第391話 怒りに任せて
その光景を目の当たりにした瞬間とは違う、ただただ破壊的な烈火の如き怒り。
望子に当てるつもりは毛頭なかったが、それでも魔王が望子を盾にする可能性も当然ある訳で、そう考えるとウルの行動はあまりに軽率だと言わざるを得ないだろう。
「ちょ、ウル!? 駄目だよ、ミコが──」
だからキューは止めようとしたものの、もう時既に遅し。
尤も、コアノルの目的は『望子を手中に収める事』であり、せっかく手に入れた望子を盾にして危険に晒す訳もないのだが。
然りとて、その一撃を黙って受けてやる様な魔王ではない。
「何とも野蛮極まる力よの、
「っせぇ!! さっさと死ねやぁああああッ!!」
コアノルは、スッと前に掲げた右手を火と土の邪神の力で溶岩の如く変異させつつウルを蛮族呼ばわりし、ウルはコアノルが何を言おうと結果は変わらなかったが、それでもしっかり腹は立っていたのか更なる威力を込めて真紅の爪を振るう。
まともに命中しさえすれば、デクストラにすら大きな痛痒を与えられただろうその強力無比な一撃を──。
──ぐしゃ。
「脆い」
「ぐ、うおあぁッ!?」
コアノルは受け止めるどころか、握り潰し。
そのまま手首から先を灼き潰す形で引きちぎってしまった。
それは、ウルの専売特許だというのに。
咄嗟の事であった為、
……それを、認めろと言うのか。
ふざけるな──。
「ふ……ッ、ざけんなぁ!! こんなんで怯むと思うなよ!!」
「……喧しい、ミコが起きるじゃろうが」
「黙れ!! 元はと言やぁテメェが──」
そんな反骨精神からか、ウルは片手を引きちぎられた程度では怯む事も止まる事もなく、まるで親の様な物言いをするコアノルの言い草に更なる苛立ちを覚えつつ、もう片方の手から今度は遠距離攻撃の一つである
「──ッ!? おいキュー! 邪魔してんじゃねぇぞ!!」
「邪魔っていうか……今、助けなかったら──」
しゅるっ、と一瞬で緑色の蔦の様なものが身体に巻きつき魔王との距離を強制的に取らされた事で、キューの仕業だと気づいたウルは味方に投げかけるものとは思えない怒声を上げたものの、キューは至って冷静に魔王から目を離さずに魔王の方へと指を差す。
あ? とそれに釣られる形でウルが視線を戻した先では。
「あぁ、其方は死んでおったぞ
「
背中から生えている漆黒の羽の内の二枚が、あろう事かウルが一番最初に会得した技である
「原型を超える模倣……土を司る邪神の能力だね」
「流石は
「まぁね。 だから──」
キューだけは魔王が吸収したとされる土を司る邪神、ナイラが持つ『完全なる模倣』を知識としては有していた様で、その事実を心にもなさそうな声音で称賛する魔王をよそに、キューは緩やかに右腕を前に掲げつつ。
「──対策もしてるよ!!」
「? 何じゃそれは……」
その右腕を、楽器の様に花開く真っ白な植物へと変異させる。
──『
花、葉、茎、根──それら全てに毒があり、誤って口に入れてしまったが最後、麻薬さえ凌駕する幻覚作用を引き起こす危険な植物。
キューが異世界の植物を武器として利用する事を考えたのは、他でもない魔王コアノルへの対策の為である。
土の邪神の力を知っていた彼女は、その力が及ぶ範囲をも理解しており。
この世界まで、つまり異世界にまでは及ばない事を理解していたからこそ、わざわざ望子に無理を言って出来る限り思い出してもらって再現し、それを自身の神力で過剰に強化したのがこの
その花弁の中心から歌声の様に発せられた甲高い音を耳にした生物を、強制的に自害させるという凶悪な代物。
対象はキューが決められる為、味方を巻き込む事はない。
そして何より、これは真似られる事もない。
神力で強化されているとはいえ、異世界の植物なのだから。
……もしもキューに誤算があったとしたら、それは──。
「……成る程? ミコが暮らしておった世界の植物か」
「ッ!?」
「確か、そう──
「う、嘘──」
望子の過去を知る為に、コアノルが望子の記憶を覗いていた事。
覗いた際に、望子が知る限りの地球の全ての知識をコアノルも獲得していた事。
キューが思い出させてしまったばかりに、望子の脳内に正確な
挙げていけばキリがないが、概ねそんなところだろう。
そして、それら一つ一つの誤算はあまりに重く。
羽の内の二枚を漆黒の
『──ルアァアアアアアアアアアアアアッ!!』
「!? う、ウル……!?」
「ほぉ、これを掻き消すか」
『これで貸し借りなしだぜ」
「う、うん……ありがと」
いつの間にか
という一連の攻防を蚊帳の外から見ていたカナタは。
(次元が、違う……微塵も割って入る隙がない……!)
ただただ呆然と、立ち尽くす事しか出来ていなかった。
望子の為ならと命を捨てる覚悟があれば、どんな戦いも怖くない筈だと思っていた。
それが、たとえ魔王相手であっても。
……だが、甘かった。
正確に言えば、恐怖はない。
ただ、あまりにも戦いの次元が違う。
自分の様な戦闘経験が浅い者、肉体の強度が弱い者が割って入る隙が全くと言っていいくらいに見当たらないのだ。
何しろ、そもそもの肉体的強度だけで言えば一行で最も優れている筈のウルでさえあの有様。
キューやフィンならともかく、どこまでいっても単なる
カナタが、とある疑問を抱く。
(……? そう言えば、さっきからフィンは何を──)
そう。
王の間に足を踏み入れてからというもの、フィンが何もしていない事に気がついたのだ。
……いや、何もと言うと嘘になるか。
王の間に入ってすぐ、コアノルが望子を抱きかかえているのを見て『は?』と困惑と憤怒の入り混じった声を上げてはいた。
だが、それだけだ。
ウルと同じく、もっと言えばウルより早く誰より先に殺意を抱いて魔王へ突っ込んでいった方が、まだ納得出来る。
そう思って、ふと隣に居る筈のフィンを見遣った事を──。
「──ッ!?」
カナタは、ほんの少しだけ後悔する事となる。
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