第8話 死の恐怖と新たな命
「中村生体調整管理官、こちらもお願いします」
「はい」
敵対的外宇宙生命体、通称オームとの戦争が始まって12年という時間が流れている。その間、人間は一方的にやられていた。
つまるところ、医師などの特殊な技能を持った人間の数は少ない。
私は普通の生体誘導機の検診に駆り出されていた。
いつもの担当官は風邪で倒れてしまったとの事で、生体誘導機も感染していないかを調べねばならないのだ。
「12番、来て」
「はい」
生体誘導機は命じればその通りに動く。理不尽な命令にも顔色一つ変えずに従う。
無茶な命令にもとりあえず従い、やって出来ない場合はその場でフリーズするか挑戦を続けるか、個体によってさまざまだ。
ここら辺は生物なのだから個体差なのだろう。
その個体差が特に大きく出たのが美弥たちの様な感情・自我発露固体。通称EE体だ。
だが、本当にそうなのだろうかと思う時がある。
目の前の生体誘導機の、何を見ているのか分からない瞳やピクリとも動かない表情を見ていると、人として必要な何かが完全に欠落している様に見えるからだ。『ない』と『ある』には強弱とは違い、大きな隔たりが存在する。
『存在しない』ものは何をしても『存在する』にはならないのだ。
「口を開けて」
私の指示通りに口を開けた12番の口腔内を照らして喉の奥を覗き込む。
赤くなってはいない。
リンパなどを触ってみても腫れている様子はないので現在発症はしていないと結論付けた。
私は手元の用紙に、要経過観察を意味する要とだけ記すと12番に指示を出してから13番を呼ぶ。そうやって次から次にこなしていると、私の下へ恰幅の良い男性が薄ら笑い――私の偏見だが――を浮かべながら歩いて来た。
階級は1等海佐で、桜花部隊の総責任者の様な立場の男だ。
私はとある理由からこの男が好きではなかった。
もちろん、脂ぎっているとか、少々馴れ馴れしく私に近寄り過ぎだとか、貧相すぎる私の胸を性的な目で見てくる事は関係ない。……あまり。
「中村君、どうだね」
一応私は生体調整担当官で、3等海佐程度の権力は持っている。つまり悲しいかなこの男は私よりも階級が高く、上司の様な立場になるわけだ。
「岡島1佐。どう、と言われましても何を言えばいいのか分かりません。風邪を発症している個体は現在4体です」
「ああ、すまんすまん。EE体はおったかね?」
この男はよくこういったことを聞いてくる。
EE体が目覚ましい戦果を挙げることで、この男の評価も上がるため、EE体が居て欲しいのだろう。
唯人がどれほど魂を引き裂かれるような想いであの娘たちと接しているか知りもせずに。
だから私はこの男が嫌いなのだ。
「見ただけでは分かりません」
これは事実だ。私は肉体の専門家であって、内面の専門家ではない。
唯人の方を連れてきた方がもっと分かる可能性は高いだろう。絶対に連れてくるつもりはないが。
「そうか。EE体がいない方が扱いやすいかもしれんが、まったく出てこないのも問題だからねぇ」
「死の危険を味合わせると分かりやすいですから、ナイフで腹部を即死しない程度に刺せば何かしら掴めると思います」
「それはおっかないねぇ」
そう言って、岡島一佐はフランクフルトのように太い指がついた両手を頭の上へ上げる。どうやら私の言葉を冗談か何かだと思っているらしい。
掛け値なしに本気で言っているのだが。
人間の感情が一番強く現れるのは、死への恐怖なのだから。
「何か分かったら報告をくれるかな」
「はい」
岡島一佐はそう言い残すと上機嫌で去っていった。
「EE体の任務達成率が高いのは、EE体が理由じゃないんだけどな……」
生体誘導機は命令に従い、機械の様に機能する。
でもそれだけで、死んでもやり遂げるとか、絶対にやってのけたいという気迫ややる気がゼロなのだ。
じゃあEE体が全員そうなのかと言うと、全然違う。
全ては唯人が我慢強く宥め、育み、愛し、そして…………詐欺師の様に騙し、特攻をかける事が素晴らしいことだと教え込むのだ。
そこまでしてようやくEE体は最高の兵器となる。本当に、人間と何も変わる所がない。
でもそれは、善意の塊みたいな優しいあの人にとって、とても辛い事。
特に、過去の事もあるのだから、いつ唯人の心に限界が来てもおかしくないだろう。
「でも人類全てと唯人一人を天秤にかければ……」
答えは決まっている。
たった一人の人間の命が、心が、地球より重いなんてことは無い。
二人と一人ならまだ近しい人を選んでも仕方ないかもしれないが、30億人と一人ではくらべることも出来なかった。
そんな事を冷静に考えて、しかも実行してしまっている私が、とっても嫌いだ。
「中村生体調整管理官」
少し物思いにふけり過ぎていた様だ。
私の前には生体誘導機たちがずらりと並んでいる。
私を現実に引き戻してくれた整備員へ謝罪とお礼を軽く言った後、私は自分の職務に戻ったのだった。
すべての生体誘導機を
扉を閉め、鍵をかける。
これで誰もこの調整室へは入って来られないはずだ。
私は一息つくと、調整室の中へと向き直る。
入ってすぐ左手には簡素なスチール製のデスクと椅子が設置されており、椅子の前には
その後ろには、学校の保健室のような周囲をカーテンで覆われたベッドが二つ。
右手には大きな装置と機械的な棺桶のような物があり、部屋の名前の通り、生体誘導機の様々な調整を行う事が出来る様になっていた。
そんな部屋を横切って、左手一番奥のベッドへと向かう。
カーテンを引くと、そこには点滴を受けて静かに眠る少女の姿があった。
そう、先ほど見た生体誘導機の中にEE体は居なかった。しかし、全ての個体の中に、新たなEE体が居ないとは言ってはいない。
この個体は先ほどの戦闘で出撃を経験し、撃墜されて死の恐怖を味わった結果、自我に目覚めた個体だ。
そもそも、出撃を経験して生き残る事自体が稀である。
更に感情に目覚めたとなれば稀有も稀有な存在だった。
ただ、恐怖で目覚めた固体は多少始末に負えない事が多い。ほぼ常時パニック症状に襲われ、恐怖に駆られるまま、暴れ回る。
このる号生体誘導機25番もその塁に漏れず、ひたすら泣き叫んでいたのだ。だからこうして薬を使って眠らせている。
点滴を外せば一時間もしない内に目を覚まし、大声で泣き叫びながら暴れ回る事だろう。
人間的に言えばPTSDを負っているのだが、それを乗り越えてまた特攻を出来る様になった事例は……あまりない。
ちょうど陽菜がそれだったのだが、通常の生活が送れるようになるのに要した時間は半年。そこからコックピットに乗れるようになるまで三か月。訓練ができるようになるのに同じだけかかると、合計で一年もの時間がかかった。
それで早い回復を見せた方だ。
普通は回復せずに、そのまま衰弱死してしまう。
だったらいっそこのまま眠らせてあげた方がこの誘導機にとって幸せかもしれないのだが……。
「唯人は嫌がるわよね……」
自分が傷つくと分かっているのにこういった誘導機の命はそれでも助けたがるのだ。
どうせ先は長くないというのに。
マゾヒストなんじゃないかと思う。
まあ、ベットでは意外と容赦なく攻めて来るタイプなのだが。
「ねえあなた、会話くらい出来る?」
意識の無いこの誘導機は答えてくれなかった。
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