第432話 望子が消えた弊害

 一方その頃、魔王の体外──つまるところ戦場では。


『ぐ……ッ!! 妾の体内に、ミコと聖女が……!?』

『やったァ! 上手くいったよ皆ー!!』


 フィンとリエナの合体技によって穿たれた穴そのものは即座に再生しつつも、受けた痛撃は確かにコアノルの肉体や精神を強く蝕み、それを声や所作から察したフィンが予想以上の成果だと地上に居る仲間たちに伝える中、当のコアノルは。


 痛撃を受けた事、望子たちが体内に侵入した事以上に。


(何のつもりじゃ、ローガン……!!)


 以前までとは魔力が──というより存在そのものが全く異なっているものの、かつては中々己の思う通りには動かずとも何やかんやで最終的には命令に従い、そして確実に完遂してきた同胞が、ここに来て完全に反旗を翻した事実に驚き。


 ある種の失望さえ抱いていた様だが、それも一瞬の事。


(……ッ、まぁ良いわ。 彼奴は彼奴で対処するとして……)


 そう言えばそういう奴だったなと、好奇心だけが己の指針だったなと思い直したコアノルは、『体内で始末すればいい』と即座にローガンの存在を頭の隅へ追いやりつつ。


(まずは此奴らを始末せねばならん。 何しろ、今ならば──)


 コアノルは今この瞬間をこそ、絶好の機会と捉えていた。


 何度でも立ち上がり、何度でも立ち向かってくる雑魚も。


 己の攻撃を捌き切り、あまつさえ逆寄せる厄介な敵も。


 その全てを殲滅し得る、絶好の機会であると。


 何しろ、今は戦場から──。


『──ミコが居らぬのじゃから』

「ッ!! 皆、警戒──」


 瞬間、魔王の方から今までにない圧を真っ先に感じ取ったキューが、成功を喜んでいたり望子とカナタの魔王討伐を祈っていたりする仲間たちに注意喚起を促すも時既に遅し。


『呑み込め──〝闇禍水流ダク・リュウ〟』

『『「「ッ!?」」』』

『は……!?』


 他二つにこそ劣れど充分すぎるくらいに広大な魔大陸ごと呑み込まんとする程の、〝漆黒の津波〟が魔王の肉体を中心に上方と下方を除いた全方位へと放出され、ウルやハピたちは当然ながらリエナやスピナでさえ驚きを露わにする中。


 特に驚いていたのはフィンだったが、それも無理はない。


 何しろそれは、フィン自身が無意識であろうとなかろうと幾度も発動した事のある超級魔術であり、フィンが発動するそれはあくまでも膨大な魔力で以て直線状の黒い激流を放つものであった筈なのに、コアノルのそれはあまりに大きく。


 そして、あまりに絶望的であった。


 これこそが、コアノルの言う〝絶好の機会〟。


 勇者一行の側に立って言うなら、〝望子が消えた弊害〟。


 魔王から、〝手心の余地〟を失わせてしまったのだ。


(魔王の力は〝精神干渉〟……! この津波も実際にはだけの筈──……だけど……ッ!!)


 とはいえキューが考えている通り、あくまでもコアノルが扱う魔術は総じて肉体ではなく精神に影響を及ぼすものであり、この黒い津波にも一行を直に押し潰す様な力はない筈。


 ……ない筈、だが。


「回避か、防御を!! とにかく生きて──」


 そう叫ばずには、いられなかった。


 確信していたからだ。


 何もしなければ──……否。


 何をしたところで、死ぬだけだと。


 そうして、魔大陸を覆う常闇よりも暗い〝黒〟は防御も回避も遁走さえも許さず、そこにある全てを──呑み込んだ。

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