第437話 魔王の心臓

 大冒険という訳でもなかった魔王の体内珍道中。


 それも全ては正解の道筋を知るローアの存在ありきではあったが、望子もカナタも道を掘り進める事自体にはしっかり貢献していた為、完全に他人任せという感じでもなく全員で力を合わせて辿り着いたと言って間違いないだろう。


 そして今、最終目的地に到達した三人の眼前には──。


「これが、魔王の心臓……?」

「如何にも」

「『……?』」


 カナタが思わず呟いた通り、ローアが一も二もなく認めた通り、コアノル=エルテンスの心臓が鎮座していたのだが。


 ローアはともかく、他二人の表情は怪訝そのもの。


 本当に心臓なのか? とでも言いたがに眉を顰めている。


 やったね! と喜びを露わにしても良いくらいだろうに。


 ……しかし、それも無理からぬ事であった。


「けど、これってどう見ても──」


 何しろ二人から見た心臓それは、明らかに──。


『──〝ぬいぐるみ〟、だよね……?』

「えぇ……しかも、魔王の姿の……」


 恐るべき魔王の姿を模した、ぬいぐるみだったのだから。


 ただ、模したと言っても見た目は今の魔王城と一体化した堅牢極まるものでも、ここに来てから初めて望子が相対した際の覚醒後のものでもなく、それこそ望子やローアと変わらぬ背丈と、その背丈にはそぐわぬ出るところは出た肢体がデフォルメで表現された可愛らしい意匠のものとなっていて。


 また、そのぬいぐるみは箱や袋に詰め込まれているのではなく、〝心臓〟を表すならそうするだろうという如何にもなハート型で宙に浮かぶ薄紫色の結晶に閉じ込められており。


 魔王の趣味という趣味そのものを部屋とした感じのファンシーな心臓部にピッタリ──……などと言っている余裕は望子にもカナタにもないが、それはそれとして。


「どうやって壊すの? 神聖術で壊せるなら私が……」

「うむ、その点についてであるが──」


 このぬいぐるみが本当に魔王の心臓だというのなら今すぐにでも壊さなければならず、その方法をローアが知っているなら今すぐにでも共有し、それを実行せねばならぬ以上、命を削ってでも──と、覚悟を決めるカナタを尻目に。


「ミコ嬢。 すまぬが暫し、ここの探索を頼みたい。 この結晶を不確実性なく破壊可能な何かが眠っているやもしれぬ」

『えっ? あ、うん……わかった』

「ローア……?」


 突如、心臓を除いた心臓部の探索という当初の予定にはなかった筈の頼み事をしてきたローアに、『きっと何か知っているんだろう』という信頼ゆえに望子が疑う事もなく様々な愛らしい物壊さぬ様に掻き分けて探索し始める一方で。


 カナタは独り、ただただ困惑し切っている様子。


 まぁ、それはそうだろう。


 自分たちに都合の良い何かなど、ある筈がない。


 そんな事は、カナタでさえ分かるのだから。


「薄々察しておるであろうが、今のはミコ嬢を一時的に遠ざける為の方便。 貴様に秘密裏に伝えるべき事があるのでな」

「私に……? それって一体……」


 翻って、カナタの心中を知ってか知らずか先程の望子への頼みは単なる時間稼ぎでしかなく、そんな猶予はないと分かっていてもなお望子には言えない何かを伝えようとしてきているローアの真剣味を帯びた表情に、カナタが息を呑む中。


「貴様に伝えるべき事は二つ。 一つは、この結晶が正攻法では決して破壊出来ぬという事。 そして、もう一つは──」


 知りたくないが知っておかなければならない一つ目はともかく、二つ目を聞いたカナタは己の耳を疑う事となる。


 何しろ、その二つ目とやらが──。


「──この結晶を破壊する方法の指南について、である」

「えぇ──……ん、え?」


 一つ目と完全に真逆の事を言っていたからに他ならない。

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