第419話 あからさまな最終形態

 宙に浮かぶ筈もない超重量を誇る漆黒の城と一体化を果たした魔王は今、望子を始めとした勇者一行や増援として駆けつけたリエナたちが小さく見える程の高度で浮遊しており。


 先程までよりも禍々しさが増した二対四枚の大翼。


 阿修羅の如く生えた三対六本の猛々しく鋭利な爪。


 もう数えるのも馬鹿らしくなる程の悍ましい触手。


 そして何より、さも己こそが〝神〟であるとでも言わんばかりに頭上へ携えた二重の光輪──……の様な何か。


 誰がどう見ても、これ以上はなさそうに思える程の異形。


 ……少々をするのであれば──。


『あからさまに〝最終形態〟ね、アレ……』


 つまりは、そういう事なのだ。


『って事は、アレ倒せば終わりってこったな!?』

「え!? そ、そうなの……!?」


 そんなハピの呟きに乗せられたウルが、待ってましたとばかりに真紅の炎を滾らせて戦いの終わりを予感させる様な口ぶりをするものだから、疲労困憊の望子までもが母との再会を予感して元気を取り戻しかけていたが。


「……そう簡単な話じゃないと思うよ。 だって、あの状態じゃウルとフィンの合わせ技すら通らないんだから……」

『う、そりゃあそうだが──』


 つい先程、今の姿になる前の状態でさえウルの炎とフィンの水による合体技、紅蓮滝龍ぐれんろうりゅうが一切のダメージを与える事もなく消し飛んでしまった事実をキューに思い出させられたウルが言葉に詰まっていたのも束の間。


『この期に及んで妾を前に合議とは、随分こき下ろされたものよのぉ!! ミコに纏わりつく小蝿どもの分際でぇ!!』

『ッ!! ヤベェの来るぞ!』


 最早、覚醒前の愛らしい表情や覚醒後の麗しい美貌など何処へやらといった具合の憤怒と邪気の入り混じった鬼面を浮かべ、ゴゴゴと鈍い音を立てて六本の剛爪を振りかぶる魔王の一撃による被害の甚大さを予期したウルからの警告を受けて各々の意識が回避や防御に移る中。


「エスプロシオ! お前は飛べない奴らの足になってやれ!」

『グルルァ!!』


 ただ地上を走るだけでは絶対に躱しきれないと判断したルドの指示により、エスプロシオはほんの僅かな恐れも感じさせない力強い羽ばたきとともに、その巨躯からは想像も出来ない程の速度で以て〝飛行手段を持たない六人〟を回収し、その背に乗せる。


「え!? な、何!? うわぁ!」

「ッ、凄い速さね……!」

「ははッ、ヤベェなこりゃあ!」

「中々の乗り心地だな! 良いぞ!」

「お願いします……!」


 カナタ、ポルネ、カリマ、オルコ、ピアン──そして。


「流石は鷲獅子グリフォン、六人乗せても全く揚力が衰えないとは」

『グルルゥ♪』


 リエナの魔術で転移して以降、飛行手段を持たない者は全員エスプロシオに世話になっていたとはいえ、その時よりも更に大人数を乗せてもビクともしない程に成長を遂げた鷲獅子グリフォンを褒めるアドライトの六人が〝飛行手段を持つ者たち〟とともに魔大陸の空を舞い、コアノルの猛撃を何とか回避。


 最後の空中戦に移行し始める──……が、その前に。


「……ねぇ、あの蜘蛛人アラクネは置いてきてよかったの?」

「そういやそうだな、アイツも飛べねェんじゃねェの?」


 この六人の中に自分たちと同じく飛行手段など持たない筈の蜘蛛人、ウェバリエが含まれていない事にポルネとカリマが疑念を抱いて問いかけたものの、その問いに対する解答は二人以外の四人全員が有していたらしく。


「大丈夫だよ、私たちもミコちゃんたちと別れた時から成長してるんだ。 身も心も、ね。 中でもウェバリエは──」


 代表として二人に微笑みかけたアドライトが言うには、どうやら各々が望子たち勇者一行や少し遅れて一行を追いかけていたカナタたちと別れた後も、いつか望子たちの力になれたらと慢心せず研鑽を積み続けていた様で。


 その中でも特に変化が大きかったのがウェバリエだという事を伝えたいのだろう、アドライトが視線だけで今まさに魔王が二の矢の対象とせんとしているウェバリエを指し示した先では。


『ッ、何じゃと……?』

「「え……!?」」


 蜘蛛の巣に立ったウェバリエが、驟雨の如く降り注ぐ魔力と神力が入り混じった弾丸の全てを、その鋭く尖った指先から生成した糸で受け止めていた。


(……止められた? 馬鹿な……今の妾に干渉し得るのは憎き火光かぎろいか、厚き神々の加護を得ておる勇者か聖女しか──)


 その事実に誰より驚愕し、困惑していたのは魔王コアノルその人であり、リエナ、望子、カナタといった者たちであればまだ理解も出来るし納得もいくが、どういう理屈で単なる蜘蛛人が──と思索を巡らせていたコアノルに答えを与えたのは。


「貴女があの子をどう思おうと勝手だけれど、私はあの子の姉なのよ。 あの子を護る為なら、にだって縋るわ」

『貴様、よもや……ッ』


 他でもない、ウェバリエだった。


 今までの己では何をどうやっても魔王どころか魔族にさえ抗う事は出来ないと分かっていたからこそ、ウェバリエは。


「彼女は〝邪神の残滓〟を取り込んだ結果、進化したんだ」

「「ッ!?」」


 望子やコアノルと同じ力に手を染める事を、選択した。

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