第431話 現れた元魔族

 今の彼女は、先述した通り〝元魔族〟。


 ボロ切れの様な白衣、金属の如き光沢を放つ銀髪こそ以前のままではあるものの、かつて褐色であった肌は望子と変わらぬ純白に、薄紫色であった瞳は鮮血の様な紅に染まり。


 蝙蝠にも似た羽を加味しても、この世界には居ないらしい吸血鬼が如き様相と化した姿で現れたローアに対して。


『ろーちゃんっ!!』

「!? ミコ嬢!?」

『よかった……! ぶじでよかったよぉ……!』

「……要らぬ心配をかけた様であるな」


 全解放状態の今、ローアの一回り以上も上背が高くなっている望子は、もし受け止め損なったらどうするのかという事など微塵も考えず感情のまま飛び込んでいき、お互いに無事の再会を心より慶びあっている中、カナタはと言えば。


(勇者と元魔族の触れ合いとは思えないわね……もしかしてミコちゃんのお父さんも、こんな感じだったのかしら……?)


 この旅の中で何度そう思ったか分からない諦めと微笑ましさが半々の感情と、このやりとりは父親譲りの可能性もあるのかもしれないという意味のない憶測を広げていたのだが。


「……ねぇ、ローア。 どうして私たちを止めたの?」

「む? あぁ、そうであるな」


 そんな事よりと思い直し首を横にふるふると振ったカナタは、何故あの同時攻撃を止めたのかが分からず終いである事を良しとせず、触れ合いに割って入ってでも尋ねようとし。


 それもそうだと首肯したローアは、ぽんぽんと望子の腰辺りを優しく叩きつつ名残惜しげに身体を離し、数十秒前に望子とカナタが攻撃せんとしていた肉塊の壁を見遣りながら。


「先程も言いかけたが、この部位が軟弱であり攻撃が通じる事に疑いようはない。 されど、それは不壊なる体表と比較すればという話。 破壊が叶ったところで即座に再生すると分かり切っている以上、無駄に力を消耗する事もあるまいよ」

『そっか……ありがとね、ろーちゃん』

「なぁに、これしきの事」


 要は力を節約しろと、本来の目的を見失うなと忠告する為に止めたのだと淡々とした表情や声音で語るローアに、よく分からなかったが『自分たちの為に止めてくれた』のだろう事だけは分かった望子は礼を述べるも。


「……けど、ローア……外は今、思ってる以上に……」

「うむ、あまり猶予はないであろうな──ミコ嬢」

『なに?』


 一方のカナタは、レプターの結界が崩壊した事を知っている影響で悠長にもしておれず、それを途切れ途切れの聞く者が違えば要領を得ぬ言葉で伝えたところ、ローアは余りある聡明さで以て即座に噛み砕きつつ真剣な表情を望子に向け。


「これより我輩が、ミコ嬢を魔王様の心臓部へと導く。 お主の役割は、その心臓部を欠片も残さず破壊する事である」

『うんっ』

「ただし、ここは言うまでもなく魔王様の体内。 外の連中にも力を割かねばならぬとはいえ、どちらがより致命的かなど魔王様が判断し得ぬ筈もなければ行く手を阻まぬ筈もない」

『じゃまされる、ってこと……?』

「然り」


 改めて望子に至上目的を認識させるべく己の動向も併せて今後の流れを簡潔に語るとともに、ここまでは順調だったかもしれないが魔王の体内に侵入した以上、ここからは奥に進めば進むだけ心臓部へ辿り着かせまいと妨害が激しくなるだろうと言い渡しつつ一歩、また一歩と先の肉の壁に近寄り。


「その為に我輩、魔族で在り続ける路を捨てたのである。 今の我輩は、たとえ三幹部であろうと側近であろうと──」


 今の説明のせいで余計な不安も増えたかもしれないが、それも含めたあらゆる〝障害〟を薙ぎ払う為にこそ、デクストラが言うところの至高の種族として存在する事を捨て。


「──魔王であろうと相手を問わず、攻撃可能となった」

『わぁ! すごいよろーちゃん!』


 今やこうして魔王相手にさえ傷をつけられる優れた人族ヒューマンに成ったのだと得意げに語るローアを望子が手放しで称賛する中、蚊帳の外のカナタは独り──……呆然としていた。


(……え? って……え……?)


 何せ、あの肉の壁を貫く為にローアが使用したのは──。


「さぁ行こうではないか、ミコ嬢。 全てを終わらせる為に」

『うん! ほら、かなさんも!』

「ッ、え、えぇ……」


 その事にカナタが言及するより早くローアと望子は二人揃って暗闇の先へ進もうとし始めており、まるで遠足にでも行くかの様な明るい声音で誘われたカナタも、もやもやとしつつも致し方なく二人の後を追いかける様に足を運んでいく。


 本題以外に不安要素が増えてしまった事を憂いながら。

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