第390話 王の間で目にしたそれは──

 カナタ、ローア組がデクストラとの激闘を繰り広げた戦場を後にした一行は、この旅の最終目的地である魔王コアノル=エルテンスが待ち構えている筈の、そして今も望子が魔王と戦っている筈の王の間へと最高速度で向かっていき──。


「──……あれが、魔王の部屋の扉か」

「多分ね。 みこも居る筈だよ」


 もう少し先にある、これまで見てきた物の中でも殊更に大きく絢爛で堅牢な漆黒のそれを、まず間違いなく王の間へ続く扉だと断定したウルとフィンが一層やる気を高めていく中にあり。


 フィンが顕現させた水の分身ドッペルに運んでもらっていた──今までの二人の関係ではありえなかった──カナタだけは、どうにも何かを心配する様に何度も何度も後方を振り返っていた。


「……本当に置いてきてよかったのかしら……」

「しょうがないよ、起きてくんないんだからさ」


 その心配事とは、カナタたちが少し前まで居た対デクストラ戦の戦場となったあの部屋に、まだ目を覚まさないローアと、ローアの見守り兼ハピたちを待つ係として残してきたカリマの事。


 ここは魔王城、敵陣の真っ只中。


 既に敵は魔王のみとはいえ決して万全とは言えない二人を残していくのは、カナタとしても不安だったのだが。


「……こっから先は戦う力があっても足手纏いになりかねねぇ最後の戦場だ。 眠りこけてる奴まで連れてってやる余裕があると思うか? 少なくともあたしにはねぇな」

「それは……」


 ローアが一行の中でも頭一つ抜けた知力と実力を兼ね備えているのは事実だとしても、それはあくまで彼女が目覚めて戦いにも参加出来る状態の話であって。


 戦う事も有益な助言をする事も出来ず、おまけに魔族でさえない今のローアを背負ったまま戦う程の余裕なんてないというウルの正論に言葉を返せないでいた時。


「本当にやる気があるなら起きてくるでしょ。 そん時には終わってるかもしんないけどね! みことボクの力で!!」

「おい、あたしらは?」

「……オプション?」

「ふざけんな!」

「あはは!」


 茶化す様に、或いは場を和ませる様に本音か冗談か分からないくらいの独占欲を披露し、それをウルが突っ込むという普段通りのやりとりにキューも敵陣だと分かっていながら思わず笑みをこぼす。


(……本当、良い意味で気が抜けちゃうわね)


 そんな漫才している場合ではないとも思ったが、これはこれで良いリラックスになっているのだろうと、望子を介さずともぬいぐるみたちの間にある確かな絆にカナタはほっこりしていた。


「ったく、ちょっと良い事言うのかと思ったらこれだもんな」

「はいはい拗ねない、ほら行くよ。 みこが待ってる」

「……あぁ、そうだな」


 それから少しして、ぐちぐちと拗ね始めたウルを宥めようとするフィンが指差しで示した先で待つ少女の名を口にした事で、ウルの表情も、そして全員の表情も改めてキリッと引き締まり。


 覚悟はいいか? そんじゃあ行くぞ──というウルの掛け声と同時に重い扉を開いた四人の視界に一番最初に映ったその光景は。


──────────────────────────


「「──……は?」」


 ウルとフィンが、唖然とせざるを得ない光景モノであった。


 憤怒、困惑、様々な感情が込めに込められた、その一文字を漏らす事しか出来ない光景モノであった。


 その光景とは、とても数十分近く勇者と魔王による激闘が繰り広げられていたとは思えない程の美麗な漆黒で彩られた王の間の最奥に設置された、同じく漆黒の玉座に座る恐るべき魔王がを膝に乗せて愛でている歪なモノで。


「よくぞ此処まで辿り着いた──……と褒めてやりたいところではあるが、もう帰って良いぞ? 亜人族デミども、そして聖女カナタ」

「おい……おい、テメェ……」


 そんな恐るべき存在、魔王コアノル=エルテンスは何でもないかの様にちらりとウルたちに視線を向けつつ、その小さく愛らしい何かのを指で梳かしており、それを遠目から見ていたウルは魔王の言葉を無視して光ない真紅の瞳で睨みつけた。


 小さく愛らしい何かは、ただされるがままに撫でられている。


「生憎、妾は其方らに興味がない。 悲願を達成した以上、今はただその余韻に浸りたいのじゃ」

「聞いてんのかって、なぁ……ッ」


 更に魔王は魔王でウルの声を無視して会話を続け、その小さく愛らしい何かのと己の薄紫の瞳との視線を愛おしそうに合わせながら、うっとりと恍惚とした表情を浮かべており、それを遠目から見せつけられたウルのこめかみには青筋が、強く握る手からは鋭い爪が食い込んで血が滲んでいた。


 小さく愛らしい何かの瞳には最早、何も映っていない。


「じゃから、大人しく消えよ。 さすればデクストラを始めとした我が同胞を全滅させた事も赦し、見逃してやろう。 おぉ、何と寛大なのじゃろうな妾は──」


 そして、とどめとばかりに魔王は先程と同じ様にウルの声を無視するとともに小さく愛らしい何かのに口紅で彩られた美しい唇を近づけつつ──。











 ──……ちゅっ。


「──のぅ? 愛しい愛しい、よ」

『……』

「ッ!!」


 互いの唇を触れさせた瞬間、怒りの臨界点を超えたウルは魔王の膝に小さく愛らしい何か──もとい望子が乗っている事も忘れる程の憤怒の感情に支配されたまま。


「な、にをやってんだテメェはあぁああああッ!!!」


 己の手から流れ出る赤い血を、真紅の炎で蒸発させながら勇爪いさづめを発動させる。


 愛しい愛しい望子の唇を奪ったコアノルを、ほんの少しの影も形も残さず抹殺する為に──。

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