第9話 る号生体誘導機・25番

「この子が?」


「そう」


 僕はSF染みた鉄製の棺桶――調整装置に横たわっている少女を眺める。


 顔はクローンであるため美弥たちと完全に一緒。おかっぱ頭に近い髪型をしているため、寝姿は陽菜を思わせた。


 ……彼女は既に人類へと命を捧げてしまったため、もう既に亡い。そんな少女の事を思い出してしまい、少しだけ胸の奥が疼く。


「る号生体誘導機・25番。彼女は敵機と空中激突して爆発したあおりを受けて墜落。その際たまたま木がクッションになって命を取り留めたの。そして――」


「死の恐怖から感情が生まれたのか」


「そう。で、そんな子たちに共通して、この子もパニックに陥っているわ」


 安寿の説明によれば、一度試しに目覚めさせたのだが、手が付けられないほど暴れ回ったとの事だ。


 部屋の奥にあるベッドを覆い隠しているカーテンが、全て無くなっているのはそういう理由からだろう。


「だから、ちょっとだけ試しに陽菜の思考パターンを入力してみたの」


 EE体は定期的に脳から記憶データや脳の状態そのものを記録している。


 それを安寿達が分析することにより、生体誘導機が感情や自我を発現させる原因を究明し、今後生産される生体誘導機たちへとフィードバックしていた。


「なんでそんな事を?」


「あの子、他よりも回復が早かったじゃない。その思考パターンを使えば、パニックになるのを抑えられるかと思って」


「……ちょっと危険じゃないかな?」


 思考や脳の状態は個人によってだいぶ違う。無理やり当てはめたら廃人になってしまう可能性すらあった。


「まだ発現したばかりだから、たぶん影響は少ないわ」


「そうであることを祈ろう」


 パニック状態を陽菜の様に半年も続けるのはかわいそうだ。


 もしこの処置によってパニックを起こさずに済むのならそれに越したことはないだろう。


「それじゃあ起こすから準備しておいて」


「分かった」


 言われて僕は棺桶――調整用のポッドの反対側に回る。


 万が一暴れても、この子を受け止める事が出来るはずだ。


 安寿がポッド横に設置された機械を弄る。それによって、キュゥゥンと少し犬のような唸り声をあげて、この名前の付いていない少女の意識を奪っていた装置が止まった。


 僕は手早くヘルメットのような物を取り、額や首の後ろに取り付けられていた電極を引き抜いていく。本来ならばある程度手順があるため安寿がやるべきことなのだろうが、何度も調整を見て覚えてしまっていた。


 二人そろって少女が目覚めるのを無言で待つ。


 時計の秒針が二周ほどしたくらいだっただろうか、少女のまぶたがぴくぴくと震え始める。そして――。


「ん…………」


 目が、開いた。


「おはよう」


 出来る限り敵意が無い事を分かってもらえるよう、二人で精一杯の笑顔を見せる。


 少女はそのまま視点の定まらない瞳で僕たちを呆然と眺め――突如として見開かれた。


「唯人!」


「あああぁぁぁぁぁうやうわぁぁぁっ!!」


 意味を持たず、言葉にすらなっていない悲鳴を叫ぶ。


 彼女の心の中はきっと恐怖のみが渦巻き、世界の全てが恐れの対象であったのだろう。


「大丈夫、大丈夫だから」


 僕は慌ててもがき始めた少女の体をポッドから落ちない様に抱きかかえる。


 だが、少女はそれすらも恐ろしいのだろう。必死に手足を振り回して暴れる。


「唯人、ベッドへ」


 少女があまりに暴れ回るため、ポッドが斜めになり体勢を崩しかける。


 僕は足をあげてポッドが台座から落ちないように支え、少女に何度も大丈夫と囁きながら腕を掴んで拘束を強めた。


 意識の無い間にベッドへ運んでおかなかったことを今更ながらに悔やみながら、安寿と協力して移動する。靴も脱がずにベッドの上へあがると、三人でもつれ合いながら倒れ込んだ。


「ごめんごめん、怖かったね」


「もうここは安全よ、安全」


 二人して声をかけ続けても、少女は悲鳴を上げ、暴れ続ける。


 まだ普通に感情を持っている人間であれば、時間が経つことで収まるだろうが、元々感情が希薄で操る術を知らない生体誘導機であった存在はそうもいかない


 恐怖という感情を始めて持って、それしか知らないのだから、ずっと恐怖を抱いたままなのだ。


「つっ」


 防衛本能のままに、少女が僕の腕に噛みついた。


 肉が千切れるというほどではないが、皮膚の下まで歯が潜り込んできてかなり痛い。


 それでも僕は笑顔を崩さず少女を宥め続ける。


 噛まれた腕をあまり動かさないように、足で少女の下半身を挟んで行動を抑制し、空いた腕で少女の頭を撫で続けた。


「あはは、いったった。強いねぇ」


 安寿が無理に笑顔を作りながら引っ掻かれた手を振り、反対側の手でずっと少女の肩口辺りをぽんぽんとリズムを付けて叩く。


 子どもの感情に合わせて最初は早く。それからごくわずかに速度を緩めていき、最後はゆっくりと叩くことで落ち着かせるという子どもを宥めるための手法を試すつもりなのだろう。


「ん~~~~っ」


 僕も胸を押しあて、心音を聞かせてみる。


 そうやって、とにかく使える限りの手段を使い、少女が落ち着くよう努めた。








 ずっと話しかけ続けていたため、時間がどれほど経ったのかは分からないが、どうやら少女は体力が尽きて来たらしく、暴れる頻度が落ちてきたようだった。


 だがそれは落ち着いたというわけではない。


 暴れる事が出来なくなっただけ。いずれは野生動物の様に体力を消耗しつくして衰弱死する可能性も考えられた。


「安寿さん、この子の体力的に後どのくらいこうして居られる?」


「……多分、あと30分が限度よ」


「じゃあ20分でダメだったらもう一度」


 点滴などで栄養補給をし、薬を使ってでも眠らせて体力を回復させるしかないだろう。


「そうね」


 安寿と目配せをしてこれからの行動を決める。


 これは何度となくやっている為、二人共慣れたものだ。


「安寿さん。最後に陽菜が好きだったものを試してみたいんだけど、持ってきてもらう事は出来るかな?」


「ええ、手に入るものなら」


 少女を押さえ付けているのは僕だけなので、安寿は離れる事もできる。ただ、一人になったことで逃げだすチャンスだと思って暴れる可能性は十分にあり得た。そうなれば、20分を持たずに眠らせなければならない。


「花と絵本が好きだったから、その2つを」


「絵本は訓練室にあるからいいとして、花って……」


 この世界は滅びかけている。花などを生産している人は少ない。


 野の花などは手に入るかもしれないが、外まで走って行ってどこにあるか分からない花を探してくるのは現実的とはいえなかった。


「英霊の方々からおすそ分けしていただく、というのは出来るかな?」


 先日の戦闘で亡くなった人たちを弔うために名前を書いたプレートが基地内には存在していた。その足元にいくらか献花されていたことを思い出して提案してみたのだが、我ながら随分な手段だと思う。


「うわぁ、罰当たりな事をよくも考えつくわね」


「これからを生きる人のためだから英霊の方々も分かって下さると……」


 いいな、なんて思う。


「……分かった。行ってくるわ」


「ありがとう」


「きちんと係の人か何かに言ってからもらってくるわよ。さすがにくすねたりはしないからね」


 一瞬自分が行こうかなとの考えが頭をよぎったが、少女を抑えるのはやはり男である自分の方が良いだろうと思い直す。


「りょうかい」


「任せて……今から素敵な物を持ってくるから待っててね~」


 安寿はそう少女に告げると、驚かせないようにゆっくりと移動して扉の向こうへと消えていった。

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