第396話 三位一体、勇者とぬいぐるみ
少し前に、イグノールが独断で決めた勇者一行の序列。
今この場に居合わせている五人の序列だけを見るなら。
フィンは一位。
キューは二位。
望子は三位。
カナタは九位。
そして、ウルは──……十位、つまり最下位。
初めて聞いた時、ウルはそれはもうキレたものだった。
何であたしが最弱なんだ──と。
イグノールが言うには、単なる実力差だけではなく各々が持つ力の稀少性なども考慮した上での序列だったらしいが。
もしも今、彼がこの場に居合わせていたのなら。
きっと、渋々にとはいえ訂正していた事だろう──。
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ウル、フィン、キュー、カナタに望子を加えた四人が、コアノルとの戦闘を開始してから約三分が経過した今。
『……ッ』
コアノルは、聴覚に優れたフィンでなければ気づかない程に小さく舌を打つ。
焦りではなく、軽くはあれど無視は出来ない幾つかの負傷による静かな苛立ちが原因だった。
それらの傷を与えていた勇者一行はといえば。
『ミコ、自由に動け! あたしが合わせる!!』
『うん!』
カナタによって負傷も完治し、すっかり万全となった身体で恐化を発動させたまま魔王へと特攻していくウルの隣には、仮にも魔王が見せていた夢から目覚めたばかりとは思えぬ程の力で低空飛行する望子が居り。
『おおかみさん! ほのおちょうだい!』
『ほらよ!』
『ありがとう! いっけぇ!!』
『ぐぅ……ッ!?』
『図に乗るでないわ犬畜生! 貴様程度の炎で妾の溶岩を灼き返せるなどと──思い上がるなッ!!』
一瞬、異常な程の熱量と風圧に後退させられかけたコアノルだったが、すぐさま全ての羽を溶岩の巨掌に変化させて受け止めるどころか握り潰した上で、あくまでもウルだけを下に見た言葉を吐き捨てる。
この状況にあっても望子への
『はッ、思い上がってなんざいねぇよ! あたしは自分の弱さを知ってる! あたしは見ての通りの
『……ッ!!』
翻って、これまでならまんまと挑発に乗って露骨に青筋を立てていただろうウルは魔王の言を鼻で笑い、コアノルは勿論フィンにもキューにも劣る己の弱さを誰より自覚しているからこそ、誰より率先して幼い勇者をサポートする役目を担うのだと豪語する。
実際、望子が目覚めてからの戦闘においてウルは魔王への直接的な攻撃は控えており、あくまで牽制程度に留めていた──が。
そんな事実など、わざわざウルに言われるまでもなく戦場全体を把握していた影響で、とっくに理解していたコアノルは確かな苛立ちと共に、ウルからは見えない様に尻尾を床に突き刺しつつ。
『ならば、なおさら消え失せよ! 此処は貴様如きが幅を利かせて良い戦場ではないのじゃ!!』
『!? やべッ──』
それを自覚しているのなら尚の事、弱者はこの場に相応しくないのだと突き付けると同時にウルの真下から突き出てきた無数の溶岩の刃は、ウルの逃げ場という逃げ場を完全に失くし。
既に己の全力の炎でも魔王の溶岩には敵わないと分かっているウルが、なるべく被弾を抑える為に元より全身を覆っていた化石の鎧を防御に特化させようと試みていた、その時。
『おおかみさんっ!』
『! あぁ、頼む!』
赤熱した刃がウルの肌を灼く寸前、突如として割り込まれた愛らしい声音で呼びかけられただけで意図を察し、その声の主に己の生死を含めた全てを託し。
次の瞬間、『ぽんっ』という間の抜けた音が戦場に響くと共にウルが赤毛の狼のぬいぐるみと化しただけでは飽き足らず。
『
『もどしただけじゃないよ! いるかさん!』
『オッケー!』
『何を──』
コアノルの言葉通り、いつの間にか魔力と神力を縒って作った神々しい糸で望子がぬいぐるみを引き寄せる事で回避すると同時に、今度はフィンへと声をかけた望子の次なる行動が読み切れずにコアノルが珍しく困惑を露わにする中。
『ほんとは、とりさんもいっしょのほうがいいけど──』
ぽんっ、という音を再び響かせてフィンをも海豚のぬいぐるみに変えた望子は、その腕にあと一つのぬいぐるみが欠けている事を心から残念そうにしながらも敵意だけはハッキリと魔王へ向けたまま。
『いくよ、ふたりとも! 〝よん──』
おそらく、ここに辿り着くまでの旅路の中で練習していたのだろう何らかの技の名前を声高に叫ぼうとしたのだろうが。
『──……あっ、とりさんがいない……じゃ、じゃあ、えっと……さ、さん? だよね、うん! 〝さんみいったい〟!』
四ではなく、三。
つまり、ハピが居ない分だけ技名から数を減らさなければならないという事に直前で気がついた様で、すぐにとはいかなかったが望子は技名を訂正し、改めて〝
赤毛の狼のぬいぐるみからは火炎が、紺碧の海豚のぬいぐるみからは激流が、そして風化を発動させた望子からは竜巻が発せられ、それらは即座に交わって一つの大きな力となり。
『締まらんのぉミコ! その様な体たらくで──ッ!?』
未だフィン以外の勇者一行を侮っている魔王が平然と受け止めようとした瞬間、彼女の表情が一気に真剣味を帯びる。
……あまりにも、その攻撃が強かったからだ。
『く、お……ッ!? 馬鹿な、妾が圧されるなど……!!』
『このまま、まっすぐ……!!』
『く、うぅ……ッ、かあぁッ!!』
『っ!? うあっ!』
事実、二柱の邪神の力を吸収した今のコアノルでも受け止め切れぬ程の威力を有しているらしく、それ程の一撃を放った張本人とは思えぬくらいに愛らしい声で叫ぶ望子に毒気を抜かれそうになるコアノルだったが、すぐさま態勢を立て直しつつ魔力と神力の放出だけで相殺してみせる。
特殊な技や魔術などではない、純粋な力の差での相殺。
多少追いついたとはいえ、まだまだ魔王との差は大きい。
『く……ッ、くはははは! 好い、好いぞミコ! それでこそ勇者というもの! しかし、まだ足りぬ! これでは先代勇者の足元にも及ばぬわ!』
『……っ、まだ、これからだよ! ね、ふたりとも!』
『おぉよ!!』
『勿論!』
それを証拠に、コアノルは先刻よりも僅かに傷が目立つ様になった肢体を気にもかけずに高笑いを響かせており、それを見た望子も決して慢心などせず冷静にウルとフィンを
そして、またも実質的な三対一が始まろうとする一方。
「……凄い……」
要所要所で遠距離攻撃や回復こそすれ、すっかり蚊帳の外となってしまっていたカナタの呟きは、その激闘で発生する轟音に掻き消され、フィンの耳にさえ届いていなかった──。
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