第434話 黒い津波のその後に

 望子たち三人を除く一行を呑み込まんと襲った黒い津波。


 その名も──〝闇禍水流ダク・リュウ〟。


 フィンが放った事のある同じ名の魔術と比較すると威力や規模が段違いなのは言うまでもないが、その性質も直線状の激流を放つフィンのそれとはかけ離れており。


『……たった今、妾の放った闇禍水流ダク・リュウは其処に住まう有象無象ごと大陸一つを生呑する程の威力を誇ると自負しておる』


 正しく全方位へと放出された黒い津波は、かの恐るべき魔王をして一つの大陸を生態系ごと滅ぼす力を持っていたと豪語させるに足る程の魔術であった事に加えて。


『更には、妾の魔術が共通して持つ〝精神への干渉〟。 物理的な防御が叶ったところで精神を潰せば終いと来た。 妾が申すのも何ではあるが、理不尽極まる力であると思うておる』


 コアノルが生来持つ特性は当然の様に先の黒い津波にも適用されていたらしく、もし生き残る事が出来ても精神の崩壊により結局は肉体をも死に至らしめるという欠片も希望のない魔術だったと語る彼女の声音はどこか得意げだったが。


『それを防ぎ切るとは見事なものよ。 のぅ? 火光、瑞風』

「「……」」

『たった二人で、今の魔術を……!?』

『リエナ、スピナ! 大丈夫か!?』


 そんな魔王が誇る極大の一撃から、あろう事か己自身のみならず全員の身を護り切ってみせた二人の亜人族デミ、リエナとスピナを称賛する姿勢すら見せており──まぁ皮肉めいてはいたが──称賛を受けた張本人たちが何も言わない事に違和感を抱きつつも一行が駆け寄っていく中にあり。


『……まぁ、ここまで褒めてやったはいいものの──』


 コアノルが何やら意味ありげに、そう呟いた瞬間。


『──さしもの貴様らとて、五体満足とはいかなんだか』

「「ぐ……ッ」」

『リエナッ!?』

「婆様!!」


 黒い津波の影響か、やたらと赤黒く染まった少なくない量の血液を吐き出しつつ膝をつく両者に、ウルとルドが足早に傍へ寄った瞬間、漸く晴れてきた視界に衝撃の光景が映る。


 リエナは右腕の肩から先と、九本の尻尾の内の三本を。


 スピナは左腕の肩から先と、鷲獅子グリフォンにも劣らぬ左翼を。


 ……跡形もなく、失ってしまっていたのだ。


 切断された感じの傷痕ではない。


 引き千切られた感じともまた違う。


 言うなれば、そう──感じの傷痕だった。


 実情は、こうだ。


 あの黒い津波の発生を感じ取った瞬間、近くに居た者たちだけでなく全員を護り切る為にスピナとフィン、ポルネとウェバリエとエスプロシオを連れて転移したリエナ。


 スピナもまた即座に彼女の意図を察知、身を任せる様に転移した後、リエナが全力で放出した蒼炎を巻き込んだ巨大な竜巻を発生させ、それこそ国一つくらいであれば焦土と化してしまえる程の火災旋風を巻き起こし。


 一時は拮抗さえ可能としてみせたが、それも一瞬の事。


 次第に黒く染められ始めた火災旋風を目の当たりにした二人は、ほんの少しだけ心の片隅にあった〝攻撃の意思〟を切り捨てつつ完全なる防御態勢に移行、竜巻状だった火災旋風も津波を遮る防波堤の様な形へ変化させたものの。


 残念ながら、それでも津波を完全に防ぎ切るには至らず。


 魔王の力は例外なく精神に干渉する、という事実を逆手に取って〝火光と瑞風の肉体の欠損〟を津波を介して伝える事で溜飲を下げさせ、無意識であろうとなかろうと闇禍水流ダク・リュウの発生を止めさせるという離れ業で全員を護り切ってみせた。


 その真意に気づいていたのは、ハピ、ポルネ、レプター。


 そして、戦いの中盤にて闇の魔力や神力さえ注入されていなければ欠損すら治せていた筈のキューを含めた四人だけ。


「……負い目なんざ、感じる必要はないよ」

『ッ、けれど……!』


 もっと早くに気づいていればと軽くない負い目を抱く四人の視線を感じ取り、リエナは苦笑で返してみせたが納得出来る筈もなく、その負い目が全員にまで伝播しかけていた時。


「そうそう。 それと魔王。 アンタは一つ勘違いしてる。 あたしらは何もアンタを殺しに来た訳じゃない、だろ? 火光」

『……何じゃと?』

「瑞風の言う通りさね。 あたしらは此処に──」


 リエナの言葉を補足する様に、そして魔王へ突きつける様に残った右手で指差しながら何やら語り出したスピナの意味深な言葉にコアノルが耳を傾ける中、リエナもまた残った左腕を横に広げ、視線こそ向けずとも勇者の仲間たちを意識しつつ──。











「「──勇者の仲間たちこの子らを死なせない為に来た」」


 静かな、されど強い意思を込めてそう告げた。

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