第407話 至高であり、究極であっても──

 千年前、先代の召喚勇者は確かに魔王を封印した。


 それは、この世界に生きる者の共通認識である。


 そしてその千年後たる現在、魔王が封印を解いて一つの大陸を支配し、残る二つの大陸をも支配して世界を手中に収めようとしている事もまた、共通認識である事に相違はない。


 つまり、何が言いたいのかと言うと──。


 魔王は一度、確かに敗れている筈なのだ。


 他でもない、異世界よりの召喚勇者を相手に。


 言うまでもなく、全力を以て迎え撃った上で。


 だとするのなら、コアノル自身をして〝至高〟だの〝究極〟だのと謳われた今の姿による戦闘は、まず間違いなく千年前にも行われている筈であり、かつての召喚勇者は今の姿のコアノルを討ち破って封印を成し遂げたという事になる。


 ……しかし、それも全ては憶測に過ぎない。


 千年前の戦いでは使用しなかったのかもしれないし、そもそも使用出来る程の力がなかったのかもしれないのだから。


 だが、少なくともキューは確信していた。


 先代の召喚勇者が、この姿の魔王を撃破したという事を。


 何しろ、そうでなければ。


(望子の質問に、あそこまで露骨に驚く筈がない)


 そう、事実としてコアノルは『どうやって己の父親である先代の召喚勇者は魔王を封印せしめたのか』という純粋な疑問に対し、その城壁の一部が変化した彼女自身の表情を、およそ感情という物の機微に疎いウルでさえ見て取れる程に歪ませ、驚愕しているのだ。


 最早、誰が見ても疑いようなどなくコアノルは千年前の戦いでも今の姿となった結果、敗れて封印されたのだろうと分かった。


 そして、その事実は──。


 〝至高〟であり〝究極〟であったとしても。

 

 〝無敵〟ではないのだという事の何よりの証明だった。


 ……出来る事なら魔王の口からも証明して欲しかったが。


『……ふん、どうじゃったかな。 仮にこの姿の妾を封印するに足る方法があったとて、それを告げてやる義理はないがの』

(まぁ、馬鹿正直に喋る訳ないよね)


 己を倒し、世界を救おうとしている勇者一行を相手に〝己の攻略法〟を四角四面に謳う魔王が一体どこに居るというのか。


『おしえてくれないの? どうしても?』

『いやいやミコ、そりゃあ流石に──』


 それを分かっているのかいないのか、その美貌とは裏腹なあどけない上目遣いで以て、とても勇者と魔王の会話に用いるものとは思えない澄んだ声音で問いかける望子に、いくら何でもとウルが制止しようとしたのも束の間。


『……いや、まぁ……うぅむ……』

『嘘だろ? チョロすぎねぇか』

『気持ちは分かるけどね』


 当の本人であるところの恐るべき魔王は、今や誰もが振り向く美貌を手に入れつつも愛らしさは失われていない絶妙な可憐さを誇る望子からのお願いに絆されかけており。


 そんなんでいいのかと、ボクでもああなっちゃうねというウルとフィンの呆れや同調の意がこもった声が聞こえたのかそうでないのかまでは定かでないものの。


『……い、否! 其方は勇者で妾は魔王! 其方一人ならまだしも、そこな取り巻きにまで助言を与えてやる謂れはないッ!!』

『流石に駄目か』

『そらそうよ』


 はっ、とすぐさま気を取り直したコアノルは巨城と化した今ほんの少し動くだけでも轟音を立て大陸を揺らしてしまう事など気にもかけずに首を振り、ウルやフィンを始めとした他四人を睨め付けながら〝否〟と返される事に対しては、これといった疑問はなかった。


 ……望子だけだったらいいのかよとは思いつつも。


 一方、魔王へ問いかけた張本人たる望子はと言えば──。


『でも、じゃあ──……あるんだよね?

『ぬ……ッ!!』

(やっぱり……!)


 奇しくもキューと同じタイミングで『無敵ではない』という結論に至る事が出来たいたらしく、それを口にはしなかったキューとは違い確認する為に再び問いかけ、とうとう言葉に詰まってしまったコアノルの様子でキューもまた確信するに至る。


 倒せない敵ではないのだと。


『ぜったい、みつけるよ。 とくいだったんだから。 きれいなすなのおしろをつくるのも──……!』

『ッ、やれるものならやってみるが良い!!』

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