第424話 火光と瑞風

 千年前、突如として世界を混沌に陥れた魔王コアノル。


 そんな〝世界の敵〟を討ち倒すべく異世界より召喚された日本人の勇者、舞園勇人と共に最前線で戦い続けた亜人族デミ


 ──〝火光かぎろい


 この世界において、その名を知らぬ者は殆ど居ない。


 それこそ千年以上が経過した現在でも。


 しかし、〝最強の亜人族デミ〟は唯一絶対リエナを指すものであっても、〝準最強の亜人族デミ〟ならば他にも数人は居て。


 その中でも突出していたのは、かつて先代勇者から受けた封印を無理やり解除して復活を果たした魔王コアノルとの戦いが勃発した百年前、単独で〝気象災害〟と呼ぶに相応しい竜巻を広範囲に発生させ、戦場を掻き回した一人の翼人ウィングマン


 こと〝一対一〟や〝点への攻撃力〟の強さを問うなら彼女よりも彼女の娘、ルドの母親の方が僅かに上回るらしいが、〝対多数戦闘〟や〝面への攻撃力〟の強さを問うなら翼人ウィングマンという狭い範囲のみならず亜人族デミという広い範囲で見ても火光に次ぐ程であるという。


 そんな〝群青と翠緑の大竜巻〟を、さも児戯であるかの様に巻き起こす翼人ウィングマンを人々は畏敬を込めて──〝瑞風ずいふう〟と呼んだ。


瑞風ずいふう……瑞風ずいふうじゃと? そして、今の竜巻……』


 ……コアノルは、その経緯を詳しく知る訳ではない。


 勿論その二つ名も知らない。


 だが、その竜巻にはがあった様で──。


『……妾が復活を果たした直後、侵略目的で世界各地へと飛ばした有象無象どもの殆どが謎の死を遂げた……デクストラが纏め上げたばかりの観測部隊ゲイザーの報告には、〝唐突に発生した竜巻による気象災害〟が要因とあったが……』


 百年前、本格的に千年前と同じ様な大戦が勃発する前に他二つの大陸を侵略すべく向かわせた尖兵が、あろう事か大陸に辿り着く前に海上で発生した〝二色の大竜巻〟によって斬り刻まれた上で粉微塵に砕かれて海の藻屑となったという報告は、コアノルを随分と落胆させたらしく。


 当時は復活したばかりで力以上に頭も回っていたとは言い切れず、それに加えて封印を無理やり解いた影響で今と同じく城から一歩も出る事が出来なかったコアノルは、『所詮は有象無象、失っても痛くはない』とその事実を切って捨てた様だが。


「また懐かしい話だねぇ、あん時ゃ相応に苦労したモンさ」

『やはり、貴様か……ッ』


 今になって、それを少しだけ後悔していた。


「本当は勇者と魔王の決戦に首突っ込むつもりなんざなかったんだけどね……そこの狐に頼まれたとあっちゃ断るに断れないし、そもそもミコその子は集落に住まう全ての翼人ウィングマンにとっての恩人だ。 この老骨でいいなら全力で手ェ貸すつもりさね」

火光かぎろいに続き、面倒な事よ……!』


 リエナと比べれば明らかに劣るとはいえ、では望子やフィンと比べればどうかと問われると明確に劣っているとはとても思えない、そんな実力者の介入を最後の最後に許してしまった百年前の己の怠惰を。


 魔王城そのものと化した肉体に邪神の力をも反映、今や望子という至上の愛玩動物への渇望さえ超越し、そこに一切の感情もなく眼下の敵を討ち滅ぼす事のみを考えていた魔王の声音に若干とはいえ〝後悔〟に続き〝憤怒〟までもが滲む一方。


『おばあちゃん! とりのおばあちゃん、なんだよね……!』

「あぁそうさ。 邪神騒ぎ以来だね、ちっこい勇者」


 単独で魔王の猛攻を捌き続けていた望子が、ほぼ点と点との転移と言ってもいい程の高速移動で以て飛来したかと思えば、かつて救った翼人ウィングマンの集落における先々代頭領の姿とは全く一致せずとも彼女だと直感して抱きつき。


 そんな少女に対し──今の姿を〝少女〟と呼んで然るべきかというと微妙なところだが──にこりと朗らかに微笑んだスピナが、この局面にありながら再会を喜ぶ余裕を見せる中。


(いける、絶対いける……! あれ程の竜巻を単独で発生させられるなら、ミコの背中を押す追い風として申し分ない!)


 キューは策の遂行が可能である事、何より成功を確信し。


(──皆、位置について!! これが最後の作戦だよ!!)


 ファタリアから借り受けた精霊を通して全員へ伝達する。


 最後の戦いにおける、最後の策の開始を──。


 ……不足のままな筈の〝もう一人の人材コマ〟は、きっと己が打ち立てた策の真意を汲み、必ず合わせてくれると信じて。

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