第388話 合流と目覚めと

 魔王との戦いで何かが起こる少し前──。


 漆黒の剛刃ブラックシェイド生ける災害リビングカラミティを討伐した後、合流を果たしたフィン・カリマ組とウル・キュー組は、未だ目覚めぬ程に満身創痍なカリマと、まだまだ重傷なウルの治癒を頼む為に。


 自分たちより更に魔王が待つ場所に近いところで戦っている筈の、カナタの下へと向かうべく可能な限りの最高速で飛び、駆ける。


 尤も今カナタが何処にいるかなど分かりようもないのだが、『魔王は城の一番上に居るでしょ多分。 じゃあ側近も上の方に居るんじゃない?』というフィンの適当な推測の元。


 長く、昏い階段を只管に登っていく。


 しばらくすると階段も終わり、今度はまた只管に長い廊下が続くだけかと思われたが。


「──……ん? 何か寒くない?」

「確かに……何だろうねこれ」


 何故かは分からないが長い廊下を進めば進む程、気温が下がっていく様に感じるのだ。


「ハピ──……は違ぇよな。 あいつが先に行ってる可能性もなくはねぇんだろうが……」


 てっきり自分たちより先に戦闘を終え、この先にある更なる戦場へ向かい、そこでハピが冷気を操っているからかもしれないという可能性としては低そうなウルの推測に対し。


「かもね。 戦いの音をフィンが拾えなかったのも、あの二人がキューたちより先に戦いを終わらせてたからって理由なら納得だもん」

「んー、そんな事あるかなぁ」


 かたやキューは『うんうん』と頷き。


 かたやフィンは『うーん』と首をかしげ。


「……行ってみりゃ分かんだろ。 急ぐぞ」

「「りょーかい」」


 ここで談義する事に意味がなさそうだと察したウルの声に、フィンとキューは声を揃えて返答し、速度を更に上げ目的地を目指す。


────────────────────


「──……ここだな。 あいつの匂いだ」

「「寒ぅ……」」


 辿り着いたのは、長い廊下の最奥の部屋。


 堅牢で絢爛な漆黒の扉の向こうからウルが確かにカナタの匂いを感じ取る中、フィンとキューは互いに身を寄せ冷気に震えている。


 実際、途中までは涼しい程度だった筈なのに、ここに辿り着くまでに段々と冷気は強まっていき、吐く息は白く、肌は粟立って、天井には氷柱が、床には霜が降りてさえいた。


 それを見たウルたちは一つの確信を得る。


 ハピの仕業ではない、という確信を。


 それが何故かは氷柱と霜を見れば分かる。


 ……のだ。


 ハピの冷気によって発生する氷塊は全て普通のものと同じ無色透明であり、もしも自分たちの知らぬところで色の変化があったとしても、それは黄色や緑のどちらかになる筈。


 間違っても、この様な漆黒とはならない。


 ……筈。


 だから、ハピではない筈──なのだが。


「……いや、つってもは……」

「? どしたの」


 ウルは、それ以外の何かで迷っており。


 何事かとフィンが問いかけると。


「この奥からする匂い……あの聖女だけじゃねぇ。 魔族の匂いに関しちゃあ、魔王の側近とやらとは何だろうから別にいいんだがよ」

「うんうん。 で?」


 どうやら彼女の嗅覚が、カナタとデクストラ以外の何某かの匂いを感じ取ったらしく。


 然りとて正直それが望子でないなら、どうでもいいと思っていたフィンが先を促すと。


「あの聖女以外の、人族ヒューマンの匂いがしやがる」

「「えっ?」」


 ウルから返ってきたのは、この奥にカナタ以外の人族ヒューマンが居るという驚きの情報だった。


 しかし望子がここに居る筈はない。


 今も魔王と戦っている筈なのだから。


 ウルは一瞬、『あいつ』かとも──人化ヒューマナイズを行使したローアかとも思ったが、その時の薬品臭い匂いは覚えていた為、それも違う。


 じゃあ一体、誰だ?


「……色々と気になる事はあるけどさ、とにかく入らない? そしたら全部、解決するよ」

「……そうだな」

「だね。 行こっか」


 そんな疑問こそ解消されていないが、これ以上ここで話していても何も変わらない、そう判断して声をかけたキューに呼応し、ウルとフィンも顔を見合わせ扉に手をかけ──。


 鍵がかかってる訳でもないのに凍りついているせいで開きにくくなっていた扉を、ウルが炎で解かしながら開いた先に見えたのは。


「「「っ!?」」」


 全てが漆黒の氷で凍てついた部屋だった。


 床、壁、天井──……そして。


 その部屋の中心で身体が重なる様にして倒れ伏す、満身創痍のカナタとローアすらも。


「何だこの部屋……何が起こりゃこうなる」

「それよりこっち! 起きて、カナタ!」


 ウルが警戒の意味も込めて部屋中を見回す一方、一行の誰よりもカナタと深い仲にあるキューは真っ先にカナタを気遣い、その細い身体をゆっくり起こしながら治癒を試みる。


 戦闘による負傷は勿論の事、精神も大きく削られており、また神力についても少しずつ回復しているとはいえ底を尽きかけていた。


 おそらくローアと共に魔王の側近と戦い。


 そして辛勝したのならば、これくらいの傷は負って当然か──と思索していたその時。


「っう、うぅ……?」

「! カナタ!」


 カナタが、呻き声と共に目を開いた。


 キューがそれに反応し声をかけたが、カナタが最初に視線を向けたのはキューでなく。


「っ! ロー、ア……! ローアは……!?」

「ローアなら、そこで倒れてるよ」

「っ、貴女たち──……いや、それより!」


 共に戦い、そして命を捧げてまで側近を滅ぼした筈のローアを探す目的での見回しであり、フィンが彼女の目的を果たす手伝いをした事で、ようやく三人の存在に気がつきながらも、カナタは急いでローアに駆け寄って。


「は、あぁぁ……良かった、成功した……」

「成功……? 何がだよ」

「あ、えっと──」


 何故かそこだけ大きく穴の空いた白衣から見える、平たい胸に耳を当て鼓動を確認出来たからなのか、心から安堵した様に涙目で息をついた彼女に説明を求めんとする。


「それよりさぁ、カリマ治してあげてくんない? このままだと多分、死んじゃうからさ」

「え──……っ! わ、分かった……!」


 しかし、それを遮ったのはカリマを間接的に満身創痍にしたフィンであり、それを受けたカナタは視線を遣った瞬間、目を剥いた。


 間違いなく、あと少しでも遅れていたら。


 彼女は本当に死んでいたと確信したから。


「ついでにウルも治してあげて。 キューだと完治までさせてあげられないみたいだから」

「あたしは別に──」


 治癒を始めたカナタを見て、ウルの完治も一緒に任せて大丈夫そうだと判断したキューは、あくまでも無理のない範囲でと前置きしつつ治癒の並行を依頼するも、ウルは固辞。


 もう充分に動けているのだし。


「いいから、ね?」

「……わぁったよ」


 しかし、その固辞はキューの有無を言わさぬ一言で拒否され、ウルはカリマの隣に片膝をついて座る形で治癒を受ける事となった。


「……任せて。 それが私の役割だから──」


 これで、ここに居る勇者一行は万全の状態となり、そのまま対魔王へと挑戦を切り換える事に何一つとして憂いはなくなるだろう。











(何でローアこいつから魔族の匂いが消えてんだ)


 ウルが抱く、たった一つの懸念を除いて。

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