第420話 それは昇華か凋落か

 ──〝呪毒蜘蛛人アトラク=ナクア〟。


 それが、進化を遂げた後のウェバリエの種族名である。


 ……邪神の残滓に身を宿してまで得た力による変異を進化と呼んでいいかは微妙なところだが、それはそれとして。


 顔や腕、胸や腹といった他に比べて甲殻に覆われている部分が狭く露出の激しい部位には、いつの間にか元の彼女になかった筈の黒く禍々しい痣が刻まれており、それも邪神の力を取り込んだ代償の一つなのだと嫌でも周囲に分からせる。


 そして勿論、変化したのは姿だけではない。


 今のコアノルには、ウルどころか一行で最強のフィンの力さえでは通用しない筈なのに、どういう訳かウェバリエの糸は確かに魔王の連撃全てを受け止めたのだ。


 つまり、何が言いたいのかと言えば──。


『──〝呪い〟、じゃな。 その力』

「……当然、見抜いてくるわよね」


 まともな手段では、なかったという事。


 魔王が看破した通り、〝呪い〟の影響にあるという事。


 コアノルがそれを瞬時に見抜く事が出来たのは、コアノルに対して異常な執着を見せていたかつての側近が得意としたものと類似した力であった事と同時に、その呪いの力がデクストラのそれと類似しながらも上回るものであったからだ。


 ウェバリエとデクストラの力には決定的な相違点がある。


 デクストラの呪いの対象は他者に限定されるのに対し。


 ウェバリエの呪いが他者のみならず己をも対象とする点。


 術者の性格が反映されているのか、それとも元々そういう仕様なのかは神のみぞ知るところではあるが、ただ一つの相違点は両者が扱う呪いの性質を大きく違わせる事となった。


 デクストラが扱う呪いは、まさしく悪意の塊の様な力。


 他者にとっては不利益にしかならず、デクストラに実力で劣る者はどうやっても彼女の呪いから逃れる事は出来ない。


 反対に、ウェバリエが扱う呪いは条件付きの強化に近く。


 呪いと称するからにはそれなりの代償こそあるものの、得られるものは彼女自身にも他者にも大きな利益となる。


 他者を蝕むデクストラと、己も他者も活かすウェバリエ。


 種族の差による素の実力こそ離されていても、その呪いの汎用性や他者と組んだ時の戦力を考慮した場合に限り──。


(デクストラにも匹敵する、か)


 今の姿のコアノルから見ても、かつての側近と遜色ない程の力を持つ面倒な相手だという風に映っている様だった。


 ……が、しかし。


(匹敵する程度の実力で、この戦いに介入するとはのぉ……)


 そもそも、デクストラはコアノルの側近にして一の部下。


 何より、コアノルから産み出されたいち魔族に過ぎない。


 そんなデクストラと比肩するかもしれない程度の実力を、わざわざ邪神の残滓まで取り込んで、やっとの事で進化して手に入れた程度の弱卒が、この聖戦に介入してきたという事実。


『不遜なり、害虫よ』

「ぎ、ぐ……ッ!?」

「おねえさん……っ!」

「ッ、この……!!」


 どうやら、かの恐るべき魔王は受け入れ難かった様で。


 空気中に張り巡らせて居た事が仇となったか、コアノルが広範囲に放った闇の雷撃──の様な精神干渉がウェバリエの全身を貫き、あわや一撃で意識を刈り取られかけた彼女を案ずる望子の叫びで何とか喪神だけは回避した彼女に。


『よう持ち堪えたものよ。 じゃが、これで理解も出来たじゃろう? あの人狼ワーウルフにも総合力で劣る貴様に存在価値など──』


 如何にも上から目線で──物理的にも──ウルをもついでにけなしつつ、実力差が分かったのなら余計な手間をかけさせない様に、さっさとその首を差し出せと宣告しようとしたコアノルに対し、ウェバリエは力なく、それでいて不遜に嗤い。


「二度も言わせないで……私は、あの子の姉なのよ……ッ」

『……ふん、ならば望み通り塵となるが良い』


 鋭く尖った中指を立てて煽り返すウェバリエに、最早どの様な言葉よりも暴力の方が芯に届くのだろうと察した魔王。


 それを感じ取ったウェバリエは、より一層かつて持っていた麗しさという麗しさを排除しながら禍々しく変異していき、ともすれば生物兵器とさえ呼べてしまいそうな程の、その姿を。


 込み上げる恐怖心から『昇華だ』と阿る者も居るだろう。


 純然たる忌避感から『凋落だ』と蔑む者も居るだろう。


 だが、この場にその様な者は居ない。


「みんな! まけてられないよ! わたしたちもいこう!』

『『『応ッ!!』』』


 ウェバリエの〝妹〟である望子を始めとして、ウェバリエを仲間と認め意思を汲んでくれる者しか居ないのだから。

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