第441話 いのちのきえるおとがした

 同時刻、望子は唐突にある方向へ顔を向ける。


 声か音か、とにかく何かが少女の鼓膜を揺らしたからだ。


 この最終局面でのローアからの頼まれ事を中断してでも。


「──ミコ嬢? 如何した」

『え? あ、えっと……』


 そんな望子の異変に真っ先に気がついたローアが、こちらもまた同様にカナタとの話を中断して『何事か』と問いかけたものの、どう答えればいいのかと逡巡する望子。


 しかし、それも一瞬の事。


 望子は、その何かの正体に朧げながらも辿り着き。


『おおかみさんのこえが、きこえたきがして……』

「ウル嬢の……? はて」


 呼び声というには濁りがあり、悲鳴というにはか細いウルの声が今も向いている方向から聞こえた様な気がしてならない望子だったが、どうやらローアには聞こえておらず。


「私には、何も聞こえなかったけど……」

『きのせい、だったのかな──』


 カナタにも聞こえていないとなると、いよいよ以て幻聴だったのかもしれないと──幻聴などという難しい言葉は知らない為、気のせいだったのかもしれないと拭い切れない違和感と共に首をかしげながらも作業に戻らんとした、その時。


『──ぅわっ!?』

「「!?」」


 突如、座り込んでいた望子の全身が炎に包まれた。


 リエナの力を借りて発動する火化によって纏う、ともすれば美しいとさえ言える蒼炎とは異なるに。


「なッ、何これ!? どうなってるの!?」

「よもや暴走か……!? ミコ嬢ッ──」


 言うまでもなく、その光景を目の当たりにした二人は焦り驚きながらも各々の得意な手段で望子を救おうとしたが。


『あつく、ない……おししょーさまのほのおとおなじ……』

「え……火化フレアナイズって事? けど……」

「うむ、その炎の色は──」


 どうやらその炎は望子の身を蝕む類のものではなかった様ではあるものの、カナタやローアからすると蒼炎ではないという事以上に、あまりにも炎の色に見覚えがありすぎた。


 かの人狼ワーウルフが身に纏う猛き真紅の炎と同じ色だったから。


 当然、誰よりも近くでウルを見ていた望子もすぐにその事に気づいたが──……きっと、気づくべきではなかった。


『おおかみさん、の──……っ!? う、うあ……!?』

「ミコ嬢!?」

「ミコちゃん!?」


 その瞬間、猛き炎の更なる炎上に呼応するかの如く望子を激しい頭痛が襲い、望子には無害でも二人には有害となる業炎に焼かれたとしても望子を案じて駆け寄ろうとした時。


『……そ、そん、な……う、うあぁぁ……っ』

「……? ミコ、ちゃん? どうしたの?」


 ……気がついた。


 苦しんでいるのではなく、哀しんでいる事に。


 業炎のせいで即座に蒸発してしまっているが、その瞳からは止め処なく涙が流れている──……様にも見えるし。


 しかし、その理由が分からない。


 ウルの炎が望子の身体から吹き出した理由も分からない。


 望子が聞いたかもしれないというウルの声についても。


 ただ、これだけの異変が揃えば推測し得る事もある。


(よもや……ッ)


 ローア程の聡明な者であれば、なおさら。


『おおかみさんが、おおかみ、さんが……!』

「ウル、が……?」

『っ、おおかみさんが──』


 そして望子は、ローアの推測を図らずも証明するかの様に、途切れ途切れながらも脳裏に過った最悪の光景を──。












『──しんじゃった……っ』

「ッ!?」

(やはり……!)


 ウルの死を、嗚咽混じりに伝えてきた。

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