第382話 真の狙いの更に裏

 魔力と神力の衝突による超新星爆発にも等しい程の質量の塊は、デクストラを完全に呑み込んでから数秒程で段々と収束していき。


「──っ、や、やったのかしら……?」

「……さてな」


 その奇妙なまでの静けさに支配された光景に、カナタな思わず死亡フラグも斯くやという呟きを溢す中、ローアは全くと言っていい程に気を抜かぬまま光の完全な収束を待つ。


(渾身の一撃であった事は疑いようもない。 それこそ魔王様を害せる程であった筈──だが)


 先の一撃は間違いなく必殺の威力だった。


 まともに命中さえすれば、かの魔王コアノルに重傷を負わせる事も不可能ではない一撃だった筈だと、ローアが推察する程の威力。


 幾ら魔王軍きっての強者とはいえ、デクストラが魔王に劣る以上、消滅させる事は出来る筈であるし、そうでなくとも満身創痍くらいには追い込める筈──そう思っていたが。


 やはり、ローアは臨戦態勢を崩さない。


 ローアはデクストラを嫌っている。


 デクストラがローアを嫌うのと同じ様に。


 しかし、それと同時に認めてもいるのだ。


 デクストラが己以上の強者であり。


 己以上の──……である事を。


 そして、ローアの警戒は無駄とはならず。


「──退がれ、聖女カナタ! 闇番守己ダクシルド!!」

「え、あっ!?」


 突如、光の完全な収束と同時に接近してきたズタボロの何かによる捨て身ともとれる特攻を、ローアはカナタを後退させつつ防ぎ。


 カナタが突然の事に目を剥くのも束の間。


 闇番守己ダクシルドを、『防ぐ』のではなく『受け流す』為に発動した事により、ズタボロの何かは──もとい、デクストラはローアたちを飛び越える様にして背後に回った上で睥睨し。


「……っ、よくも……! よくも、やってくれましたね……!? この身体は、コアノル様の所有物……! を……聖なる光など、にぃ……!!」

「左腕を、犠牲に……っ」


 これまでにない程の怒りを発露して恨み言を叫び放つ彼女の姿を見て、カナタはその怒りの殆どが己に向けられている事を察する。


 それもその筈、左腕が消滅しているから。


 本来ならば即座に再生する筈なのに、だ。


 これこそ神聖術が魔族への特効たる所以。


 聖なる光は悪しき魔を存在ごと滅する。


 それを分かっていたからこそ、デクストラは相殺しきれないと見るや神殺しを己の左腕に巻きつけ、左腕一本を犠牲にする事で存在の消失を回避したのだとカナタも理解した。


 ちなみに恨み言へ含まれていた宣言が、かの勇者に向ける龍人ドラゴニュートのそれと全く同じだったという事には、カナタもローアも気づいていなかった様だが──……それはさておき。


「……神聖術による完全な消失、哀れであるな。 しかし、本望であろう? 貴様は元より魔王様の右腕、右腕そちらが残れば問題あるまい。 尤も、もう間もなく存在ごと消失するのだが」

「っ、貴女は……!!」


 当然ながら、デクストラと同じく魔族の性質を理解していたローアは、デクストラの現状を哀れむかの様でいて、その末路を悟らせるかの様にも思える抑揚の薄い科白を吐き。


 最早、煽りにしか捉えられなかったデクストラが口惜しげに歯噛みするのにも構わず。


「さて、デクストラよ。 そろそろ幕引きといきたいのだが──大人しく首を差し出す気はあるか? さすれば、苦痛なき死を与えるが」

(めっちゃ上からだ……)


 呆れて物も言えないカナタの呟き通り、ローアの口から飛び出したとは途轍もなく上から目線な、それこそ魔王の命令か何かかという様な提案だったが──まぁ、当然ながら。


「何を、ふざけた事を……っ! 私は、コアノル様の側近……っ、あの御方の障害となり得る全てを排除する者……! だからこそ──」


 それを彼女が了承する訳もなく、かの恐るべき存在に文字通り身も心も全てを捧げており、その事を魔王もまた快く思ってくれているのだと信じて疑わない側近の選択は──。


「──降伏など、あり得ないのです!!」

「っ、今度は私が! 神聖光雨リーネライン!」


 言うまでもなく、特攻であった。


 ズタボロの羽を以て超高速で飛来してくるデクストラに対し、カナタはローアの前に躍り出つつ全身を滅するべく光線を放出する。


 先の息吹にこそ出力は劣れど──もう神力が底を尽きかけているのもあるが──当たりさえすれば確実に消滅させられる聖なる光。


 ……だった、筈なのに。


「やはり……っ、やはり! 最早、貴女など眼中にないのです! 聖女カナタ!!」

「えっ!?」


 どういう絡繰か、デクストラが回避行動の一つも取らずに真っ直ぐ突っ込んできている事に、カナタは目を剥かずにはいられない。


「何で!? いきなり、効きが弱く……!!」

「成る程、考えたな」

「どっ、どういう事!?」


 まだ距離があるとはいえ、『魔族に対する唯一絶対の特効』だと神聖術を信じていたカナタがショックを受けつつも光線を放ち続ける中、既に絡繰を見抜いているらしいローアに対して焦った様子でカナタが先を促すと。


「我輩を除き、を会得している魔族は二体のみ。 魔王軍幹部、魔王の予備サタンズスペアウィザウトと──……そして、デクストラである」

「あの、魔術──……っ、まさか!?」


 ローアは突然、何らかの魔術における魔王軍内の会得数についてを語り出し、デクストラだけでなく三幹部の一角の名前まで挙がってきた事で、カナタが一瞬だけローアの方を見遣った瞬間──……その意味を、悟った。


 それは既に、ローアから語られた情報。


 魔王軍でも三体しか会得していない魔術。


 ……騙し、欺き──弱くなる為の魔術。


 そう。


「えぇ、そうです! 屈辱ですよ! 勝利の為といえ、斯様に脆弱な生物の姿を模さねばならぬというのは! そうでしょう!? 人族ヒューマン!」

「っ、やっぱり、人化ヒューマナイズを……!!」

「加えて人化ヒューマナイズを行使するのは一瞬、神聖術が身を焦がす瞬間のみ。 これなら魔族としての機動力も再生力も損なわぬ。 さかしい事よ」

「言ってる場合!? 貴女も手伝っ──」


 神聖術が魔族に対してのみ特効だという事実を逆手に取って、ローアの推察通り魔族の超人的な動体視力と反射神経で以て光線が命中するその一瞬だけ人化ヒューマナイズを発動、時間にして一秒にも満たない変異ならば移動速度も再生能力も損なわぬまま特攻を仕掛けられる。


 ……などと呑気に解説するローアの悠長さとは裏腹にカナタが叫ぶのも束の間、意趣返しとばかりに一瞬の隙を見逃さなかったデクストラは『人族ヒューマンであらずとも良い時間』を二秒近く確保し、その短時間で溜めた魔力を。


「『白をも黒に、黒をも黒に染め上げよ! 自由を奪え、漆黒の零氷!!』闇葬凍波ダク・ゴク!!」

「っ!? がは……っ!!」

「ぐ──ぅおぉ!?」


 漆黒の水晶が如き巨大な氷塊を伴う黒い猛吹雪として放出し、その凄まじい冷気の嵐でカナタは結界を張る間もなく壁に叩きつけられ、ローアは足元から顕現した氷塊に首から下を凍らされ、行動を封じられてしまった。


 規模、及び拘束力についてはハピがウィザウトに放った大鷦鷯命オオササギの方が上だが、ただ単に威力や速攻性を見るのなら僅かに上回る。


 そして魔力の放出を終え、銀世界ならぬ黒世界と成り果てた部屋を、カツンとわざとらしく音を鳴らして歩くデクストラの足元に。


(……? これは──……あぁ、そういう)


 完全に凍結し、割れてしまった試験管が転がっており、デクストラは瞬時にその試験管に入っていた中身の正体を察した上で──。


「……こんなモノに頼ってまで魔族である事を捨て、人族ヒューマンに身をやつすとは……あの様な愛らしさだけが取り柄の幼い勇者の何が良いのですか? 理解出来ませんよ、今も昔も……」

「っ、貴様に、言われる筋合いは……っ」


 更にヒールで粉々に踏み潰しつつ、やはり互いに水と油である事を再認識する旨の言葉を告げるも、ローアは震える声で反論する。


 人族ヒューマンの肉体に、この極寒の冷気は流石に厳しい様で、もう眼前の魔族と目も合わない。


「……ふっ、もう反応してやるのも面倒ですね。 貴女の言う通り、幕引きとしましょう」

「っ、ロー、ア……!」


 それを知ってか知らずか、それとも本当に面倒臭がっただけなのか、壁に叩きつけられた後で床に氷で固定されていたカナタが手を伸ばすのを尻目に、デクストラは今日一番の魔力で以て魔鋼質化マクロナイズを発動、残った右腕の爪を漆黒の槍の様に変異させ──……そして。


「が、ふ……っ」

「そん、な……」


 一息に薄い胸を貫き、心臓を抉り取った。


「漸く貴女を始末する事が出来ましたよ、ローガン。 本当に……本当に貴女だけは目障りで仕方がなかったですので。 さて、次──」


 それからデクストラは、ローアの小さな心臓を凍った床に放り投げつつ、そもそもの標的だった聖女に狙いを定めようとした──。











 ──その、瞬間だった。


「──……は、あ"……っ?」

「……? な、何……?」


 デクストラが、口から血を吐いた。


 少量ではなく、そこそこの量の血をだ。


 そして追い討ちをかけるかの様に、ズタズタだった角や羽、尻尾といった身体の先端がドロッと溶けて消失していくだけでは飽き足らず、スッと直立する事さえ出来なくなったらしく膝をつくデクストラを垣間見ていたカナタが訳も分からず呆然とせざるを得ぬ中。


「何で、すか? これは……っ、まるで、この世界から……様な……」

(存在の、否定? 一体、何が──)


 その現象を、『存在の否定』などという何も知らぬ者が聞けば『大袈裟な』としか思えない捉え方をしたらしいデクストラの呟きを耳にして、より一層の困惑に支配されるカナタの耳に、また別の誰かのか細い声が届く。


「──……効き目があった様で何より……」

「っ、ローア……! 無事、なの……!?」

「何故まだ息が……っ!!」


 その声の主は死んでいなければおかしい筈のローアであり、カナタは勿論デクストラまでもが彼女の生存に驚きを露わにする一方。


闇菌蔓延ダク・バグ──知らぬ訳ではあるまい、我輩が誇る超級魔術が一角を。 貴様が心の臓を狙うてくると踏み、仕込んでおいたのである」

「絶滅の魔術……まさか、試験管これの中身が」


 ローアは、さも何でもない事であるかの様に、そして先程よりも余裕を取り戻した様に感じる声音で以て、世界の否定も間違いではない──という闇菌蔓延ダク・バグを発動した事実と。


 デクストラが見抜いた通り、そして勘違いした通り、あの試験管の中身が背水人化ネバー・ヒューマナイズではなく闇菌蔓延ダク・バグだったという肯定の意を示す。


 ……デクストラは、理解した。


 理解、出来てしまった。


「まさ、か……っ、まさか、貴女が魔族である事を捨てた……真の狙い、は……っ!!」

「然り……我輩の狙いは、最初から──」


 ローアが永久的な人族ヒューマンへの変異を憂いもなく受け入れた理由は、デクストラに一矢報いる為でも、ましてや人族ヒューマンになる事でしか味わえない神聖術をその身に受ける為でもなく。


「──……である」

「……っ!!」


 つまりは、そういう事だったのだ──。

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