第442話 まずは一匹

 ──……おおかみさんが、しんじゃった。


 望子は確かに、そう言った。


 これは、魔王との戦いなのだ。


 誰が傷いても、誰が死んでもおかしくはない。


 事実、世界最強とは言えずとも召喚勇者の仲間や味方として相応しい実力を兼ね備えていた、或いは兼ね備えつつあった一行も全員が全員、浅くない傷を負っているのだから。


 ゆえに、ここに居る誰もが覚悟していた筈なのだ。


 次の瞬間、唐突に仲間が命を落とす様な惨状を。


 それでも──……だとしても。


『ウル……? ウルッ!! 返事を……ッ、返事をして!!』


 自分やフィンと並び最も深く強く望子と繋がっていると間違いなく断言出来る、ぬいぐるみの一角であり膂力や耐久力では一行最強だった筈のウルが真っ先に死ぬ事になるなど思慮外の事態という他なく、ハピは我を忘れてその名を叫ぶ。


 ……天を衝く程の巨城と化した魔王を背後に。


「嘘、だろ……!? アイツ、死んじまったのか!?」

「ウルさんが……!? そんな……ッ!」


 そんなハピの尋常ではない悲痛な叫びと、ハピの腕の中でぐったりとしているウルの姿を目にした意識を残している面々は、その光景の影響で抑えつけていた恐怖が噴き出す。


 その遺体が、いずれ訪れる己の未来と重なった気がして。


(間に合わなかった……! もっと早く実行出来てたら……!)

(あたしらの策にあの子は必要なかった……けど……ッ)


 一方、キューとファタリアだけは後悔は後悔でも他の面々とは違い、つい先程それぞれが知恵を絞って策自体は完成させたものの、もう少し早く完成していれば、もう少し早く実行に移せていればと己らの不甲斐なさを悔いており。


 結界越しでも仕留められる程の隙を晒していた。


 しかし、魔王が何より優先したのはウルの死に動揺して隙だらけになっているハピの始末でも、ここまで追い込んでもなお結界を維持し続けているレプターの排除でもなく。


『まずは一匹……火光かぎろい瑞風ずいふう。 何も護れぬよ、貴様らは』

「「……ッ!!」」


 片腕を失っても未だ最大の脅威であるリエナと、フィンを除けばリエナに次ぐ強者であるスピナの心を折る事だった。


 有象無象がどれだけ策を巡らせようと、どれだけ死に物狂いで足掻こうと、この二人の肉体か精神のいずれかにヒビを入れる事さえ出来れば、己の勝利は固いと踏んだがゆえに。


 そして事実、魔王の力持つ言葉は満身創痍とまではいかずとも充分に弱っていた二人の精神を蝕み、追い討ちをかけるかの如く気づかれない程度のごく微弱な闇黒死配ダク・ロウルでも蝕む。


 たった数秒で、二人はウルやハピ程度まで弱体化した。


 ウルやハピ程度の力があれば望子が魔王の心臓を破壊するくらいまでは保つのではと思うだろうが、それはさておき。


『次に命を散らすのは誰ぞ? 鳥人ハーピィか? それとも──』


 言うまでもない事ではあるものの、それを魔王が待ってやる義理などあろう筈もなく、数十本程の触手が頭上で歪に悍ましく絡み合い、その内側にドス黒い闇の魔力と神力を嫌という程に込めて形成された球体を、ハピやウルを含めた全員を押し潰す隕石の様に落下させ、この戦いに終止符を──。











『──貴様か? 人魚マーメイド

『……』


 ──打つ事は、叶わなかった様だ。

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