第393話 火と水と光と樹と、そして──
当然、魔王と戦うのはフィンだけではない。
『おいフィン! 何か一騎打ちみてぇな雰囲気だが、あたしもやるぞ! もうミコは取り返したしなぁ!!』
コアノルによって握り潰された手をカナタに治してもらっていたウルは、その真紅の炎を更に強く輝かせながら望子を慮る様な発言をすると共に、わざと力の一端である〝牙〟を封じる事で他を強化し、その封印を解く際の反動で牙に爆発的な威力を与える触媒、
『みこが居ても突っ込んでたじゃんキミ』
『う、うるせぇよ!』
先程の特攻を鑑みると、とても望子を慮っていた様には見えないというフィンからの正論でウルが言葉に詰まる中。
「キューもやるよ。 ただ、有効打になりそうな技がないから……キューは二人の支援と、ミコたちの護衛をするね」
『一応、ボクの
既に〝異世界の植物〟という魔王への特効となると確信していた切り札を破られてしまったキューは、もう有効打を持ち合わせていない事を誰より自覚していた為、後方支援かつ目覚めぬ望子と身体能力で劣るカナタの護衛に立候補し。
キューがついている以上、別に不安という訳ではないが念の為にとフィンは何体かの
これによってフィンの力は幾分か削がれる事になってしまうものの、それを些細な事だと切って捨てられる程の力を今のフィンは有していた。
「……私は後方からの遠距離攻撃と回復ね。 死んでさえなければ治せるし、もし死んだとしても私の寿命を分けるわ。 少なくとも、この戦いが終わるまでは保たせてみせるから」
『はっ、上等じゃねぇか! 行くぞ!!』
そして最後に己の役割を文字通り命を使い潰すつもりで果たす気でいるカナタからの
フィンと共に、コアノルへ阿吽の呼吸で特攻する──。
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地獄の業火と呼ぶに相応しい真紅の火焔。
深淵より出でし暗く昏い紺碧の激流。
最も多くの神力がこもった翠緑の植物。
どれも充分に魔王へ痛痒を与え得る程の威力を持ち。
望子を奪い返されてしまった以上、最早フィンたちが加減をする様な事もありえず、ともすれば不利な様にも見えるが。
(……ミコは奪われてしもうたが、まぁ良い。 これはこれで興が乗るというものよ)
コアノルは全くと言っていい程、焦燥していない。
それどころか、この状況を愉しんでさえいた。
まるで、
それもその筈、少し前まで存在していた──まだローアは生きているが──全ての魔族は彼女を親として産まれたも同義であり、デクストラの愛も、ラスガルドの忠義も、ウィザウトの劣等感も、そしてイグノールの戦闘意欲も全ては元々コアノルの中にあった感情。
彼女はそれを、分けていただけなのだから。
……閑話休題、話は戦いへと戻り。
(しかし、やはりと言うべきか……聖女の神聖術だけは、どうやっても妾には特効であるらしいの)
コアノルは
事実、戯れに溶岩を纏わせた手でカナタが放つ聖なる光線を受けてみたところ、ウルの破壊的な威力を誇る
もし、あのまま溶岩を貫いた光線が彼女自身の手を灼いていたとしたら、おそらく彼女の手や腕は消滅していただろう。
デクストラも感じていた事ではあるが、やはり聖女という存在が魔族の、延いては魔王の天敵である事は間違いない様だ。
……が、しかし。
(じゃが、この中で最も厄介なのは……火でも水でも樹でも、ましてや聖なる光でもなく──)
彼女が真に警戒していたのは、ウルの火焔でもフィンの激流でもキューの植物でも、そしてカナタの神聖術でもなく──。
『────♪』
『ぐ……ッ』
そうして思索を巡らせていた魔王の鼓膜を、とても魔王城で聞けるものとは思えない澄んだ
『うらぁッ!!』
『チッ……!』
その一瞬の隙を見逃さなかったウルの重い打撃を、コアノルは己の舌を噛む事で無理やり眠気を飛ばし、どうにか相殺する。
先程、似た様な打撃を簡単に掴んで握り潰した魔王と同一個体とは思えない程の鈍さに彼女自身も辟易する中。
(此奴の──フィンの〝音〟……!!)
真に警戒すべきは、フィンの声──延いては音を操る力だと改めて認識した。
実際、他の力は油断さえしなければ対処は余裕であるし。
唯一の特効である神聖術についても肝心の使い手であるカナタが身体能力で劣っている以上、当たる方が難しいまであるのだから。
しかし、フィンの音だけは違う。
(おそらく鼓膜を潰したところで直に脳へ作用する、命持つ生物である限り決して逃れる事は出来ぬ類の力──)
コアノルの読み通り、フィンが出す音や唄声は耳を塞いでも鼓膜を潰しても、あらゆる感覚器官を通じて脳へと到達して効力を発揮するという、生物では対処がほぼ不可能となる理不尽な力。
まるで、コアノルやウィザウトの
『──……似ておるな、フィン。 妾と其方は』
『はぁ!? どこが!?』
そんな伝わりようのない意図を込めた、さも『親近感が湧く』とでも言いたげな吐き気を催す発言に、フィンは瞬間的な怒りを発露して更に凶暴な様相の槍だの斧だの槌だのといった激流の武器を顕現させていく。
それらを見切り、躱し、或いは迎撃していく中で、コアノルはまた別の方向へと思索を巡らせる。
(問題なのは、フィンが生きてこの場に居続ける限り妾の切り札たる
そう、目下最大の問題点は彼女の奥の手には違いない超級魔術である
同じく脳へ干渉出来るフィンが居る限り、いくらでも妨害されてしまうというのが彼女の推測。
そして、それは正しかった。
この戦い、フィンを先んじて潰す事が出来なければ。
彼女は切り札を完全に封じられたも同義なのである。
『……くはは、中々どうして──〝天敵〟じゃな』
だが、それでも魔王は懲りずに嗤う。
己こそ勝利者であり支配者であると信じているから──。
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