第379話 *にくのなかにいる*

 ローアが初めて見せた、怒気を帯びた貌。


 その訳は彼女自身が口にした、『魔王軍随一の部下思いな上司』という自負にあった。


 ──遡る事、数十分前。


 軍勢を相手取るべく独り戦場に残ったレプターと、その奥に佇む漆黒の城を前にして魔王の側近よりの使者に連れられていったカナタを除く一行が幹部との戦いの場へ進む中。


 全なる邪神との戦いを終えて以降、自身の直属の部下である研究部隊リサーチャー所属の魔族たちとの連絡が通じなくなった事に疑問を抱いていたローアは、ぬいぐるみたちと別行動を取り始めるやいなや、その足元に魔方陣を展開。


 闇属性の転移の魔術、闇間転移ダクトランスにてローアの古巣とも呼べる研究室へと赴いたのだが。


「──……誰も、居らぬのであるか?」


 そこには、誰の姿もなかった。


 何某かの襲撃に遭ったとは考えにくい。


 研究室内が荒らされている様には見えないというのもあるが、そもそも研究部隊リサーチャーに所属する魔族たちは皆、性格や思想こそローアに似た異端ではあるものの、その実力は確か。


 級位に関しても殆どが上級であり、それこそ三幹部や魔王の側近、そして魔王コアノルその人でもなければ敗北する事はない筈で。


 だとしたら、どこへ消えたというのか。


 そして何故、連絡がつかないのか。


 ……否、ローアも本当は理解している。


 三幹部や魔王の側近、或いは魔王でもなければ──という仮定を逆説的に捉えるなら。


 ここに居ない部下たちを消した、もしくはどこかへ秘密裏に移動させたのは先述した者たちの内の誰かなのだろう──という事を。


 ただ、それでもだ。


(彼奴らならば……この我輩が見込んだ彼奴らならば、伝言の一つでも残している筈……)


 ローアが所属を認める程の異端であり、そして知恵者でもある彼ら、もしくは彼女らならば、ローアに何が起きたかを伝える為の手紙か何かを必ず残している筈だと推測して。


 部下たちの机や棚を漁った後、本命だとばかりに自身の机の引き出しを覗いたところ。


「……!」


 確かに、そこにあったのだ。


 彼女が望んだ、死期悟り遺す文言ダイイング・メッセージが。


 以下は、その内容である──。


────────────────────


『──研究部隊リサーチャー主任、ローガン様。 然したる時間もない為、結論からお伝えします。 ローガン様を除く研究部隊リサーチャーは、デクストラ様の命令によって抹消される運びと相成りました』


『ただ、これは我々に限った話ではありません。 三幹部のや一部の糧食部隊レーショナー、及び執行部隊エクスキューショナーに属する全ての同胞。 これらを除く、あらゆる同胞が同じ末路を辿るのです』


『その末路とは三幹部が一角、魔王の予備サタンズスペアウィザウト様のとなる事でした。 ウィザウト様は既に、デクストラ様と魔王様の手によって魔合獣キメラの如き肉塊へと変異しております』


『当然、拒否する事は不可能──……だったのですが、そもそも拒否する理由もありませんでした。 何故なら我らは研究部隊リサーチャー、主任である貴女様を筆頭に己の肉体を実験体とする事さえ厭わぬ研究中毒者リサーチジャンキー。 好奇心を抑えられなかったのです。 たとえ己を糧としてでも』


『無論、心残りがないと言えば嘘にはなります。 もう一度、主任にお逢いしたかったのもそうですし──何より、主任が見初められたという幼き勇者との邂逅を果たしたかった』


『しかし我々は、どこまでも好奇心の奴隷キュリオシリティー・スレイブなのです。 後悔など、欠片もありません。 最期にそれだけは、お伝えしたかったのです』


『いつ貴女様が戻られても良い様に、この研究室だけはそっくりそのまま残していただきたい──とデクストラ様に懇願した結果、糧となる同胞の捕縛、及び抵抗した同胞の始末に協力する事を条件に許可を得られました』


『主任が見初めた勇者が勝利するのか、それとも順当に魔王様が蹂躙するのかという事にも興味はありますが、ひとまずは貴女様の無事のご帰還と好奇心の充足を祈り、筆を折りたく思います。 研究部隊リサーチャー副主任、ウィロウ』


────────────────────


(……愚か者どもめ)


 そのふみを読み終えた彼女の貌は、やはり無表情でありつつも、どこか誇らしげだった。


 部下たちは、どこまでも己の好奇心の赴くままに己の生き方を貫いてみせたのだから。


 だが、それはそれとして部下の命を無碍に散らしたデクストラを捨て置ける訳もなく。


「──成る程、部下の仇をという訳ですか」

「貴様には理解し得ぬのであろうな」

「えぇ、全く。 というより──」


 デクストラの言う様に、ローアは目の前に立つ魔王の側近では復讐心など理解し得ぬだろうし、そもそも理解しようとも思っていないのだろう事も分かった上で参戦したのだ。


 それを証拠に、デクストラはやはりローアの推測通りに『意味が分からない』と言わんばかりに首を横に振るだけでは飽き足らず。


「貴女が幾ら憤慨し、その怒りを私に向けて発露せんとしたところで無駄という事は理解しているでしょう? 私や三幹部は、コアノル様の魔力を直々に賜っているのですから。 多少なり異端であろうと貴女に手出しは──」


 覆しようのない大前提として、かの恐るべき魔王コアノル=エルテンスより直々に力を賜ったデクストラ及び三幹部に対し、ローアを含めた全ての魔族は何があろうと決して仇なす事は出来ないという誓約があると語り。


 生ける災害リビングカラミティという例外はあったが、と付け加えた上で改めて『復讐など、そもそも不可能だったのだ』と突きつけようとした──。


 ──……まさに、その瞬間だった。


「──闇光染影ダク・レイ

「なっ!?」

「え……!?」


 ローアの細く指先から放たれたのは。


 直線状で薄紫の光線を放つ闇の上級魔術。


 どう足掻いても自分が傷つく事はないと確信していたデクストラだけでなく、そう聞かされていたカナタまでもが目を剥くのも束の間、光線はただ只管にデクストラに向かい。


 並の上級魔族であれば、それだけで消滅させられたであろうが──相手は魔王の側近。


「く、この……っ、鬱陶しい!!」

「そんな、素手で……!?」


 デクストラは、あろう事か薄紫の極大な光線を神殺しではなく片手で受け止め、ほんの僅かに圧されこそしたが即座に消し去った。


 せいぜい彼女の手袋に焦げ目が付いたか付かないかという微量なダメージだが、それでも敵意を込めた攻撃が当たったのも事実で。


 その光景に驚くカナタをよそに。


「何を、したのですか? 、私に傷をつける事は──……まさか」

「そのまさかである」


 魔族である限り決して、そう口にした事で気づいてしまった──否、気づかされてしまったが故に驚愕の表情を見せるデクストラに対し、ローアは我が意を得たりと首肯する。


 その色白かつ牙もない貌は、まるで──。


「何という事を……! 『私への復讐』、『部下の仇討ち』……!? そんな事の為に──」











「──のですか!?」

「っ、嘘……!」

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