第3話 希望
――彫金のデザイン画に、北斎の浮世絵をとり入れてみた。
遠景の富士山をトップに配置し、細かい細工をほどこして、近景の白波を表現。
どうかな? これを指輪にするのは新しいかもよ?
波間のしぶきや、富士山の頂にゴールドかピンクゴールドをあしらいたい。
両方でもいい。
デザインは、自分の目と心でつかまねばならない。
彫金を始めてから、外出も増えた。
私は北斎の絵をとり入れたブランドを立ち上げたいが、資金がいる。
それはフリーマーケットの売り上げでは無理だし、アトリエを担保に金融機関から借りるというわけにもいかない。
今少し、時間はかかるが、とりあえず、人の認知の及ぶところに、作品を並べておかなくてはならないから、デザインだけでも次々描く。
そう、たとえば、北斎の構図だけかりて、波の近景を別モチーフで表しても良い。
紅葉や葛、銀杏や南天、南国の花もいい。
梅、桃、桜、トルコ桔梗にラベンダー。
土地柄や季節にあわせて選べるものもいいだろうし、正装やカジュアルにも併せられるようにしたい。
想像する――。
どんな髪型で、どんな装いの人がこれらを身に着けてくれるだろうか?
浮世絵ばかりでは年代が限られそうだ。
若い子から、和装の似合う年代まで、幅広く楽しんでもらいたい。
今、自身でこれらの企画をなしとげる力はないが、デザイン画をもって、誰かに見せてもいいし、好評ならば、コンテストに出してみてもいいだろう。
それだけ自信作だ。
これが誰かの目に叶ったなら、どれだけ幸せだろう――。
やっぱり私はこちら側の人間なんだ。
このコンセプトで『HOKUSAI』というシリーズにして、ブランドを立ち上げられたら最高だ。
コネも、実績もない私では、長くかかるだろうが、それでも。
そのために、長生きしたい。
できうる限り、現役でいたい。
つくりつづけたい。
周囲はハードスケジュールであわただしい。
年よりはおとなしくしていろと、医者でもない知人が忠告してくれるが、そういうヤツも年よりだ。
太ったくらいがなによ。きたえてたんだから、ちょっと運動を増やせば、体重を落とすぐらい、簡単よ。
たくさんは食べられないけれど、肉、魚、野菜の他、大豆製品、毎日摂ってるわ。
ぬかづけだって、卵だって、酢の物だって大好きよ。
もう一花咲かせてもいいんじゃない?
私は鏡を見て、そこに年輪を刻んだ顔を認めると、自分の空想に笑みがこぼれた。
おばあちゃんになってしまったけれど、結婚に一度見切りをつけてから、出産も育児もしなかった私は、諦念の中に、まだどこかしら物欲しげな少女のような表情をかくしていた。
そうやって、目つき、顔の角度、あごの位置を検分すると、若い女にはない愛嬌じみた顔ができあがっている。
うん、まだ十歳は若く見えるわね。
鏡を見てると思う。竹久夢二の、女性観はあてにならないと。
『女は朝にどうにかしてよく見えないかと鏡を見、夜にはどうしてあんなによく見えたものかと鏡をのぞく』(意訳)
なんの、私はいつでも最高の女よ。
こっそりほくそ笑む。
母親にこそなれなかったけれど、私は女に特化していると思う。
鏡を見ると安堵する。
自分はまだまだ、これからだって……。
それなりの年齢を重ねてきて、しわはあってもタルミはない。
健康的に暮らせたら、また肌のキメも整うだろうか。
やってみたい。
化粧はしないが、直射日光はさけているから、シミなどはそれほどでもない。いくつになっても皮膚呼吸はしていたい。
やすい美容液を、洗顔後にはたきつけるだけで、四十代のときは十分うるおい、張りツヤが保てた。
しかし、ミカンのヤツが肌が荒れてるからどうのと、どうでもいいくらいツッコんでくれる。
大きなお世話だ。
だが、食べ物はおいておいて、睡眠を規則正しくなんて、年よりには無理なのだ。
0時前に床についたところで、丑三つ時にちょうど目が醒める。
一回目が醒めると、起きるしかない。
だから、寝付けない時はものつくりをしていたい。
肌が荒れてきたのは、年のせいだと思ってきたけれども、もう少し、気にかけてみたら、変わるだろうか?
ダイエット、してみようか……?
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