第378話 聖女の天敵

 三幹部との戦いに幕が下りる一方で。


 それらの戦いが幕を開けると同時に、また異なる場所では三幹部を取り纏める立場に位置する、との戦いが始まっていた。


 魔族の王、魔族の創造主たる魔王コアノルを最も深く敬愛し、そして仮にも部下であるなら抱くべきでない劣情さえ抱く上級魔族。


 魔王の側近、デクストラ。


 破壊力では生ける災害リビングカラミティ、イグノールに。


 再生力では魔王の予備サタンズスペア、ウィザウトに。


 そして総合力では漆黒の剛刃ブラックシェイド、ラスガルドに劣りこそすれ、その深く昏く狂乱じみた魔王への情愛だけで三幹部を上回る力を得た。


 召喚勇者一行で言うところの、望子への情愛の深さ故に化け物じみた強さを持つ人魚マーメイド


 フィンに近しい存在であると言える。


 対するは、聖女カナタ。


 本名、来栖くるす叶向かなた


 正真正銘、望子と同郷の人間である。


 望子との違いは元の世界の記憶が失われている事──失ったというよりは消されたの方が正しいが──であり、こちらの世界に順応し過ぎた影響で帰還する資格を失っていて。


 その為、命を使い潰す事に躊躇がなく。


 本来の名を思い出した事により、まだ見ぬ神聖なる力の覚醒を促されてもいる地球人。


 今のカナタが放つ光は、たとえ攻撃の意思がなかったとしても魔族を消滅させてしまう程の神力を有している──……筈なのだが。


────────────────────


 戦闘開始から、およそ数分。


「──く、う……っ!?」


 最初に大きな痛痒を受けたのは、カナタ。


「……やはり、この程度ですか」


 無論、与えたのはデクストラである。


 一瞬の隙を突かれ、デクストラの得物である漆黒の鞭で足を払われ宙に浮いたカナタ。


 その隙をデクストラが見逃す筈もなく、まるで槍の様に鋭く尖った尻尾を闇鋼鉄化ダクロマイズで更に硬質化させ、カナタを串刺しにせんと放ってきた一撃を、どうにか結界で防御しつつも受け切れず無様に床を転がり──今に至る。


 ……勘違いしてもらっては困るのだが。


 今のカナタは決して弱者ではない。


 並の上級魔族が相手なら単独でも充分に勝利し得る実力はあるし、もし仮に三幹部との戦いに挑むぬいぐるみたちの支援に回っていたとしても、ある程度の活躍は出来た筈だ。


 ただ──……ただ、今は只管ひたすらに。


(相性が悪すぎる……っ)


 あまりの相性の悪さに歯噛みしていた。


 カナタが得意とする力は主に三種類。


 傷や病、果ては無機物をも癒す治療術。


 遍くを守護し、隔離し、断絶する結界術。


 そして悪しき魔を滅する光、神聖術。


 これらの原動力は、ほぼ全て神力であり。


 三種の内、どれ一つとっても魔族に特効となる以上、聖女とはやはり勇者と共に魔族を討つ運命にあるのだろうと嫌でも思わせる。


 ……が、しかし。


(あの……さえ何とか出来たら……!)


 先述したデクストラの得物、漆黒の鞭一つでカナタの力は全て潰されてしまっていた。


「卑怯、などとは言いませんよね? これも私の──いえ、延いてはコアノル様の御力。 手足の延長だとでも考えて下されば結構です」

「……っ、く、うぅ……っ」


 その鞭の名は──神殺しリ・バウンド


 文字通り神力を相殺し、打ち、薙ぎ、祓う為に魔王コアノルが創造したという魔呪具ギアスツール


 魔王が手ずから創造し、そして賜与したその鞭をデクストラは絶対的に信頼しており。


 これを手にした彼女は、まさに──。


 ──聖女の天敵と言わざるを得ぬだろう。


「さて。 このままなら万が一にも敗北は有り得ぬでしょうし、もう少しばかり甚振ってから始末したいのも山々であるのですが……」

「な、何よ……っ」


 そんな聖女の天敵は、そもそものカナタを名指しして誘い込んだ目的である『望子という勇者を召喚し、コアノル様の心を奪うに至った原因の聖女の始末』を、なるだけ痛めつける形で果たしたいのは事実であるものの。


「実を言うと、あまり貴女と遊んでいられる時間もないのですよ。 何しろ間もなく──」


 どうやら時間をかけていられないというのは勇者一行だけでなく、あちら側としても同じであるのだと呟きつつ、カナタを見下ろすというより、カナタが跪く位置の下辺りにある何かを見下ろすが如く冷たい瞳を浮かべ。


「三幹部を討伐した貴女のお仲間が、ここへ雪崩の如く押し寄せて来るのでしょうから」

「えっ……?」


 さもラスガルドを始めとした幹部に属する魔族たちの敗北が確定事項であると言わんばかりに言い捨てた事で、カナタは困惑する。


 仮にも同じ魔王に生み出された同胞である筈の彼らの勝利を期待していない、そんな言い草をする事が信じられなかったから──。


「……意外ですか? あの三体は間違いなく敗北するのだと、この私が確信している事が」

「仲間じゃ、ないの……?」

「仲間、仲間ですか──はっ、馬鹿らしい」

「っ、何を言って……!」


 それを見抜いて煽るが如き発言をするデクストラに、カナタは今まさに思っていた事をそのままぶつけたが、デクストラから返ってきたのは、あろう事か『仲間』や『同胞』といった概念そのものを嘲り、そして見下している様にしか感じられない昏い笑みであり。


 ここまでの旅の中で紆余曲折ありはしたものの、あの幼き勇者を中心とした仲間たちの絆は充分に感じ取れていたカナタは、またしても信じられないといった具合に目を剥く。


「そもそも魔王軍などというものは、この醜くも美しい世界に我が物顔で跋扈する有象無象を数の力で蹂躙する為だけにコアノル様が生み出された雑多な存在。 居ても居なくても同じ、まさに魔族側の有象無象なのですよ」


 そんな愕然とした表情のカナタを見ても平然とした態度のまま、そもそもの前提として魔王コアノルの麾下にある軍は他種族に対する露払い以上の意味を持たず、ハッキリ言って存在価値などないに等しいと吐き捨てる。


 事実、彼女は魔族全てを使い捨てとしか捉えておらず、三幹部で漸く利用価値がある程度の認識しかない、あまりに無慈悲な裁量。


 これが魔王の側近と言うのだから、やはり魔族なる種は滅んで然るべきと云えた──。


 しかし、ここでカナタが一つ疑問を抱く。


「……その理屈なら、貴女だって──」


 そう。


 デクストラの思想で言うなら、デクストラ自身もまた魔王コアノルの理想の成就に殉ずるだけの駒なのではないかという疑問をだ。


 だが、その疑問は解消される事なく。


「──う"っ!? あ、あ"ぁ……っ!!」


 一瞬の内に神殺しリ・バウンドを首に巻きつけ、その細身からは想像もつかない程の腕力で引き寄せられた事で遮られてしまい、それが否定の意なのだと理解した時には既に、デクストラの怒りが込められた薄紫の瞳に睨まれており。


「──私は、あの三体ともまた違う。 コアノル様が最初に生み出してくださった魔族にして、コアノル様の至高の御力の恩恵を最も近くで賜りし者。 一緒にしないでもらいたい」

「ぐ、うぅ……っ!」


 思わず敬語を忘れてしまう程の怒気を秘めた低い声音で以て、デクストラにとってコアノルが特別であるのと同様に、コアノルにとってもまたデクストラは特別であるのだと。


 微塵の疑いもない瞳と声音でそう告げた。


 まるで、自分に言い聞かせる様に。


 ……まぁ、審議の程はともかくとして。


(私が馬鹿だった……ローアのせいで麻痺してたけど、これが魔族……世界の、仇敵……!)


 間違っていたのは、カナタだった。


 魔族に仲間意識など不要。


 上下関係だけ、あればいいのだから──。


「ただでさえ、あの勇者を喚び出したというだけでも不快だと言うのに……まぁ良いでしょう。 どのみち、貴女は此処で終わり──」


 そして言いたい事を言うだけ言ったデクストラは、もう興味はないと言わんばかりに空いた片手に魔力を込めて、それがカナタを。











 ──……滅する事は、なかった。


「……っ!? けほっ、ごほっ……!!」


 どういう訳か、デクストラに拘束されていた筈の彼女は気づかぬ内に床へと転がされており、その事実に疑問を抱くより先に首を絞められていた事によって咳き込む中にあり。


「……何故、が邪魔をするのですか?」

「え──」


 いつの間にかそこに居たというだけでも驚きなのに、その指先に闇間転移の魔方陣を展開させ、おそらくカナタを救ったのだろう何某かを女性だと断定する様なデクストラの声に、カナタが首の痛みに耐えつつ振り向く。


 すると、そこに居たのは──。


「何故……? 貴様、何故と問うたか」

「ろ、ロー、ア……?」


 これまでの旅の中で見た事もない、にやついた昏い笑みなど何処へやらといった具合の怒りを帯びた無表情を浮かべる研究中毒者リサーチジャンキー


 ローア──もとい、ローガンだった。


 どうして、あれ程に怒りを発露しているのかは分からないが──……ただ、怖ろしい。


 これまでとの乖離ギャップも、あるかもしれない。


「理解し得ぬと曰うなら、その身に刻んで進ぜよう。 これでも我輩、魔王軍随一の──」


 そんな困惑気味のカナタをよそに、『何故ここで貴女が邪魔を?』と本気で理解していない様に見えるデクストラを睥睨しつつ、ローアは一呼吸置いてから──こう、告げた。











「──であった故」

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