第17話 迷い子

「私の事、どう思ってるの?」


 そんな事を聞かれて思い出したのは、大木の罵倒だった。


 いや、俺はロリコンじゃねえ。


 そう脳内で否定したところで揺るぎない現実が手ぐすねを引いて待っている。


「なんだってんだ、急に」


 震えそうになる声を押さえつけ、無理矢理平気なふりをする。由仁の反応が変わらないところを見れば、たぶん成功したと言っていいはずだ。


「気になったから。悪い?」


「悪かねえがよ……」


 困る。とても困る。


 見た目はせいぜい10歳程度でどう見ても子どもだ。


 実際には作られてから1年と経っていないだろうから実年齢は1歳とでも言うべきかもしれない。


 さらには法的には自衛隊の備品であって、人間と同等の権利を持ってはいないはずである。


 どう考えてもそういう対象に見るだけで地雷な存在だった。


 とはいえ……それを正直に言えば傷ついてしまうだろう。


 相手はEE体。感情も自我も持ち合わせている、少女としか思えない存在なのだから。


「……普通だよ、普通。他の連中と同じだ」


 そう誤魔化しておくのが一番無難だろうと思ったのだが……。


 くしゃりと由仁の顔が歪む。


 何が気に障ったのかは分からないが、彼女を傷つけてしまった事は確かだ。


「あー、なんだ。そうだな。普通つってもな、俺がお前の事をあんまり知らねえからだ」


「……知ったら変わるの?」


「まあ、そりゃあ……」


 変わったら拙いがな。


 手でも出したら間違いなくクビ……にはならないだろうが毎日前線行きは確実だろう。


 つうか仲間内からロリコン野郎と馬鹿にされまくって社会的に死ぬのが先だ。


「じゃあ、私についてどんな事を知ったら変わると思う?」


「どんな事って……」


 俺が知るかと言いたい。


 かなり長い事ご無沙汰だったなとかそういう余分な事を頭から追い出し、なんとかこの状況を切り抜ける方法を考えて――でも焦って空回りするだけの脳は、時間稼ぎにもならない無駄な案すら生み出さなかった。


「が、ガキがそういう事考えるのは早えんだよ!」


「ガキってなによ。私達生体誘導機には子どもも大人も無いわよ」


 とりあえず強引に終わらせることは出来ないらしい。


 生体誘導機。


 情報をある程度インストールされているから大概の命令は理解するし、従ってみせる。しかし戦い以外の事になると完全に情報が欠落していて子どもかそれ未満に感じられてしまう。ひどく、アンバランスな存在。


 子どもでも大人でもなく、純真無垢な大人という矛盾した存在と表するのが一番近いかもしれなかった。


「えっと、だな」


 頭をガリガリと掻きむしりながら由仁の穢れを知らないであろう瞳を見る。


 その瞳に、そういう感情を見せるのは随分と気が引ける行為であったが、どうあっても避けられないらしい。


「とりあえず、顔は可愛いと思うぞ」


「……急に何よ。それが何か関係あるの?」


「まあ、決定打にはならねえだろうがある程度は関係あるだろ」


「ふーん……」


 間に禁煙具の隙間からオレンジに色付けされた空気を吸って、気を落ち着ける。


 あまりの気まずさに、禁煙具を口から取る振りをして顔を覆う。


「それから、お前は真面目な方だとは思う。少なくとも不真面目よりかは俺の好みだ」


 自分は子ども相手に何を言っているのだ。


 今すぐ知るかっと怒鳴りつけて逃げ出すか、首を括ってしまいたくなる衝動に駆られるが、それを我慢して話を続ける。少なくとも、はぐらかさずに居てやるのが大人の意地というやつだ。


「友達想いでもあるようだから、まあ、なんだ……悪くはねえんじゃねえか?」


 そうまとめてから咳ばらいを一つして、もう一度禁煙具を通して思いきり空気を吸い込むと、何故かとても甘ったるい気がして吐きそうになった。


「ねえ」


 子どもの頃に初めて告白した時でもここまで鼓動はうるさくなかったはずだ。


 どうにも居心地が悪くて仕方がなかった。


「どういう意味なの?」


 クソッたれ。


「お前をどう思っているかだろうが。これ以上どう言やいいんだよっ」


「……私は貴方が生体誘導機である私をどう思ってるのか聞きたかったんだけど」


「……………………」


 とにかくとてつもなく長く、どでかいため息が出た。


 そっちかよ。


 何のことは無い。コイツは色恋沙汰の意味で聞いたわけじゃなく、もっと根本的な意味で聞いたのだ。


 つまりは俺の頭がイカレてるだけだったというだけの話だった。


「あー…………」


 死にてぇ。


 今手元に拳銃があれば、ためらいなく自分の頭を吹き飛ばしているだろう。


 俺の馬鹿さ加減がほとほと嫌になる。


「お前は、戦友だよ」


 今度はすっと言葉が下りて来る。


 というか、これしかないだろう。


 命を預けている味方だし、例え仲が悪くとも信用してうまくやらなきゃならない存在だ。


「戦友?」


「ああ、それ以上でもそれ以下でもねえよ」


 生体誘導機は一方的にこちらが利用して使い捨てる存在なのだから、むしろ俺が嫌われても仕方がないことだというのに、この少女はそんな事をこれっぽっちも考えていなさそうだった。


「友達……?」


「そうだな」


 友達という言い方は、少し照れ臭いものがあるが。


 なんとなく、気まずくもこそばゆい空気が流れる。


 しかしそれは、別段居心地の悪いものではなかった。


 由仁も同じだったのか、そうなんだと呟きながら何度も確認するように頷いている。


 戦友とか、友達という響きは彼女のお気に召した様だった。


「私が生体誘導機でもそう言ってくれるんだ」


「お前を物だと意識した事はねえよ」


 生体誘導機の事を上層部の人形などと陰であしざまに言う者も居るが、少なくとも俺は違う。


 さっき色恋沙汰だと勘違いしてしまう程度には、由仁の事を人間だと、一人の少女だと認識していた。


「そうなんだ……」


 由仁はそう呟くと、嬉しそうに頬を染める。


 最初ここで彼女を見かけたときは、暗い表情で死ぬだのなんだのと随分物騒な事を呟いていたから心配したのだが、どうやら今はそんな気分も失せたようだ。


 感情がコロコロと良く変わる所は歳相応に見えた。


「あ、でも戦友とさっきの顔がどうとか真面目が好みとかっていうのは…………」


 クソが。余計な事に気付くんじゃねえよ。


 俺は由仁の気を逸らすためにどうするべきかを考え、とっさに出来たことは――。


「咥えてみろ」


 ポケットの中から新しい禁煙具を取り出して包装紙を剥き、由仁の口先に突き出すことだった。


「え?」


 問答無用で口に突っ込んで黙らせる。


「吸うんだ」


 プラスチック製のパイプの中に、天然由来の香料を染み込ませた綿が入っているだけの代物だ。


 体に悪いものは含まれていない。


 ためらいを見せている由仁に先んじる様に、俺も軽く咥えて居た禁煙具を吸い上げる。オレンジの爽やかな芳香が口いっぱいに広がって心地いい。


 由仁も俺の真似をして禁煙具を吸って、


「スッとするわね」


 そう感想を漏らした。


「やる」


 由仁の興味を移すことに成功出来たのか、それ以上俺の黒歴史を掘り返す事はしない様だった。


「……ありがとう」


「三日以内に中の綿を捨てろよ」


 ついでに禁煙具の使い方を言い添えておく。


 中学生を不良に引き込む高校生の様な感覚、味わう事の出来なかった青春はこんなものなのだったのかと考えながら、念のためにと次の話題を探すのだった。

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