第395話 召喚勇者は魔王討伐の夢を見るか

 場面は再び魔王との戦いに戻り──。


 火と水と土と光と樹、そして音による激しい攻防が繰り広げられる中にあり、かの尊くも愛らしい存在が目を覚ます。


「──……ぅ、んぅ……?」

「! ミコちゃん……!」

『『ッ!!』』


 それを真っ先に悟ったのは当然ながら望子を護る形で片腕に抱えていたカナタだったが、あろう事かカナタが声を上げるよりも早くウルとフィンは望子の目覚めに気がつき。


 ……気がついてしまったがゆえに生まれた一瞬の隙を。


『そりゃあ迂闊じゃろ、亜人族デミども』

『ッ!? しまっ──』


 魔王が見逃す筈もなく、それそのものが生命を有しているかの様に鼓動を打つ溶岩の巨拳が自分たちに向けて振るわれていると察した時にはもう遅く。


 通常時とは比べ物にならない程の頑丈さを誇っている筈の半透明な骨の鎧さえ溶解させ、その奥にある肉体を灼き尽くす勢いを持つ超高熱の奔流を、ウルは同程度の熱を持つ火炎で、フィンは全てを弾き返すべく音波で振動する泡の結界で防がんとするも。


『ぐッ、あ"ぁッ!?』

『い"っ、たぁ……!』


 歯が立たないとまではいかないが、ウルたちの防御は易々と突破され、それこそ治癒が必要な程のダメージを負いながら後方へと吹き飛ばされてしまい。


「っ!? お、おおかみさん!? いるかさんも……!」

『ッ、ミコ……! 遅くなって悪かったな……!』

『間に合って良かった! 独りにしてごめんね……!』

「う、うん……」


 そんな二人の元へ、ふらつく身体を押して駆け寄っていった望子に対し、ウルとフィンは己が傷ついている事も忘れ、ここに来るまで随分と時間がかかってしまった事や独りで戦わせてしまった事を謝罪しながら二度と離さないとばかりに抱き寄せる。


 勿論、恐化きょうかに纏わせている炎や水は一旦OFF。


 再会の感動を噛み締める様にゼロ距離で互いに触れ合っていた三人だったが、すぐに何かを思い出したかの様に望子が口を開き。


「……そ、そうだ! わたし、まおうをたおしたんだよ!

『『……ッ』』

「……? み、みんな? どう、したの……?」


 死力を尽くし、たった独りで魔王討伐を果たした事を決して得意げにではなく、あくまでも子が親に褒めてもらいたいといった具合の純粋さで以て報告するも、ウルたちから返ってきたのは無言と決まりが悪そうな表情だけ。


 それもその筈、目覚めたばかりで視界が狭く明瞭ではなかった望子には見えていなかったのだ。


『其方が倒した魔王というのは妾の事か? ミコよ』

「!? な、なんで……!?」


 未だ玉座の近くから動かず、ウルたちを単独で相手取っておきながら致命傷の一つも負っていない魔王コアノル=エルテンスの姿が見えていなかったのだ。


『其方は〝夢〟を見ておったのじゃ。 激闘の末、妾の討伐を成し遂げたという其方にとっての──……否、この世界に生ける全ての生命にとっての幸福な夢を』

「ゆ、め? あれ、ゆめだったの……?」


 そして今、動揺と困惑が入り混じる表情を浮かべずにはいられなかった望子へ、コアノルは望子にとってはあまりに信じ難い、されど否定しようにも己の目に映る全てがそれを肯定しろと訴えかけてくる絶望的な事実を突きつける。


 そう、望子が魔王相手に繰り広げていたと思っていた激闘の全てはコアノルが魔術で見せていた夢に過ぎず、実際は戦闘どころか腕に収めて愛でられていたなど知る由もなかったのだ。


『そして一つ問おう。 ミコ、並びに勇者一行よ。 其方らが今、夢を見ていないなどという保証は何処にある? 既に勝敗は決し、ミコを含めた全てが妾の手中に落ちているやも──』


 あられもなく目を泳がせる望子に構う事なく、さも大衆演劇の役者かの様な大仰さで以てコアノルは片手を前に掲げるとともに、そもそも今こうして言葉を交わしている自分が夢の中に居ないと誰が言えるのかと、こうして話している間にも夢の世界へ引き摺り込まれているのではないかと一行の疑心を煽ろうとするも。


『──!? ッぐ……!』

「いるかさん!?」


 突如、亜音速で飛来した光線の如き水流が彼女の褐色の頬に傷をつけた事で、それは遮られてしまう。


 言うまでもなく、フィンの仕業である。


『……今こうやって抱き締めてる望子が夢の産物かどうかくらい分かる。 キミもそうでしょ? ウル』

『当然だ、あたしの大好きなミコの匂いを誰が間違えるかよ』


 そんなフィンと、そしてウルは改めて望子に触れるとともに、この温かく幸せな感覚が偽物である筈がないと、それぞれ聴覚と嗅覚で確信する。


 おそらく、ハピもこの場に居さえすれば視覚で以て夢ではないと確信していた事だろう。


『何となく気づいてたけどさぁ──』


 そして、フィンは意趣返しの様に魔王を指差してから。


『ボクらが生きてる限り、使えないんじゃない? その力』

『……見抜いておったか。 賢しい事よ』

「っ、だったら……!」


 たった一つ、〝感覚器官〟という魔王を上回るものが自分たちにある以上、満足に精神への干渉は行えないのではないかという確信めいた推測を、コアノルは否定するでも誤魔化すでもなく暗に肯定し。


 今が夢ではないのなら、と僅かな希望を見出す望子に。


『そうだよ、みこ。 ボクらが傍に居る限り、みこに不確かな夢なんて見させない。 全部、叶えてあげるから』

『もう退がってろとは言わねぇ、一緒にろうぜミコ』

「……っ、うん!!」


 ここに居ない仲間たち──レプター、ローア、カリマ、ポルネ、そしてハピの分まで力を合わせて魔王を討伐しようと決意を新たにする。


 ここからが、本当の戦いの幕開けであると──。

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