第389話 運命共同体
二人の治癒は、およそ三分程で完了し。
「──っし、もう充分だ。 ありがとよ」
「え、えぇ……どう、いたしまして……」
ぐるぐる、と本調子にまで回復しきった腕を回しながら素直に礼を述べるウルとは対照的に、とてもではないが治癒に神力を割いたからという理由一つとは思えない程に疲弊しきったカナタが途切れ途切れに返事したその時。
「ぐ、ゥ……ッ、こ、ここは……?」
「あ、起きた。 気分はどぉ?」
それまで昏倒していたカリマも、流石というべきかカナタの神聖術を施されたお陰で漸く目を覚まし、それに気づいたフィンがカナタに代わって体調は如何かと問うたものの。
「フィ、フィン……? 何が、どうなッて……」
「ラスガルドは倒したよ。 後は魔王だけ」
「……マジ、か……凄ェな、やッぱ……」
それよりも、ラスガルドとの戦いは一体どうなったのかという、まさにウルが目覚めた時とほぼほぼ同じ様な質問に対し、フィンは魔王城で浮かべるものとは思えない晴れやかな笑みとVサインで以て答え、カリマが改めて自分とフィンの間にある決して埋められない差にある種の感嘆を覚える中。
「──で、
ウルたちが駆けつける前から既に、この場に倒れ伏していたローアだけが何故まだ目覚めないのかという抱いて当然の疑問を、治した張本人であるカナタに問いかけたところ。
「……ローアは……もう少しかかると思う。 だって──」
カナタは溜まりきった疲弊とは別の理由から表情をみるみる暗くし、まだ目覚めるには時間が足りないと前置きしつつ。
「──……
「はぁっ!?」
「へ?」
「んん……?」
「何だ、そりャあ……?」
その理由が、デクストラに殺されてしまったからだと答えた事で、ウルだけでなく居合わせた全員の頭に疑問符が浮かんでしまう。
確かに、カリマと同じく昏睡状態にはあるのだろうが。
「殺され──……っいや、生きてんじゃねぇか! お前、確か死者の蘇生は出来ねぇんだろ!? だったら……!」
ウルの言う通り脈はあるし、息もしているのだから『殺された』というのはおかしいだろう、そもそもお前は中途半端な蘇生しか出来ないのではなかったか、と彼女としては珍しい正論でしかない反論をぶつけようとしたが。
「出来る様になったんだね? 死者の蘇生」
「「「っ!!」」」
「……えぇ」
それを遮ったのは、キューからの『カナタが死者蘇生の力を得た』という確信を持った言葉であり、この時ばかりは流石のフィンも表情を驚愕の色に染め、ウルとカリマに至っては最早、唖然とするしかなくなってしまっている。
無理もないだろう。
「じゃあ魔王との戦いで死んでもキミ以外なら復活出来るって事!? 凄ーい!
一方、驚きから喜びの感情へといつの間にかシフトしていたフィンは、『死んでいない限り、どんな傷でも治す』と云われる
「──違うの」
「え?」
「……そんな便利な力じゃ、なかったのよ」
「もしかして、代償があるの?」
それはあっさりとカナタ自身に否定されてしまい、フィンが思う様な──ウルとカリマも思っていたが──万能な蘇生手段ではないと告げた事で、キューは瞬時に対価が必要な力なのではと察して問いかけ、カナタはそれを無言で首肯しつつ。
「……『
「じゃあ何だってんだよ」
「蘇生じゃなくて──……『分配』。
「分け、与える? 一体、何を──ッ、おいまさか」
正確には『蘇生』などではなく『分配』、命を分け与えるという、まるで先代の召喚勇者たる勇人の
……思い至ってしまった。
「そう、分け与えるのは
「……何だよ」
カリマの予想通り、カナタがローアに分け与えたのはカナタ自身の寿命。
文字通り、心身を削ってローアを蘇らせたのだ。
とはいえ、この力も場合によっては充分に便利な筈。
諸君らの中にも、たとえ己の命を数年削ってでも蘇ってほしい人の一人や二人は居る筈だから。
だが、それが半分となるとどうだろう。
残り五十年だとしたら、二十五年。
十年だとしたら、五年。
分け与える覚悟が、あるだろうか?
カナタには、あったのだろう。
たとえ──……そう、たとえ己の残りの寿命が。
「……あと、二年だったのよ」
「「は!?」」
たった二年しかなかったとしても──。
「元々、私の寿命はこっちの
どうやら、ルニア王国の王族を含めた上層部がカナタを聖女として異世界に定着させるべく、こちらの世界のとある少女の瞳を強制的に移植させ、そして異世界に慣らす過程で彼女の寿命は、この碧眼の持ち主だった病弱な少女の二十年という短い寿命に引っ張られる形で緩やかに縮まっていたらしく。
それを女神より人知れず聞かされていたからこそ、カナタは迷う事なくローアに寿命の半分を明け渡せたのだが。
「じゃあ、その二年を半分にしたんだから……」
「二人とも、あと一年しか生きられないね」
「そりゃあ何つーか……不憫だな」
「……でも、これで良いの」
「?」
二年を半分ずつにしたという事は、カナタもローアも残り一年ずつしか命を保つ事が出来ないという事であり、そう考えると幾ら片方が望子を異世界に喚び出した元凶で、もう片方が今は仲間とはいえ魔族の身であった異端者だったとしても、ウルにしては珍しく同情の気持ちさえ抱いたものの。
「これで心置きなく、あの子の為に命を捨てられる。 ローアだって、きっとそれを望んでる。 だから命の半分をあげたの。 今の私とローアは運命共同体。 魔王を倒すその瞬間まで、絶対に死んでなんかやらないんだから……!!」
「……良い度胸じゃん」
残り一年となった今こそ、『望子の為に命を使い潰す』と心から、心の底から言えると敢えて笑い、ローアも間違いなく同じ気持ちである筈だと、魔王を倒すその時まで幾らでも命を削ってやる、と覚悟と決意を真に秘めた瞳で宣言したカナタを、フィンは初めて心から仲間として認めた。
この瞬間、フィンとカナタは初めて同じ志を持つ仲間となったのだ。
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