第446話 ぬいぐるみたちの本懐
──望子の為。
それは、確かに殺し文句ではあったのだろう。
『望子の為ですって……? 望子が元の世界に帰る為の必須条件が、私たち二人の死だとでも言うつもりなの……?』
表情からも声色からも否定的な感情しか読み取れなかったハピが、ローアの言葉を聞く姿勢を整え始めている様だし。
「然り。 正確にはお主ら三人の死、であるがな」
『……そんな、そんな事って──』
しかし、そうして姿勢を整えたところで眼前に立つ元魔族からの要求を受け入れられるかどうかは全くの別問題。
望子の為とは言われても、そんな唐突で理不尽な死を享受しろなんて──と戸惑うのも無理からぬ事ではあるだろう。
『──ちゃんと説明してくれるなら、いいよ』
『フィン!? 何を言ってるの!?』
……望子こそ全てと考える、この
その瞳に一切の戸惑いはなく、ここまで長く共に旅をしてきたハピでさえ何を考えているのか分からなくなり、一体どういうつもりで許容せんとしているのかと勢いそのままに問うたところ、フィンは途端にその整った顔を曇らせつつ。
『てっきり聖女と合流してウルを生き返らせるとか、そういう話かと思ってたけど……ボク、気づいちゃったんだよね』
『気づいた、って……?』
転移させられた最大の理由は〝ウルの蘇生〟であると自分なりの推測を広げていた時、気づいた事があると口にする。
気づいた事というより、
『もし、みこが魔王を倒して元の世界に帰れる様になったとしても、ボクら三人は今の姿のまま帰れる訳じゃないって』
『あ……ッ』
『当たり前だよね、ボクら元々ぬいぐるみなんだから』
気づいた事とはつまり、かつての自分たちと今の自分たちの存在の違いと、望子が元の世界への帰還を果たしたならば今の自分たちは、おそらく
……せっかく望子と触れ合ったり対話したり出来る様になった
そして、それが避けられぬ末路だというのなら。
いっそ、ここで
多少穿っているとはいえ、確かに正論かもしれない。
『でもッ、だから死んでもいいって事には……! それに元の世界へ帰る前に望子が哀しむのはいいって言うの……!?』
『ッ、いい訳ないじゃん! でも必要なんでしょ!? だったら黙って死ぬくらい出来ないの!? みこの為なんだよ!?』
とはいえ、フィンの発言をそのまま解釈すると望子が哀しむ事自体は許容せねばならず、その時既に自分たちは居ないとしても最愛の存在が自分たちの死を嘆いて涙を流す様な事態を受け入れられる訳がないだろうとハピは主張する。
勿論フィンもそんな事は分かっていた様だが、ここに来てローアがこんなタチの悪い嘘を吐くとも思えぬ以上、望子の為ならという大義名分は前提であれど己を犠牲とする事を厭っている暇が一体どこにあると鼻息荒く反論するフィン。
それこそが、
『貴女は望子の為なら命も捧げられる自分に酔ってるだけでしょう!? ちょっとは周囲にも目や意識を向けなさいな!』
『……それ以上は怒るよハピ。 どうせ死ぬならボクが──』
しかし、ぬいぐるみたちの中で唯一フラットな視点から物を見れるハピからすればフィンの思考は陶酔とまで言える程の自己満足でしかなく、その発言を想定以上に図星と捉えたフィンがいよいよ以て殺意を露わにした──……その時。
「あー……白熱しておるところ申し訳ないが」
『何!?』
『何よ!』
あわや戦闘にまで発展しかけた二人の口論に割って入ったのは、そもそもの発端であるローアの気まずげな制止の声。
時間がないとは分かっていても、お互い譲れぬものがあるからこその口論を邪魔された事で二人が声を荒げたところ。
「フィン嬢が先に申した、『ウル嬢を蘇生させる為に転移させた』という推測は強ち誤っておらん。 お主らの息の根を止めた後、聖女にウル嬢もお主らも蘇生させる。 ゆえに死は一瞬。 尤も、お主らの遺体をミコ嬢が見るのは事実であるが」
『『……は?』』
ローアが告げたのは、『死ぬのは間違いないが、その後すぐにカナタの手で蘇生させる』という、本来なら何よりも先に伝えておかなければならない、あまりに重要な事項。
二人が呆けてしまったのも、むべなるかな。
『な、何よそれ……さっきの口論が馬鹿みたいじゃない』
『そういうの先に言いなよ! ってか説明しなよ早く!』
「……」
それなら先程まで繰り広げていた口論には何の意味もなかったではないかと、そもそも時間がないと言っているのだから速やかに告げるべきだったのではないかと糾弾する二人。
(お主らの口論が
……尤も、事実としてはローアの言葉通り二人が彼女の話を最後まで聞かなかった事が原因だったのだが、それを物申す時間もない為、『まぁ良い』と一呼吸置いてから。
「お主らが命を散らさねばならぬのは、この先に鎮座する魔王様の心臓部を護る結界を破壊する為。 そして、その結界を破壊する為にはお主ら三人の一時的な死と蘇生と──」
二人、もとい三人の死は心臓部の破壊、延いては魔王の討伐に必須である事と、どうして死と蘇生が必須なのかについては、またも一呼吸置いてから──……こう答えてみせた。
「──種としての〝進化〟が鍵となるのである」
『『進化……?』』
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