第381話 光と闇の饗宴
属性の反発──。
それは、光と闇の間にだけ起きる現象。
例えば、火と水の魔術を同時に放つと双方の程度にもよるが大抵の場合は火が消える。
火が水に弱く、水が火に強いからだ。
風と土の魔術にも、それは当て嵌まる。
風は土に強く、土は風に弱いから。
では、光と闇ではどうか?
光は闇に強く、闇も光に強く。
そして闇は光に弱く、また光も闇に弱い。
その答えこそが──……『反発』。
互いが互いを消し合ってしまうのである。
たとえ味方の放った魔術であっても。
光と闇は、決して共存する事は出来ない。
そんな事は、デクストラも分かっている。
分かっているからこそ信じ難いのだ。
(何故、反発が起こらない……! またローガンが何かを……!? それとも聖女カナタが──)
今もなお己に向かって放たれている白と紫の多種多様な攻撃が、お互いを消し合っていない事が──つまり、反発していない事が。
またしても、ローアが彼女の想定にない何かを仕出かしたのか、それとも聖女カナタが彼女の知らない聖なる何かを行使したのか。
現段階では、何も分からない。
そして、それを解明する為に必要となる満足な思考時間さえ、与えてもらえない様で。
「っう、ぐ……っ、
デクストラは
……
そう、デクストラともあろう者が二度もローアとカナタからの波状攻撃を受けたのだ。
無論、彼女とて無抵抗だった訳ではない。
ローアの多様な魔術を同じ闇の魔術で、カナタの神聖術を
……そう、油断はなかった。
だが、
彼女でさえ埋めきれない、小さな隙が。
デクストラは聖女カナタにとっての天敵。
最早、誰にも疑いようのない事実である。
しかし、それはあくまで
その為、爪でも翼でも魔術でも防御や相殺が可能なローアの魔術と違い、カナタの神聖術に対しては
鞭を振るい、カナタの神聖術を無力化しようとするその瞬間にどうしても隙が出来る。
時間にしてみれば、一秒にも満たない隙。
ローアは、それを決して見逃さない。
文字通り隙間を縫う様にして、デクストラが振るった鞭を引き戻す為に出来る一瞬の隙を狙い、バラバラと拡散させた魔術の中に一つだけ超高速で飛来する攻撃魔術を混ぜて。
「っ!? ぎ、う……っ!!」
──撃ち抜く。
当然ながら、デクストラにはウィザウト以外の全ての同胞を上回る再生能力があるし。
そもそも、ローアの行使する闇属性の魔術如きが最後の
双方の共通認識である。
だが、それでも痛い事は痛い。
無視出来る痛痒ではなかったのだ。
なればこそ、デクストラはローアの方にも対処しようと魔力を割いたが、あちらを立てればこちらが立たずとはよく言ったもので。
「っ! そこっ!」
「しまっ──」
先にローアを仕留めてしまおうと、ほんの一瞬デクストラが視線を遣った瞬間、一般的な反射神経や動体視力しか持たないカナタでさえ分かる隙を狙い、文字通り光の速さで。
「ぐ、あ"……っ!!」
神殺しを持っていた方の腕を支える肩を深く貫く光線を放ち、その魔族であるが故の聖なる光への特効により、デクストラは鞭を手放してしまう程のダメージを受けてしまう。
ローアは、それを絶好の機会と心得た。
「聖女カナタ! ここが正念場であるぞ! 難しく考えるな! 我輩がお主に合わせる故!!」
「っ! うん、お願い……!!」
そして、その事をローアに言われずとも感覚で理解していたカナタも即座に呼応して。
カナタは祈る様に両手を合わせ。
ローアは誇示する様に片手を掲げ。
共に、詠唱を開始する──。
「『──天に在します我らが神よ、どうか聖なる御恵みを。 空より吹き荒ぶ息吹が如き祝福で以て、我らの敵の天罰を──』」
かたや、今は亡き水の女神サラーキアを模した半透明で神々しい巨大な女神像を背に。
「『──善悪、功罪、白と黒。 弱者の曰う世迷言。 森羅万象に喰らいつき、それらを呑み込む牙を我が手に──』」
かたや、前にも増して禍々しくなったと見える凶悪な牙の生え揃った巨大な口を背に。
光と闇が混ざり合い、されど完全に一つとなる事なく歪に肩を並べる聖女と魔族の力が矛先を定め、更なる魔力と神力を充填する。
唐突だが、ここで答え合わせといこう。
何故、ローアの闇属性魔術とカナタの神聖術が反発しないのか? という疑問について。
デクストラは戦いの最中、彼女なりに色々と思考を巡らせていた様だが、カナタはともかく、ローアにとっては何という事もない。
……反発など、する筈もないのだ。
(神聖術の絡繰如き、とうに解析は済んでいる)
既に、実験し終えているのだから。
無論、カナタにも勇者一行にも無断で。
これまでの旅の中、研究意欲や知的好奇心を抑えられなかった──抑える気もなかったのだが──が故に、カナタの身体や神力の解析を隅から隅までし終えていたというだけ。
カナタが起きている間にも、そして眠っている間にも節操なく解析し、カナタが力を振るう際、暇さえあれば闇を割り込ませて反発を確認し、そうならない為にはどうすればいいかと試行回数を稼ぎに稼いだだけなのだ。
それこそ初めて出会ったその時から。
つまり、ローアは結局ただ単に──。
──自分勝手な知識欲を満たしただけ。
他の神官などが扱う光の魔術とは未だ反発しようが、カナタの神聖術とは反発しない。
事ここに限って言えば、それでいい。
初めから、こうなる事を読んでいたから。
デクストラの性格なら十中八九、魔王を虜にする幼き勇者を喚び込んだ聖女を憎むと。
故に、カナタの神聖術だけでも己の闇と反発せぬ様に取り計らねばならぬ──……と。
これこそが、ローアの異端たる所以。
最初から、忠誠心など二の次だったのだ。
「──
「──
カナタの神聖術による全ての厄災を跳ね返す女神の息吹と、ローアの超級魔術による全ての事象を呑み込む邪悪な牙、何もかも正反対の性質を持つ二つの力は反発する事なく。
されど歪に衝突し、あろう事か白と紫、魔力と神力が入り混じる巨大で半透明な質量の塊となってデクストラを押しつぶそうとし。
「こんな……っ、こんな力、認められ──」
己が敬愛してやまない魔王コアノル=エルテンス以外に、この様な力を持つ者が居るなどと決して認められない──……そう歯噛みする彼女の瞳は揺れ、その身体は動かない。
そして、デクストラはその光に──。
「──……っ」
悲鳴の一つすら上げず、呑まれていった。
思わず動けなくなったのも無理はない。
何しろ、それは世界の終焉を示すが如く。
禍々しくも美しい光景だったのだから。
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