第397話 魔王の優先順位

 一見、勇者一行が有利になると思われたこの戦場──。


 そりゃあ望子たちにとっては、そうあってほしいだろう。


 しかし魔王にとっては、そうでもない。


 何しろ彼女は、まだ微塵も本気を出していないのだから。


 ……とはいえ、微塵もというと嘘になるかもしれない。


 少なくとも、邪神の力を使わざるを得ないと思わされている状況にまで追い込まれてはいるのだから。


(さて、どうしたものか……)


 劣勢とまでは絶対にいかないが、ある程度はちゃんとした戦いになってしまってきている事に、コアノルは厄介だとは思いつつも何処か愉しげに形の良い唇を歪めて嗤う。


 ちゃんとした戦いとやらの相手であるところの望子を、まだ愛玩動物だとしか認識していない──正確には世界一愛らしい愛玩動物との認識である様だ──為、一行とは対照的にまだまだ余裕綽々のコアノルは、まず。


(ひとまず、何を重んじるべきか定めねばなるまいの)


 ウルたちにも優先順位がある様に、この戦いにおいて彼女自身が優先すべき事を、その戦いの真っ最中に考え始めた。


(最も重んじねばならぬのはミコの、それは疑う余地もない。 じゃが、その為には面倒な取り巻き共を始末せねばならぬ)


 当然ながら、コアノルにとっても最優先事項は望子の確保であり、それを〝奪還〟などと曰っている辺り如何にも魔王らしい傲慢さが全面に押し出されてはいたものの。


 その上で最も大きな障害となるフィンたちを──というかフィンを、コアノルは確かに厄介な敵だと認識してはいた。


(となれば、まずはあの人魚マーメイドから──……否)


 ゆえにこそ、まずはフィンから始末する事で取り巻き全体の戦力を格段に落としつつ、あとを消化試合とすべきかという至って単純な思考を、コアノルは即座に自己否定する。


 ウルたちがそれぞれ秀でている視覚、聴覚、嗅覚に触覚と味覚を加えた五感、魔王たる彼女はそれらの感覚についてもウルたちと同様かそれ以上のものを兼ね備えており。


 それゆえ、コアノルは聞き逃していなかったのだ。


 此処、王の間で繰り広げられていた訳でもない一行の会話の中で話題に上がっていた、カナタの新たな力──。


 ──等価治癒キュアイコールについてを。


 己の寿命と引き換えに、死者を蘇生する力についてを。


 勿論、制限なく使える力でない事も分かってはいるし。


 結局のところ使用者がカナタという人族ヒューマン──もとい人間でしかない以上、頭では分かっていても身体が追いつかず蘇生が間に合わなかったという事態も起こり得るだろうとも分かってはいた為。


 最初に至った単純な思考を実行していけば、いずれは払う寿命も失くなり、ただの〝光る置物〟に成り下がる筈だと、何であればコアノルは当のカナタよりも理解していたが。


(どちらにせよ、あの光は視界に映り込むだけで妾を不快にさせる。 いち早く葬っておくに越した事はないが……)


 不快──というか何なら視界に入るだけで若干のストレスやダメージさえ受けている事をも自覚していた為、フィンと同等かそれ以上に先んじて消さなければならない相手だと改めて思いながらも、さりとて聖女を消す方法にはまだ辿り着いていないコアノル。


 望子、ウル、フィンを超えていかなければ辿り着けないという事もそうだが、コアノルへの有効打を一切持ち合わせていないとはいえ、龍人ドラゴニュートと並ぶ最強種の一角たる神樹人ドライアドのキューが傍に控えている事も彼女に安易な策の遂行を躊躇わせており。


 面倒な──と激しい戦いの最中にあって、コアノルが視線をキューの隣へと移したその瞬間、彼女は美しくも歪んだ昏い笑みを湛えて。


(……あぁ、居るではないか。 誂え向きな〝刺客〟が──)


 そこに居た、を利用する事に決めた。


 聖女カナタを消す為の刺客、もとい〝武器〟として──。

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