第410話 蒼き救世主

 もしも、キューが集めた情報が。


 そして、キューの推測が正しかったとするのなら。


 この漆黒の地には既に、かの〝最強の亜人族デミ〟が居る筈。


 ハピたちを保護してくれているというのなら、そのまま自分たちを助力してくれる事だって期待していい筈。


 無論、確証らしい確証はない。


 そんな事が出来るのは彼女くらいだという先入観が強い事は否定しきれないし、彼女であればどれ程いいかという希望的観測でもあるという事もまた事実ではある。


 だが最早、その希望的観測に賭けるしかないのだ。


 何しろ、そうこうしている間にも戦いは苛烈さを増し。

 

──────────────────────────


『受けてみよ人狼ワーウルフ! 先の隕石が如き鉄槌を!!』

『おい洒落になってねぇ──ぞぉッ!?』

『おおかみさん!?』


 たった一人の人狼ワーウルフを叩き潰す為の攻撃とは思えぬ程の、まさに望子が落下させた隕石と威力も速度も大差ない漆黒なる巨拳の鉄槌が、ウルに回避の選択さえ与えず振り下ろされ。


 先の隕石は落下する前に握り潰された為、本当に大陸へと落下していたらどうなっていたのかは不明瞭なままだったが、それは奇しくも隕石と変わらぬ規模で以て振り下ろされた鉄槌がウルごと大陸を叩いた事で明らかとなる。


 ズンッ、という腹の底に響く様な重低音と同時に魔大陸そのものが僅かながらとはいえ盆地になってしまう程の衝撃が発生し、魔大陸の周辺海域では決して小規模とは言えない津波まで発生する始末。


 当然、鉄槌が振り下ろされた大地は大きく陥没しており。


 普通ならば、それが生き物だったのかどうか分からぬ程の赤黒く平べったい何かが陥没した大地に貼り付いているという、状況を知らなければグロテスクなのかどうかすら理解出来ない惨状が広がっていた筈だが。


『ぅぐ、お"ぉぉぉ……ッ、重、て……ッ!!』

『た、たいへん、おおかみさんが……!』


 そんな中でも、ウルは生きていた。


 カナタの遠隔治癒のお陰か、キューの支援のお陰か、それとも彼女自身が持つ生来の肉体の強度ゆえか、いずれにせよ半透明かつ真紅の巨大な牙を顕現させ、全身から骨や肉が軋む様な鈍い音を立てつつも何とか重圧に耐え続ける一方。


『眼とか口ならワンチャン効いたりしないかなぁ!?』


 ウルの危機を悟ったからか、或いは単に隙と見たからかは定かでないが、如何に無敵といえども眼球や口内といった生物におけるデリケートな部位ならば、こうなった今でもダメージを与えられたりしないかと、それこそ希望的観測込みで海龍モササウルスの巨大な口から攻撃を放つ。


 全てを弾く泡沫うたかたの防御力と、全てを貫く水槍すいそうの攻撃力を併せ持った、〝泡銛あわもり〟というその名の通り鋭い銛を模った攻防一体の巨大な泡を、コアノルは。


『無駄じゃ! 妾は不朽、妾は無敵! 学べ人魚マーメイド!』


 敢えてそのまま顔面で受けてみせ、ほんの少しのダメージはおろか傷一つ付いていない事を、そして不朽の魔王城と融合している限り無敵であるという事を改めて誇らしげにアピールし。


『くぅぅぅ! ムカつくけど先に救助ぉ!』

『うごッ!?』


 苛立ちついでにもう一発、と勢いもそのままに再びの攻勢に出たかったのは山々なのだが、あのまま放っておくとウルが潰れて死ぬ事は目に見えていた為、〝泡弾ほうだん〟と称した拳大の泡をウルの身体を貫かない程度に勢いよく飛ばし。


いってぇな馬鹿! もっとあるだろ助け方ァ!!』

『うっさい! いいから休まず攻撃!』

『ッ、クソが……!!』


 思い切り脇腹に頑丈な泡の砲弾が直撃した事で横に吹き飛ばされ、ともすれば痛みだけなら鉄槌と大差ない攻撃で助けなくてもいいだろと苦言を呈するも、『助けてやっただけありがたいと思え』という感情が透けて見えるフィンからの返答に、ウルはもう舌を打つ事くらいしか出来ず。


(一見お互いに憎まれ口を叩けるくらいの余裕がある戦いにも思えるけど、そんな事ない。 カナタの遠隔治癒とキューの支援がなかったら、ウルもフィンも──……とっくに……)


 そんな二人の戦いを遠巻きに眺めていたキューは、この時点で既にウルはともかくフィンにも限界が訪れかけている事に気づいており、それを思うと居るかも分からない希望に縋るべきではないのかもしれないと思考の切り換えを行おうとした時。


『……一切の痛痒を受けておらぬとはいえ、こうも周囲を飛び回られると鬱陶しい事この上ない。 加えて聖女と神樹人ドライアドによる治癒と支援、不壊の人形を相手取っておる様な感覚さえ抱いておるわ。 〝埒が明かぬ〟とはこの事か?』

『ッ、だったら何だ、大人しく殺されてくれんのか!?』

『ふん、何を馬鹿げた事を──……じゃがな』


 これ程に巨大な姿と力を持ちながらにして、こんなに小さな亜人族デミ二匹を潰す事さえ出来ていない現状に、いい加減コアノルは己への苛立ちと不甲斐なさが募っていたらしいが、そんな愚痴を溢したいのはこちらの方だと吐き捨てるウルに対し。


 降参など有り得ないが、それはそれとして──。


『やはり、は目障り極まる。 滅びよ』

「な……ッ!?」

「ッ、カナタ!! 危な──」


 この中で最も脆弱で、最も無力で、それでいて最も厄介な力である神聖術を持つ聖女、カナタを最優先で排除しない限りウルやフィンを真っ向から始末する事は難しいと判断したのか、一対の巨翼を無数の鋭い節にバラけさせた上でカナタだけに狙いを定めて貫かんとし。


 それは奇しくも、イグノール戦にて望子やカナタが狙われた時の龍の爪や牙の様であったり、ウィザウト戦にてハピやポルネを襲った触手の様であったりしたが、かつての時と今とではカナタの強さも違う。


 何ならカナタの結界は、まだ龍だった頃のイグノールの焼却息吹バーンブレスを完全に防ぐ事が出来るくらいには堅固になっているのだ。


 しかし、違うというなら向こうも同じ事。


 相手はイグノールを始めとした三幹部どころか、それらを己の血肉や魔力から生み出した魔王その人であり、ましてや今は元の姿よりも遥かに強化された状態である以上、多少の強化程度では追いつく事など出来る筈もなく。


「ッ、そんな──」


 ほんの少しの抵抗さえも許されずに破壊され、無惨にも散っていく神々しい光の欠片を惜しむ間もなく迫り来る無数の凶器──もとい狂気に晒されたカナタが目を閉じかけた、その瞬間。


『かなさんは、しなせない……!!』

『何ッ!?』

「ミコちゃん!? どうして……!!」


 全解放リベレイション状態の望子が、その間に割って入って来た。


 ……望子は、分かっていたのだ。


 自分を含め、他の誰が死んでしまっても何とかなる。


 きっと、カナタが蘇らせてくれる。


 回数に制限こそあろうものの、だ。


 だが、カナタが最初に死んでしまったら全てが破綻する。


 キューは何やら別の事に頭を働かせている様だし。


 キューを除いて最も近くに居た自分が盾になるしかない。


 そう、判断したのだ。


 召喚勇者の身であるとはいえ、たった八歳の少女が。


 それは、カナタにとって──……否。


 コアノルにとっても予想外の事態。


 仕置き程度ならまだしも、この攻撃は間違いなく今の状態の望子さえも即死に至らしめる威力を持っており、そもそも傷つけたくはなかったコアノルは全ての節を止めようとしたが、もう遅い。


『ッ!!』


 カナタが蘇らせてくれるから大丈夫だと、そう信じていても死ぬのはやはり怖かったのだろう、ぎゅっと目を閉じて今から己を襲う痛みを覚悟していた望子だったが。


『……?』


 いつまで経っても、痛みがやってこない。


 カナタやキューの悲鳴も聞こえてこない。


 ウルやフィンが望子を案ずる叫びも聞こえてこない。


 ……あまりにも、静かすぎる。


 一体、何が──と意を決して目を開いた先では。


『あおい、ほのお……?』


 開いた目を思わず細めてしまう程の眩い蒼炎が、コアノルが放った鋭い節の全てを燃やし尽くす形で望子を護っており、その煌々と輝く蒼炎に、望子は。


『……これって、もしかして──』


 あまりにも、あまりにも見覚えがありすぎた。


 何しろ、その炎は望子にとっても。


『その〝蒼炎〟……見紛う筈もない……貴様は……!!』


 そして、コアノルにとっても忘れ難いものだった。


 かたや望子が嬉しさから涙を流し、かたやコアノルが憎々しさから岩と岩がぶつかり合って砕けた様な音を立てて舌を打つ中、蒼炎の主なのであろう何某かは美しい紺碧の長髪と九本の尻尾を雅に揺らし、煙管キセルを咥えていた形の良い口から紫煙を燻らせながら、こう告げる。











「随分と逞しくなったじゃあないか、〝二番弟子〟」

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