


 それにより、桜花に搭載された固形燃料に火が入る。


 一瞬の間の後に先ほどまで感じていた浮遊感が消え、体が思いきり後方へと押し付けられた。


 私は、桜花は、飛べるのだ。


 それはこの手で未来を掴み取れることを意味していた。


 右手で操縦桿を操り、目の前に居たオームを躱す。


 1、2、3……数えるのも馬鹿らしくなるくらいのオームの間を突き抜けていく。


 目標となる火山の様な形をした基地型のオームは……まだまだ遥か先。火口の様な頭頂部が小さく見えるだけだ。


 シミュレーターの表示していた物より遥かに小さい。


 体感だが、距離は30㎞を越えているだろう。


 確実に訓練の時よりもキツイ状況に置かれていた。


 ――いや、違う。


『お前は気にせず進めっ。俺たちが援護してやるっ!!』


 背中を任せられる戦友が居る。


『生きてる連中は桜花を援護しろぉっ!!』


 水原誠のものとは違う野太い声。


 多分、大木信二とかいう人のものだろう。


 私達以外にも友人と呼べる人が本当に存在していたのだと少し失礼な感想を抱いてしまい、こんな状況だというのにも関わらず、笑いがこみ上げて来る。


 うん、これは水原誠が靖国とやらに来た時にからかうネタにしてやろう。なんて思いつつ――私は更に加速を始めた。


 フラップを操作して機体を傾けるだけでオームを避ける。


 機首を上げる――フェイントを入れてから急下降を行う。


 時に騙し、時に強引に。叩き込まれた技術を最大限に使って私はオームの群れを潜り抜けた。


 急に、圧力が消える。


 なるほど、敵は部隊を2つに分けていたのだ


 富嶽を攻撃する部隊と、基地を守る部隊に。


 だから次の敵は遥か先。そして、後方。


 後ろを見る事が出来ないのを歯がゆく思う。きっと私という飴に群がる蟻の如く、私の後を追いかけているに違いない。


 なら、回避運動をすべきだろうか。それとも速度を上げて振り切るべきか――。


『ケツは持ってやる! 速度を落とすなっ!』


 下品なんだから。先生とは大違いよね。


 多分、煙幕を張る事でレーザーの威力を減衰させて守ってくれるのだろう。


 後方から追いかけて来るオームに対し、ちょうど大昔の戦争で使われた母衣ほろの様な防御能力を発揮するはずだ。


 私は安心して……レバーを更に引き、機体を加速させた。


 強いGが私の肺をぎゅっと押しつぶし、息をする度に痛みが生じる。だが、正面に展開している戦闘機型オームの姿が見る間に大きくなっていく。


 ――来る。


 本能とか殺気とでも形容すればいいのだろうか。何かを感じた私は、機体を横にスライドさせた。


 分かる。何かが機体の横を通り過ぎて行ったのが。


 平べったいひし形――先生に言わせればエイの様な形――をした戦闘機型オームの正面中心に存在する目のように見える器官。そこから照射されたレーザーだろう。


 オームの厄介な所はこの音も衝撃もない攻撃をしてくるところだ。


 気付かない内に照射され、機体を溶かされてしまう。


 シミュレーションで何度爆散させられてしまった事か。


 しかし、シミュレーションよりも何故か避けやすかった。


「今っ!」


 肌がピリピリするような雰囲気がした瞬間、急激に機体を上昇させる。


 機体は恐らく、無事。


 息つく暇も無く、また次の殺気を感じ、更に、また更に。


 機体を複雑に操り、跳ねさせる。


 だが、段々とかわしきれなくなってしまう。


 一瞬緑の光が横切り、キャノピーを貫通して私のパイロットスーツがジュンッと悲鳴を上げた。


 まだダメージはない。ダメージは無いが……。


 捕らえられ始めた。


 シミュレーションより避けやすくとも、数は圧倒的に多い。そして、距離も長い。


 やはりダメなのだろうか。私では何も……。


『教えただろうがっ』


 ――機体を振れば振るほど速度が落ちて、到達できなくなる。


 水原誠の怒鳴り声が、思い起こされる。


 そうだ、私にはまだ……。


『使うぞっ! 乗れ、ガキっ!!』


 背後から前方へ向かって何かが撃ち込まれる。


 キラキラとした尾を引きながら、進むそれは――対レーザー用のチャフをばら撒くロケット弾だ。


 射程は500m。


 だが――。


「十分っ!」


 届く。


 それだけあれば、オームの群れの中に飛び込める。


 私は一つ目のレバーを完全に引ききり、2つ目のレバーへと手を伸ばした。


 ガコンと音を立ててカートリッジが入れ替わる。


 一瞬の空白の後……更なる加速をもたらした。

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