第412話 〝思うがままに〟

 思い込まされているだけだ、と。


 リエナは確かに、そう言った。


 しかし、その言葉の真意が全く以て分からない。


 思い込まされているも何も、実際ウルやフィンの攻撃は全て不朽の肉体を得た魔王に無力化されているし。


『いやいや……は? 何を、言ってんだ……?』


 だからこそ、リエナの蒼炎だけが今の魔王の攻撃を迎撃どころか焼き払ってみせた事に疑問を抱かざるを得なくなり、それこそ今のウルの様に唖然とせざるを得なくなっている訳だが。


 その一方で彼女の言葉の真意を汲み取れていた者も居る。


「……そっか、そういう事なんだ……」

「きゅ、キュー? そういう事って?」


 一行の中で最も聡明であるキューは、リエナからのたった一言で全てを理解したらしく、そんなキューの一番近くに居て同じ様にリエナの言葉を聞いていても理解が及ばなかったカナタが説明を求めたところ。


 こくり、と頷きつつ一呼吸置いたキューが言う事には。


「魔王コアノルの真価は〝精神への絶対干渉〟。 視覚、聴覚、嗅覚、感覚という感覚全てに闇の魔力や神力を通して対象を〝騙す〟力。 キューたちは思い込まされてたんだよ」


 そもそも魔王コアノル=エルテンスの力は一から十まで〝精神〟に関連しており、およそ生物であれば決して避ける事の出来ない〝脳への干渉〟によって、ウルもフィンも望子もカナタもキューも、この戦場に立つコアノルとリエナ以外の全ての生命が──。


「──〝あの城は絶対に傷つけられない〟、〝あの城と一体化した魔王もまた絶対に傷つけられない〟、って」

『『『「……!!」』』』

「ま、そういう事さね」


 魔王の力により、〝魔王が存命である限り魔王城は不朽である〟、〝そんな城と融合を果たしたからには魔王も不朽となっていて当然である〟とのだと説く。


 ……勘違い、などという陳腐な言葉では説明がつかない気もするが、それこそが超級魔術──〝闇黒死配ダク・ロウル〟の力。


 生物も、非生物も、時間も、空間も、概念も。


 その禍々しくも理不尽な超級魔術の前では、あらゆる存在や事象が魔王の〝思うがまま〟となってしまうのである。


 ここまでの戦いにおいて望子に施していたものと同じ洗脳をウルやフィンへ行わなかったのは、フィンの〝音の力〟が端から端まで届く狭い室内に居る限り満足に精神への干渉が出来なかったからというだけ。


 こうして屋外へと戦場を移した今ならば、〝不朽〟の特性を得たと思い込ませた己の肉体を盾として時を稼ぎ、ウルやフィン、キューなどを無力化した上で望子を奪い返せていた筈。


 そう、奪い返せていた筈だというのに。


『この場に現れよった事も、要らぬ知恵を与えよった事も……何から何まで余計な真似をしおって、この腐れ狐が……!!』


 リエナの出現によって全ての歯車が狂ってしまった。


 リエナの発言によって全てを詳らかにされてしまった。


 無論、〝タネ〟が分かったところで抵抗が可能かと問われればそんな事はなく、こうしている今も魔王城そのものに思い込ませていた〝不朽〟の特性は完全には失われていない。


 ……が、あくまでも〝完全には〟だ。


 事実、魔王の力の真価を元より把握し切っていたリエナには肉体の一部を焼き払われてしまったし、おそらくウルからの攻撃も今なら多少なり通用してしまうだろう。


 フィンからの攻撃に至っては致命傷にも成り得る。


 では、望子やカナタからの攻撃なら──?


 そう考えれば考える程、魔王としての絶対的な優位性をたった一言で覆してきた火光かぎろいの出現や存在そのものを許す事など出来よう筈もなく、とても愛おしげに望子を膝に乗せていた魔王と同一個体とは思えぬ悪辣な形相で罵声を吐くコアノルに対し、リエナはまた紫煙を燻らせつつ。


「その姿に変わった時の尊大が過ぎる態度も、そんで虚を突かれたら途端に悪くなる口先も、なーんにも変わってないねぇ。 そんなんだからユウトの力で千年間も封印されて──」


 あくまでも冷静に、あくまでも鷹揚に千年前の戦いを懐かしむかの様な物言いで以て只管に魔王を煽り、まるで我儘な子供を相手取っているかの如き口調で以て告げられた最後の一言が──。


「今度はユウトの娘に──ミコに討伐されるんだよ」

『ッ!! 黙れぇええええッ!!』


 その、たった一言がとどめとなって。


 最早〝不朽〟ではない両の巨掌を振り下ろす事となった。











 ……否、事となった。

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