第385話 新たな環境を創る程の戦い

 執行部隊エクスキューショナーは蒼の爆発で討ち滅ぼされ。


 三幹部は勇者一行との2on1に敗北し。


 魔王の側近は異端者ローアに絶滅させられ。


 その異端者ローアも魔族である事を捨てた。


 残る魔族は、コアノル=エルテンス──。


 ──……恐るべき魔王のみとなった。


 尤も、『魔族』とは王に連なる一を指す造語という扱いな為、魔王であるコアノルを魔族と称していいかは微妙なところだが。


 そんな魔王に対するは──舞園望子。


 僅か八歳の幼い召喚勇者である。


 その愛らしさは魔王さえも魅了して、その純粋さは異端者の心さえも動かしてみせた。


 肝心の強さに関しても、かつての勇者であり望子の父親でもあった舞園勇人の力を受け継いだ事で遥かに昇華しており、それこそ魔王くらいしか相手取れない程となっていた。


 そんな望子は今、魔王との戦いの真っ只中にあり、ほんの十数分前まで荘厳かつ美麗な造りだった筈の王の間は最早、全く別の場所だと見紛う程の変容を遂げている様で──。


『──ははは! 凄まじいなミコ! 他人の事は言えぬが、まるでの様ではないか!!』


 望子が全力で放った破壊的な暴風と激流の一撃を、さも当然の様に溶岩へと変化させた右手で難なく受け止めてみせながら、コアノルは心の底から愉しそうに口を歪めて嗤う。


 事実、彼女が生きている限り絶対に城の外部や内部が破壊される事はないとは知っていても、こうして両名が激闘を繰り広げている王の間は最早、魔王の言葉通り天災が訪れたと言わざるを得ない程の惨状と化していた。


 ある一角では決して壊れぬ筈の床が剣山の如く隆起し、ある一角では遥か上空でもないのに乱気流が吹き荒れ、ある一角では空気中の水分が風や地形の影響を受けて渦潮を形成し、ある一角では天井も壁も床も上下左右さえ問わず噴き出す粘度の高い溶岩に侵され。


 ……そして、ある一角ではそれら全ての災害が同時多発しており──その一角こそ、勇者と魔王が矛を交える主戦場となっている。


 地球とは何もかもが異なるこの世界から見ても、全く新たな環境を創り出す程の戦い。


 これが、もし不壊の魔王城ではなく何処ぞの国や大陸、或いは海上で勃発していたら。


 この世界は、たった数日の内に──。


 ──滅亡の一途を辿っていた事だろう。


 その一方、そういった『起き得たかもしれない絶望の未来』など知る由もない望子は。


『っ、てん、さい? なんで、そんなこというの? わたし、そんなにあたまよくないよ!』


 コアノルが口にした『天災』、要は天がもたらす災いという意味の言葉を、『天才』という同音異義語だと完全に捉え損ねており。


『そちらの天才ではない──……が! そういうところもまたい! ますます欲しい!!』

『こ、こないで……っ!』


 如何にも子供らしい間違いを訂正するよりも、どちらかと言えば可愛らしいと思う気持ちの方が勝っていたコアノルは更に気を良くし、やはり是が非でも手に入れたいと逸って接近戦に躍り出る魔王を望子は慌てて迎撃。


 一つ一つが激しい突風と、その速度を得た鋭い水の槍を流星群の様に幾つも落下させて接近を防がんと試みるも──……どういう訳か、コアノルには一つたりとも直撃しない。


(なんで、あたらないの……!? いぐさんとのとっくんで、ようにしたのに!)


 せっかく少し前、イグノールとの訓練中に指摘された『あからさまな視線の動き』を修正し、完全には無理でもある程度は相手の動作を予測した攻撃を放てる様になったのに。


 実際、望子は今コアノルの姿だけは絶対に視界から外さぬ様に意識しつつ、かと言ってコアノルを視界の中心に置く事もなく周辺視野で全てを捉え、それこそ針の穴程度の隙間すら存在しない弾幕を全力で展開している。


 回避など、どうやっても出来ない筈。


 なのに──……魔王の接近は止まらない。


 針の穴程度の隙間すら存在しない弾幕の中で、針の穴程度の隙間を強制的に作り出し。


 まさに針の穴を縫うが如く回避している。


 ……回避しながら、接近してきている。


 これは魔王が故に成せる業──ではない。


 単なる──……そう、単なる経験の差。


 勇者と女神の子である望子が、コアノルと同じ年月を重ねる事が出来ていたなら或いは命中させられたのかもしれないが、そんな妄想を幾ら語らったところで何の意味もなく。


 それに加えて、もう一つ。


(やっぱり、おかしいよ……なんで──)


 望子には魔王を脅威に思う理由があった。


 その理由とは──。











(なんで、ずっとわらってるの……?)


 ──そう。


 コアノルが常に笑みを絶やさぬから。


 狂気的で、蠱惑的な笑みを絶やさぬから。


 対話の最中というならまだ理解出来る。


 どうやら魔王コアノルは自分の事を『可愛い』と思っており、それ故に殺さず手に入れようとしている事は流石の望子も分かるし。


 それを考慮すれば、もう間もなく目当ての物が手に入る事への悦びから笑っているのだろうと推測する事は出来なくもないのだが。


 言葉を交わしていない時、即ち互いに戦闘行為に集中している時でさえ、コアノルの貌は満面の笑みにのみ彩られているのである。


 幼い望子には──……いや、こうなるともう望子でなくとも理解など出来る筈がない。


 だから、これ以上の思案は無意味と断じ。


(まずは、あのこわいえがおをとめる……!)


 討伐を前提、及び最善としつつも一先ずは不気味極まるあの笑みを消す事を決意した。

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