第433話 迷宮が如き

 勇者一行が黒い津波に呑み込まれた、ちょうどその頃。


 それこそトンネルでも掘るかの様に、ローアを先頭に置いて少しずつ肉の壁を削りながら進んでいた三人だったが。


「……ローア、貴女を疑う訳じゃないけれど……本当に、心臓部へ辿り着けるの……? こんなの、まるで──」


 暗闇を聖なる灯りで照らしながらも明らかに一人だけ名状し難い不安に苛まれ続けていたカナタの、その言葉通りローアを非難するつもりは毛頭なくとも、そういう風に聞こえても仕方のない問いかけの〝主題〟を口にするより先に。


「──〝迷宮〟ではないか、と?」

「ッ、えぇ……」


 彼女が例えとして挙げたかった、言葉にすればたった五文字の単語を用いて問い返したところ、カナタは然りと頷く。


 かつて望子たちも潜った事のあるその暗く深い洞穴は、ローアが己の過ごしやすい様にとした事で特に迷う事もない一本道と化していたが、本来の迷宮とは幾つもの道と幾つもの障害、そして幾つもの終着点が待ち受けているものであり。


 魔王の体内もまた、とてもではないが〝迷路〟などという表現では不足も不足、数えるのも馬鹿らしくなる程の分岐路や、三人の攻撃など意にも介さず退路を断つかの如く再生を続ける肉の壁は勿論の事、ダミーとして機能する終着点も山の様に存在する、まさに〝迷宮〟と呼ぶべき──肉の宮。


「確かに我輩も、これ程までとは思っておらなんだ」

『よそうがい、ってこと?』

「有り体に申せば、そうであるな」


 ……と化しているだろう事までは想定していても、リエナを始めとした〝外〟の連中に力を割かねばならぬ関係上、多少なり攻略しやすくなっているものだとばかり思っていたローアは、『我輩の落ち度であるな』と気まずげに髪を掻き。


「どうやら、我輩の想定と魔王様の思考に乖離が生じているらしい。 〝裏切り者の始末〟と〝天敵の排除〟を兼ねて真っ先に我輩と聖女カナタを弑すおつもりだと思うておったが」

「別の手段を講じるつもりだっていうの?」

「一言で申せば、〝幽閉〟。 既にミコ嬢が体内へと入り込んでいるこの状況を利用し、永劫ここへ閉じ込める。 ここが体内である以上、〝外〟さえ片付けば我輩と貴様のみ溶解させる消化液の分泌も可能となるであろうしな」

「……ッ」


 その原因は全て、コアノルが秘める〝望子への執着〟をローアが測りかねていた事にあると猛省しつつ、もう二度と望子を手放さない為の〝策〟を打ち、ついでの様にローアとカナタを排除する事も容易な筈だと語りながら前を行く元魔族の確信めいた憶測にカナタは戦慄し。


「……もし、心臓部へ辿り着けなかったら……うぅん、もし辿り着けても破壊出来なかったら、私たちは……ッ」

「我輩と貴様は消化され、ミコ嬢は魔王様の所有物となる」

『だ、だめだよそんなの!』


 もしもを考え始めたらキリがないとは分かっていても口を突いて出てしまった〝最悪の仮定〟に、〝最悪の結末〟で返すという不毛極まる会話を繰り広げる二人に思わず割って入る望子。


 ここからが魔王討伐の最終局面だというのに──と、そこまで難しい事は考えておらずとも、こんな空気では倒せるものも倒せないと踏んだ望子に、ローアは優しく微笑みかけ。


「何、案ずる事はない。 こう見えても我輩、デクストラやラスガルドに次ぐ魔王軍最古参であるがゆえ、〝魔王様の心臓に相当する物が何か〟、そして〝如何なる魔力や神力を帯びているか〟も把握済み。 方舟に乗ったつもりでおると良い」

『さすがろーちゃん! たよりになるね!』

「いやぁ、それ程でも」


 あれだけ好き勝手していても、どれだけデクストラから冷遇されていても直に処される事がなかったのは、イグノールやウィザウトをも差し置いて三番目に生み出された魔族だったからだという割と衝撃的な事実をあっさり明かしつつ、文字通り情報は取得済みだと得意げに語るローアを褒める望子という微笑ましい光景をよそに。


(……色々気になる事はあるけど、それより今は──)


 カナタは独り、歩みを止めて後ろを振り返る。


 そこには勿論、再生を終えた肉の壁しかない訳だが。


 彼女が気にしているのは、それではない。


 唐突に崩壊したレプターの結界。


 外から感じた色濃い闇の気配。


 聡明なローアの想定さえ上回る、魔王の執着心。


 ここまで不安要素が揃うと、もう案じざるを得なかった。


(──……大丈夫、よね……?)


 決して速いとは言えない歩みで〝中〟を進む自分たちとは違い、今も魔王の脅威に曝されている筈の仲間たちの事を。

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