第438話 少しずつ、されど確実に

 一方、〝外〟で魔王と戦っている最中の一行は──。


『う、おォッ!? クソが、いつまで降って来やがる!?』

「そう長くは保たんぞ、私の結界も……!!」

「マズいね、これは……手数が違いすぎる……」


 リエナとスピナが五体不満足となって以降、何とか保ち続けていた均衡が崩壊した結果、全くと言ってもいい程に迎撃や反撃の機会が消失した挙句、城のみならず大陸ごと支配している影響で全方向から吹き荒び、そして飛来する猛吹雪と漆黒の雹が止む事なく一行を襲い続ける。


 ──〝闇葬凍波ダク・ゴク〟。


 デクストラが行使したものとは比べるべくもない、まさしく〝災害〟と称するべき極寒を帯びた闇の魔力と神力の暴虐に対し、ウルやアドライトの様に己の力だけで対処する者たちと、レプターの結界の中で傷を癒す者たちに分かれる中。


「ごめん二人とも、今のキューじゃ止血これくらいしか……!」

「いいや、充分だよ。 そうだろう? 瑞風」

「あぁ、どのみち痛がってる暇なんざないんだからね」

「……ッ」


 傷を癒すとはいえ、もう既に魔力も神力も底を尽きかけている為、満足な回復を行えなくなっていたキューでは失血死を防ぐ事で手一杯だった様だが、それでもリエナとスピナは追い詰められている事を感じさせぬ笑みを湛えてみせる。


 これが、これこそが二人が歴戦の猛者である所以。


 心さえ折れていないなら、それは敗北ではない。


 千年前であれば、この世界の誰もが抱いていた思想。


 そして、この戦場に立つ者たちの総意でもあったのだが。


 ……現実とは、えてして非情なものである。


「ッ、しまっ──」


 雹というよりは氷柱、寸法を考慮すれば氷山の一角──比喩表現ではない──とも言うべき巨大な氷塊の一撃を防ぎ切れずに結界が崩壊し、再び展開するまでの隙を縫って速度に特化した氷塊が吹雪を伴って襲来。


 回復手段のない一行に深い傷を負わせんとしたものの。


『──グゥッ!? リ、ア"ァアア……ッ!!』

「ぐ、ぎィ……ッ!? クソ、が……ッ」

「!? エスプロシオッ!!」

「ッ、オルコ……!」

「そんな、私たちを庇って……!?」


 一行の中でも特に巨体を誇る一人と一匹、オルコとエスプロシオが結界の隙間を埋める様に自らの身体を盾として氷塊をその身で受け、結界の再展開が終わるまで盾になり続け。


 双方共に鍛え抜かれている筈の肉体に無数の貫き傷が付くだけでは飽き足らず、腕や脚、エスプロシオに至っては鷲獅子の象徴たる大翼の片方が根元から消し飛んでおり、カナタが居ない今、完全に戦闘不能となってしまった。


 そんな一人と一匹の最も近くに居たポルネとルドの心中で心配が恐怖に勝った結果、足早に駆け寄ろうとしてしまい。


『他者を慮る余裕があるとでも?』

「え──きゃあぁ!!」

「ぐおあぁ!?」

「ッ、ポルネ! テメェこの野郎──」


 それを見逃す筈もなかったコアノルの声が結界越しに響いた瞬間、オルコとエスプロシオに突き刺さっていた幾つかの氷塊が意思を持ったかの如く牙を剥き。


 一人と一匹に寄り添いかけていたポルネとルドは、まさしく牙と化した氷塊に噛みつかれて深い傷を負い、その惨状を目の当たりにしたカリマが恋人の仇を討つべく結界の外に飛び出してでも魔王に一矢報いんとしたが。


「──あァ!? 何だよ妖人フェアリー! 邪魔すンじゃねェ!!」

「短慮はやめときな、死体が増えるだけだよ」

「ッ、けどよォ!」


 同じく結界の内側に留まっていた、カリマやポルネとも因縁のある妖人フェアリー、ファタリアが使役する精霊の力で止められた事で怒号を放つも、真剣な顔で首を横に振られるだけ。


 火光かぎろい瑞風ずいふう程ではないとはいえ、ファタリアもまたウルたちに劣らぬ強者と言っても過言ではなく、この絶望的な状況こそ冷静になるべきだという頭では分かっていても実行するのは難しい心の持ちようを体現しつつ、くるりと振り向き。


「キュー、まだ頭は働くだろう?」

「え、う、うん……でも……」

「だったら俯いてないで顔を上げな。 ここからは──」


 リエナやスピナを含めても、おそらく最も聡明でありながら魔力と神力の摩耗で心が折れかけていたキューに顔を上げさせたのも束の間、紫煙を燻らせながらこう告げる。


「──あんたとあたしで、活路を開くんだからね」

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