第387話 思い出と決着と……?

 時は少しだけ遡る──。


 具体的には、イグノールに連れ去られた望子が彼と共に戦闘訓練をしていた辺りまで。


 そして更に突き詰めるなら、イグノールが望子の腐化モルドナイズを食らった後、内臓器官のカビ化によって休憩を申し出た辺りまでだろうか。


『いいかミコ。 腐化モルドナイズは間違っても仲間の居るところで使うなよ? ヤベェ事になっから』

『やべぇ、こと? それって──……え!?』


 椅子も座布団も何もあったものではない地べたに座っていたイグノールは、そんな彼の目の前でちょこんと座る望子に対して、『時と場合を考えろ』と切実な様子で頼み込み。


 ヤベェ事とはどういう、といった当たり前の疑問を投げかけようとした望子だったが。


 彼が纏っていた服とも言えないボロ切れを捲った事で見えた、イグノールの腹部が視界に映った途端、望子は思わず驚き目を剥く。


『見りゃ分かんだろ? 内臓の殆どがカビに変えられちまってんだ、お前の腐化モルドナイズでな。 それでも俺が死んでねぇのは魔族だからであって、あの亜人族デミどもが食らったら即死だぞ』

『ほ、ほんとにしなない? だいじょうぶ?』

『あ? 俺の心配なんざしてんじゃねぇよ』

『そ、そう? ごめんね』


 何しろ彼の言葉通り、そこには内臓どころか隆々とした筋肉や肋骨、僅かな脂肪分や皮膚に至るまでカビでぐずぐずになった腹部が露わになっており、望子はイグノールを気遣ったが、どうやら余計なお世話だった様だ。


 実際、彼はウィザウト程でなくとも再生能力にも長けていた為、見た目のズタボロさとは裏腹に割と問題はなかったりするのだが。


 まともに食らった瞬間はともかくとして。


『……ふつうのひとのも、こうなるの?』

『絶対たぁ言わねぇが……ならねぇだろ』

『なんで?』


 そんな中、イグノールへの気遣いが要らぬものだったと知って僅かに安堵した望子の思索は、じゃあ他の誰かが行使した腐化モルドナイズでも同じ様な現象が起こるのかと確認するも、それはあっさりとイグノールにより否定される。


 とはいえ彼としても確信とまではいかない様で、がりがりと頭を掻きつつ言葉を選び。


『お前が勇者だから──だったら格好もつくんだろうが……多分、俺のせいだな。 まだ龍だった時の俺の身体ん中で変異バグか何か起こしたんだろうよ。 ローガンにでも聞いてみな』

『う、うん。 そうする』


 事情を知る者ならば誰もが一番最初に思いつく理由、『勇者だから』という理由ではないと前置きし、おそらくは巨龍の肉体の中で何らかの異常が起きた結果、一般的な腐化モルドナイズにはない馬鹿げた感染力を発揮したのではないかと推測したものの、その推測が合っているかどうかまでは分からない為、一行の中で最も豊富な知識を持つローアに聞けと言われ。


 望子は、素直に頷いた。


 ちなみに、まだローアに聞けてはいない。


 二体の魔族の来訪や、勇者一行の合流などなど色々あったせいで忘れていたから──。


 多分、聞く機会はやってこないだろう。


 後は対魔王戦しか残っていないのだから。


『でだ。 これを使っていいのは、魔王かデクストラの奴が相手の時。 そんで、お前以外に誰も味方が居ない時だ。 そうすりゃ腐化モルドナイズの侵蝕を抑える意味もなくなるし、魔王にだって通用する筈だ。 切り札って奴だぜ、ミコ』

『きり、ふだ……うん、わかった』

『っし! じゃ、ちっと休んだら続きだ!』

『うん!』


 そして本格的な休憩時間に移る前の締めとして、あくまでも使用していいのは『魔王コアノルか、その側近デクストラを望子単独で相手取る時』のみだと、ある意味では腐化モルドナイズこそが奥の手なのだと言い納めた彼の言葉に。


 望子は、元気良く頷いた。


 手元に何もなかった為、脳内にしっかりと刻み込むべく何度も何度も反芻させながら。


────────────────────


(ありがとう、いぐさん……! いぐさんのおかげで、まおうをたおせるかもしれない……!)


 その甲斐があってか望子は今、間違いなく魔王の余裕を奪い、そして追い詰めている。


 イグノールに感謝する余裕も出来てきた。


 魔王は、『そんな汚らしい力、望子には似合わん』と吐き捨てていたが、そうでもないんじゃないかと望子自身は強く思っている。


 何しろ、これはイグノールがくれた力。


 ローアと違って『お友達』ではなくとも。


 一時的にとはいえ確かに『仲間』であった彼がくれて、そして鍛えてくれた力である。


 だから、これで良い。


 いや、これが良い。


 この力で魔王を討てるなら本望だ──。


 ──と、までは幼い望子の頭では思い至らないが、似た様な思考に辿り着いてはいた。


 いぐさんのおかげだよ──と。


(ぜんぶおわったら、かえるまえにみんなでごはんをたべよう! おししょーさまも、あどさんたちも……みんな、みんないっしょに──)


 だから、もし無事に魔王を倒せたなら。


 勇者一行の人族ヒューマン亜人族デミに属する仲間たちは勿論、ローアもイグノールも、そして今まで望子たちに力を貸してくれたり友好的に接してくれた全ての人たちと一緒に同じ食卓を囲もうという如何にも望子らしい想像を広げると共に、望子は今一度コアノルを見据え。


『──そのために! あなたをたおす!!』

『っ、ミコ、其方は──っ!?』


 故にこそ必ず、ここで魔王コアノルを討伐すると改めて宣告しつつ、それまでとは比較にならない程の腐敗臭と規模と感染力を誇るカビの塊を巨大な龍の顎へと変異させ始め。


 それを見たコアノルがここで漸く望子を敵として、そして勇者として認識を改めたのも束の間、コアノルは更に目を剥く事となる。


『その貌は、イグノ──』


 もやもやとして視界の悪い龍の顎の中、微かに、されど確かに魔王の眼に映った望子の貌が、ほんの少し前まで三幹部としての立場にあった生ける災害リビングカラミティを麗しく女体化させた様なそれに変化している事にコアノルは驚き。


 それによって発生した僅かな隙を望子は見逃す事なく、その顎を魔王に振り下ろして。


 一息に、噛み砕いた。


 勿論、一撃で終わるとは思っていなかった為、何度も何度も何度も──……咀嚼する。


 無我夢中で力を振るい続けて、数分後。


 龍の顎と共有していた望子の触感に、およそ何かを噛み砕いた感覚がなくなった事で。


『……や、やった……? や、やったぁ!!」


 望子は戦いの終わりを悟って、ゆっくりと禁忌之箱による肉体変化を解除しつつ喜び。


「みんな……っ、みんな! わたし、まおうをたおしたよ! これで、このせかいはへいわになったよ! わたしも、ちきゅうにかえれるんだ! おかあさんがまってるあのいえに──」


 これで漸く、この世界に真の平和が訪れ。


 まだまだ寿命などの問題はあるものの、とにかく最愛の母が待つ地球へ、そしてあの暖かい我が家へ帰る事が出来ると涙を流した。


 これにて、勇者と魔王の戦いは幕を閉じ。


 異世界から、全ての悪しき魔が消滅して。


 世界は、勇者によって救われたのだった。





















「──成る程、斯様に戦いたかった訳か」

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