第399話 人狼の一手

 現状、一柱でさえ手がつけられないというのに。


『さぁ参ろうではないか! 我が水棲の魔王ブルーサタンたちよ!』

『『……』』

『ッ、面倒臭ぇ事になりやがったな……!!』


 流石に同等とまではいかずとも、ほぼ同じ実力を有した水の分身ドッペル二体を含めた〝三柱の魔王〟を相手取らなくてはならなくなった現状に、ウルは強めに舌を打つ。


 己が火炎を得手にしている事もそうだが、たとえ二体の分身ドッペルが水で形作られ水を操る魔王でなかったとしても、どのみち地力の差で苦戦を強いられていただろう事は想像に難くない。


 それだけの力の差が、ウルと魔王の間にはあるのだ。


 では、ウルよりも実力や才能において優れていると言えるフィンや望子は現状どうなのかというと。


『もう、だいじょうぶ! ありがとう、きゅーちゃん!』 

「うん、頑張ってねミコ! キューも支援するから!」

『おかえり、みこ! まだ闘れるよね!?』

『もちろん! わたし、ゆうしゃだもん!』

『ふはは! それでこそじゃミコ!』


 ……やはり、ウルよりは何とかなっている様で。


(せめて数を減らせりゃあ──……ッ、そうだ!!)


 役立たずとはいかないまでも、フィンや望子の援護以上の事が一切出来ていない──元より覚悟の上ではあるが──事実を改めて悔やみつつも、ならば魔王本体ではなく分身ドッペルの対処くらいはと標的を変えた瞬間、彼女の脳裏に妙案が浮かぶ。


 無論、火化フレアナイズを扱える望子にも似た様な芸当は可能なのだろうが、ウルと望子の間には決定的な相違点がある。


 現時点で、ウルは魔王の眼中にないという相違点が。


 一挙手一投足を注視されている望子では不可能だと、そう確信したウルは己の役割を見定めてから勢いよく振り返り。


『キュー! ありったけの神力を寄越せ!!』

「え!? いいけど……何する気なの!?」

『決まってんだろ!? だよ!!』

「……へへ、そりゃそうだよね!」


 明らかに魔王を狙っていないと分かる、何らかの企みを匂わせるウルの快活な声音と笑顔による頼みを受けたキューは、そんな彼女に釣られる様に不安げだった表情を俄かに悪戯好きな美女のものへと変貌させると共に、ウルの背中へ膨大な神力を込めた聖なる種子の弾丸を着弾させる。


 真剣に戦うべきだとは理解している。


 これは正真正銘の最終決戦なのだから。


 だが、だからこそ。


 戦いを愉しむ余裕を忘れてはならない。


 魔王が、そうである様に──。


 瞬間、背中に着弾した種子から流れ込んでくる神力によってウルの火炎は更に勢いを増していく──……かと思われたが。


『お、おォ……ッ! おォおおおおあァああ……ッ!!』

『何じゃ……? やたら暑苦しいが──』


 どういう訳かウルの火炎の勢いは増すどころか鎮火するかの如く小さくなっていき、その代わりなのかウルが装備している触媒である大牙封印スロットルが強く赤熱していくと同時に、コアノルの呟き通り王の間全体の室温が過剰な程に、そして急激に上昇していく。


 あの人狼ワーウルフ、何のつもりで──とコアノルは一瞬、大して興味も惹かれない亜人族デミの行動に注視しはしたが、すぐに望子の方へ視線を戻そうとして。


(……ッ、違う!!)


 即座に、その浅慮を正して思考を修正しにかかる。


『──よもや彼奴……! チッ、面倒な事を……!』

『いるかさん!』

『分かってる! ウルの邪魔はさせないよ!』

『おのれ、ここぞとばかりに……ッ!』


 コアノルは既にウルの狙いに気づいていたが、コアノルよりも早くウルの狙いを悟っていた望子とフィンによる攻撃ではなく妨害に特化した連携で初動が遅れてしまい。


 ウルの一手を、許してしまう事となる。


『ッし! ミコ、フィン! !!』

『言われなくても……!』

『う、うん!』

『貴様ッ──』


 しかしウルの叫びの内容からすると、どうやら彼女の一手は魔王のみならず最前線で戦う望子やフィンすらも巻き込みかねない程の大規模なものであるらしかったが、それさえも読み切っていた望子とフィンが即座に防御態勢へ移行する一方、二人の妨害の対処に力を割かせられていたコアノルはまたも一手、遅れてしまう。


 そしてウルは、いよいよとばかりに太陽の如く赤熱し切った大牙封印スロットルを勢いよく取り外し、その奥で疼きに疼いていた凶暴な牙に溜まった魔力と神力の全てを。


『脳味噌ごと気化しやがれ!! 〝爆温波ばくおんぱ〟!!』 

『『──……ッ!?』』


 今までの様に口から単なる火炎を放つのではなく、それこそ魔鋼鉄をも容易に溶かす程の超高温の熱を持つ大咆哮として前方へ放射状に解き放ち。


 魔王討伐の為──ではなく、この一手における本命である二体の水の分身ドッペルたちは碌に抵抗する事さえ許されず、まさしくウルの言葉通り頭部の黒い塊ごと完全に気化してしまった。


『あつっ、あちち……! やけど、してないよね……?』

『遠慮って概念ないの……!?』


 ちなみに望子は風化エアロナイズによる暴風の障壁で、フィンは泡沫うたかたにより己を包み込む事でどうにかこうにか熱波を耐え切っており。


 充分に対処する時間のあった二人でこれならば、本命ではないとはいえコアノルにも結構なダメージを期待出来るのではと思うかもしれないが。


『……ッ、ははは!! 分身ドッペルを消し去る程度の仕事は貴様でもこなせるという訳か! じゃがな、この程度で妾を討ち倒し世界を救おうなどと曰うか!? 足りぬ、まだ足りぬぞぉ!?』

『こんなんで終わるたぁ思ってねぇよ最初ハナからァ!!』


 残念ながらと言うべきか、当然ながらと言うべきか。


 床や壁を液状化させ、沸騰させる程の熱波でも魔王に膝を突かせる事すら叶わず、相変わらずの昏い笑みと圧倒的な覇気を前面に押し出して挑発するコアノルに、ウルもまた今の一撃で仕留められるとは欠片も思っていなかった為、再び三対一となった最前線へと駆け出していく中。











(今の、もしかして……)


 そのに気づいていたのは、キューだけだった──。

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